第六話/愚者と愚者

信繁のぶしげ甚八じんぱちを取り囲む様に散らばった山賊達。


一番、奥に控える、頭目と思われる男が信繁に問う。


「そこの坊主共を助けに来たのか!?」


「さて、坊主共とは、何の事やら!?」


信繁はすっとぼけた。

男が納得せず、信繁を脅す。


「しらばっくれるんじゃねぇよ。坊主共がどうなってもいいのか!?」


「しらばっくれてなんかおらん。第一、お主等如き山賊共に捕まる間抜けな者など、助けて何になる!?それよりも、お主等の方がその坊主共とやらに加勢をして貰ったら、どうじゃ!?その方が我等も楽しめようというものよ」


信繁は堂々と言い放った。

男が不快感を顕す。


「何だと!?」


「それよりも、お主の名は何と云う?」


信繁が男の名を訊いた。

男はすぐには答えない。

数瞬の間をおいてから、男が答える。


山狗やまいぬ


「取って付けた様な名にしては、ピッタリじゃないか」


信繁が皮肉を言った。

山狗と名乗った男は何も言わずに唾を吐き捨てる。

続けて信繁が山狗に訊く。


「では、元々の主君は誰じゃ!?西軍の将の誰かではあろうが」


「言いたく無いね。何故、そんなに俺の事を訊く!?」


山狗は信繁に訊き返した。

率直に自分の考えを言う、信繁。


「もし、ワシの知り合いに仕えておった者ならば、お仕置きを軽くしてやらん事もない、という事だ」


「何がお仕置きだよ。この状況を解っていないのか!?」


山狗は憤慨して言った。

信繁は話を変える。


「では、何故、亡き太閤閣下の名を貶める様な事をする?」


「何が太閤閣下だよ。俺達には関係が無いね」


山狗は悪びれずに言った。

残念がる、信繁。


「志まで失ってしまっては、武士もののふにあらず。何とも嘆かわしい事よ」


「随分、偉そうな御託を並べるが、お前こそ何者なんだ!?」


今度は山狗が信繁に訊いた。

信繁が応える。


「ワシか!?ワシは真田さなだ信繁と申す者じゃ」


「何と!?それは真か!?」


山狗は信繁の言葉が信じられない様だった。

他の山賊達もざわめき始める。

そんな山賊達を余所に信繁は言う。


「嘘をついて、どうする!?」


「それが真なら、真田の若殿様という事か」


山狗が自らに言い聞かせる様に言った。

信繁は苦笑しながら言う。


「だから、真だと言うておろうに」


「そうか」


山狗はやっと納得が出来た様だ。

降伏を求める、信繁。


「どうじゃ!?降参する気になったか!?」


「ふふふ」


山狗は小さく笑った。

そして続けて言う。


「我等はもう、後戻りは出来ん。お前が真田の若殿という事であれば、その力を拝見させて頂きたい」


「そうか。ならば、我等はその期待に応えねばなるまいな」


信繁がそう言った。


途端に山賊達の間で緊張感が充ちていく。

甚八が刀の柄に手を掛けた。


信繁が刀を抜いて構える。


途端に破裂音が三つ程、響いた。


信繁の前に居た男、清海せいかい達が捕らえられている穴の横で槍を構えていた男が二人、頭から血を流しながら倒れていく。


同時に甚八が素早く目の前の男を斬り捨てた。

そして、そのまま敵陣の中に突っ込んで行く。


信繁は清海達が捕らえられている穴に向かった。

途中で男を一人、斬り捨てる。

そして穴に到着すると、落ちていた槍を拾って、槍の柄を穴に突っ込んだ。


甚八は数人に囲まれながら奮闘していた。

信繁にも二人の男が襲い掛かって来る。


再び破裂音が二つ程、鳴った。

信繁に襲い掛かって来ていた二人の男が頭から血を流して倒れ込む。


信繁は槍の柄を握った伊三いさを引き上げる。

穴の下では清海が伊三の尻を持ち上げていた。


信繁は伊三を引き上げると槍を伊三に渡して、襲い掛かって来る山賊達の応戦に出る。


その間に伊三が清海を穴の中から引き上げた。

清海が穴の中から出ると、一旦、山賊達の動きが止まる。


甚八を取り囲んでいた者達は全て斬り捨てられていた。

信繁も数人を斬り捨てたので、すでに山賊達の半数程が倒されている。

数人はまだ息があるが、戦闘は不能だろう。


そして清海が信繁に話し掛ける。


「真田様、お助け頂き、真に忝ない」


「うむ。それにしても、あの様な者達に捕われるとは情けないものじゃ」


信繁が清海達に苦言を呈した。

清海が恐縮しながら言う。


「お恥ずかしい限りで。かくなる上は、汚名返上の為にも、残りは我等に任せて頂きたい」


「お主等の力、見せて貰おうか」


信繁が清海の申し入れを受けた。


