6 そのようなことは瑣末ごとでしかありません

「昨日のサロメ様の舞はすごかったですね」


用意されている客間のメインルームのテーブルに朝食を並べながらイリスはそういった。

並べられているのは各種とりどりの果物。オレンジがみずみずしくて美味しそうで、焼きたてのブレッドの他には焼き目のはいった魚や朝からは重そうなステーキなど、ホテルのバイキングのおいしいところをとってきましたというごとく並んでいる。

もちろんこれはすべて食べきれるものではない。食べ物を残すことすら贅沢の証、ということだろう。現世の影響とアルケの国柄、庶民派に近いリンゴにはなかなか受け入れにくいものだが。


「そうね。サロメ様の踊りは格別、と聞いてはいたけれど…あれはまさに神がかっている、といえるものね。わざわざこちらまできた甲斐があったというものよ。この国の巫女が別格なのものようやく納得できたわ」

「ええ、然様でございますねえ。まったくまったく、あれは魔法の類とはまったく違う、サロメ様にしかできないものです。見ていても彼女の踊り自体には魔法の作用などは一切なかった。純粋にサロメ様の踊りそのものが異質なものですね」

「なんでさらっと乙女の朝の朝食にあなたがいるのよシヴァ。あなたはあなたで別に部屋と朝食があるでしょうよ」

「私は朝は果物と飲み物があれば終わりますからね、持って来ていただいたものは必要なものだけいただいてもう食べ終えましたよ。本日は大統領閣下とサロメ様との昼餐会と、それが終えたら市街の視察、それで明日帰国ですよね?昼餐会終えたら私はこちらの図書館にてこちらの学者殿にご案内をいただこうと思いますがよろしいでしょうか?」

「明日の出発までこもる気ね、シヴァ。あなた本当に国の代表としてここに来ている自覚があるのかしら…兄様がいいといったら好きにしていいわよ」

「いやあそれがですね、王子殿下は『気を強く持とうとしても男というだけで冷たい目で見られるこの辛さをすこしでも半減させるためにも絶対に一緒にいろ』と断固主張されておりまして。そこでリンゴ王女殿下の許可をいただきたいなあと…」

「もう一度聞いておくけれども、あなた国の代表としてきてる自覚がほんとうにあるの?」

「もちろん!アルケ王国の第一学者としての使命を果たすまでですよ!」


思い切りいい笑顔で返されてリンゴはため息をつくしかない。パルバティはなんだかんだいって甘いから、結局シヴァの言う通りにさせるだろうし、このシヴァを止める術をリンゴは思いつかない。


「せめて市街視察は一緒にいて頂戴。その後は明日帰るまで好きなだけアルケでは禁書になっている本を読めばいいと思うわ」

「さすがリンゴ王女殿下!その寛大なお心、王国教会の司祭として喜ばしい限りです!では、私はこちらの城内ではられている結界魔法を見に行って参りますので!アルケで扱っているのとはまた別の結界陣らしくてですね、昼餐会までには戻ってきますので!」


晴れやかにそういうとシヴァは部屋を出て行った。残されたリンゴはため息をこぼす。


「なんであれでうちの司祭なの?あれで結構偉いのよね?」

「そうですね、リンゴ様。ゆくゆくは我が王国教会の大司教になられるといわれております」

「あれが大司教になんてなったら、うちの教会の組織改革起こして中央協会から睨まれそうね…」

「あのお方が王国教会の大司教という地位で満足されるか、私には疑問ではありますが。そう思いませんかアシュラン様」


そういってイリスはリンゴの後ろに立っているアシュランに声をかける。

先ほどシヴァに乙女の部屋に云々といっていたが、アシュランが乙女の部屋にいてもアルケ王国民は誰も気にしない。リンゴももう慣れたので、違和感が仕事をしない。


「さあどうでしょうかね。まあどちらにせよそのようなことは瑣末ごとでしかありませんよ、リンゴ王女殿下の邪魔をされるようになったら排除いたしますが」

「うん一応確認しておきたいけどあなたにとってシヴァって友人よね?そうよね?」

「リンゴ様、アシュラン様にそのようなことをお訊ねになっても、アシュラン様にとってはリンゴ様とリンゴ様以外のものは精霊様の住まう天上と海の底ほどの差がありますから意味が御座いませんよ」

「アシュラン、もしかしてあなた友達いないの?」

「リンゴ様がお作りになれというならば、そういうものを作ってもよろしいですが」


今更だが、リンゴと始終一緒にいるアシュランはリンゴがよく接するものとしか接触機会がない。考えてみればそれはリンゴの身の回りの世話をしてくれるイリス、それになんだかんだで一緒にいることの多いシヴァ、それにウラヌスとパルバティくらいではないか。

つまりアルケ王国一強いであろう騎士たるアシュランは、もしかしなくてもぼっちなんじゃないだろうか。

ここは主として、もっと気遣わなくてはいけない部分ではなかろうか。


「たまには他の騎士たちとご飯にいったり飲みにいったりしてもいいのよ?」

「私が離れてる間にリンゴ様の身になにかあったらどうされますか。そのようなことにも興味はありません」

「そんな簡単にわたしになにかあるとは思わないけど、それに…」


それに、魔王に攫われる予定である身なのだから、つまり裏を返せば16歳の誕生日までは無事に生きている、ということだ。

だからそう簡単にリンゴの命の危機に関わるようなことは起きないだろう、ともリンゴは考えている。


(でも、アシュランがいるのなら、ゲームでなんで王女は攫われたのかしら?)


アシュランというキャラクタはゲーム上で確認したことはなかった。基本勇者パーティーを操作するのだから、アルケ王国に立ち寄るのは最初の時と時折あるイベントやアイテム回収のためくらいである。

ゲームの王女自体もNPCとしての会話はあるがそれぐらいで、アシュランという立ち位置がゲーム進行上現れないのはある意味当然である。実際にイリスという従者も確認したことはなかった。

ゲームで名前がでてくるのは限られている。それは仲間になるものであったり、物語上必要な存在であったりするものばかりで、リンゴが今の世界で確認できているものなどウラヌス、パルバティ、シヴァ、それにサロメくらいのものだ。

そう、サロメはゲーム上で出てくるのである。仲間になることはないが、この国の巫女として登場する。

サロメの名を聞いたときも「やはりここはあのゲームでみた世界なのだ」と思ったものであるし、実際昨日みた姿もゲームそのままであった。むしろゲームでも美人に描かれていたが、実際にあうとあの不思議なオーラも含めて迫力が増していた。

だがアシュランがリンゴの誕生日の時、どうしていたのかリンゴはわからない。もしもゲームが同じならば、ゲームでも王女のそばにアシュランはいたはずである。


それなのに何故、王女は攫われたのだろうか?


「リンゴ様?もう食事は十分ですか?」


イリスに声をかけられはっとする。食事の手をとめて考え込みすぎてしまっていた。


「ええ、そうね、もう大丈夫よ。私もこもりきりもなんだし、散歩でもしようかしら。実際ここの城の作りはおもしろいし」

「かしこまりました。私は昼餐会用のお召し物をご用意しておきます。アシュラン様、それではどうぞ宜しくお願いいたします」


イリスはうやうやしく頭をさげ、アシュランに微笑みかけた。アシュランはそれに軽く頷き、立ち上がるリンゴの手をとった。


「決して、私のおそばを離れないでくださいよ、リンゴ様」

「心配性すぎるのよ、アシュラン」


苦笑しながら返事をする。「本当に離れてはいけないのは、きっと私の誕生日のときよ」という言葉を呑み込んで。

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