清海と伊三が山賊達の前に進み出る。

伊三は左手に槍を、右手に刀を持っていた。

清海は地面に転がっていた丸太を拾って抱えている。

そして伊三が山賊達に言う。


「残りは我等が相手になろう」


山賊達は山狗に目線を向ける。

山狗は頷いた。


残っていた山賊達は山狗を除いて全て、清海と伊三に襲い掛かっていく。


清海が丸太を振り回して、次々と山賊達を薙ぎ倒す。

伊三は左手の槍で突き、右手の刀で斬り付け、山賊達を翻弄している。


それを眺めている信繁と甚八の下に望月もちづきがやってくる。

右肩に大きな箱を担ぎ、左手に鉄砲を一丁、持っていた。


幾らもしない内に清海と伊三は山賊達を一掃してしまう。

そして伊三が槍で、まだ息のある者の留めを刺そうとしている。


「止めい!」


それを見た信繁が伊三を制止した。

そして続けて言う。


「無駄な殺生をする必要はない。正し、頭目の山狗だけは許すでない」


言われて、清海と伊三が山狗の方を向いて睨み付けた。

睨まれた山狗が語り始める。


「どうやら、俺も年貢の納め時の様だな。最後に我等の素性だけ明かしておこう。それで我等の苦境をご理解頂きたい。我等は小早川こばやかわ中納言ちゅうなごん様の家臣だった者達」


─────


小早川中納言秀秋ひであき

関ヶ原の戦で西軍を裏切った男である。

この男の裏切りによって西軍は大敗を喫した。


東軍からすれば最大の功労者であったが、所詮は裏切り者は裏切り者でしかない。


世間からの評価はそうなってしまう。

それにより秀秋は苦しめられ、関ヶ原の戦から二年後に若くして病死する。


そして小早川家は断絶となり、家臣達の多くは浪人にならざるを得なかった。


─────


「なんと!?小早川の家臣であったのか。それは大層、難儀をしたであろう。ただ、だからと言って、無辜の民を傷付けていい訳でもない」


信繁は山賊達に同情をしながらも、蛮行の非を責めた。

山狗も自らの非を認める。


「真田様のおっしゃる通りで、だから我々は後戻りをする訳にはいかなかった」


「なんと、愚かな」


信繁が嘆いた。

自分達の苦境を吐露する、山狗。


「確かに愚かかもしれないが、我々はもう、堕ちるところまで堕ちるしか無かった」


「気の毒ではあるが、それが現実なのかもしれんな」


信繁がやりきれなさを顕にしながら言った。

山狗が覚悟を決めたかの様に言う。


「これで、やっと我等も中納言様のところへ参る事が出来るというものよ」


山狗のその言葉を聞いて、生き残っていた山賊達が自らの命を絶っていった。


それを目の当たりにして、信繁が再び嘆く。


「愚かな」


「さて、そろそろ俺も参ろうか」


山狗が清海達の前に進み出た。

伊三が山狗と清海に声を掛ける。


「ちょっと待ちな」


そう言って、伊三は山賊の小屋の中に入って行った。


暫くしてから、伊三は大きな斧と大きな金棒を持って小屋の中から出て来る。


そして大きな斧を清海に渡した。

大きな斧が清海の武器で、金棒の方が伊三の武器の様である。


「それじゃ、俺が相手になろう」


丸太から大きな斧に持ち替えた清海が山狗と対峙した。


そして山狗が清海に斬り掛かる。

さすがに頭目だけあって、その太刀筋は鋭かった。

しかし清海は大きな斧を盾の様にして、山狗の刀を受けていく。


山狗が何度となく清海に斬り掛かるが、その刃は清海の肉体にまでは届かない。


そして清海が反撃に出る。

大きな斧を山狗に向けて横に振った。


山狗は刀で受けたが、刀ごと胴体を真っ二つにされる。

こうして山賊達の最後の一人も息絶えた。


戦いを終えた清海と伊三が信繁の下へ戻って来る。

そして二人は信繁の前で跪いた。


そんな二人に信繁が声を掛ける。


「お主等、ワシの家臣になる気はないか!?」


「私共の様な未熟者で宜しいのでしょうか!?」


清海が信繁に伺った。

信繁が微笑みながら言う。


「確かに今回の件は無様であったな。しかしワシであれば、お主等の力量を何倍にもする事が出来ようぞ」


「私共は還観寺かんかんじのご住職の許可さえ頂ければ、異存はございません」


清海が応えた。

信繁は清海と伊三の二人に指示を出す。


「なれば、ワシ等はこのまま先に九度山へ戻ると致す。お主等は許可が得られたら、後から九度山に参るがよい」


「御意」


清海と伊三が共に応えた。

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