5-2 派閥

「助かりました、少佐」

 館の前を出た所で立ち止まり、アルベルトは頭を軽く下げた。


「いや、なに。僕は僕の仕事をしただけだよ」

 仕事、という表現にアルベルトは違和感を覚える。それは、上官としての任務について言っているのだろうか。


「軍内部でも未だに意見の相違があってね。プーマとは和解すべきではないというものなんだけど。それがただの意見だったら僕は何もしない。でも、意見に名を借りて発言力を増そうとする勢力がいるんだ」

「どういう意味ですか?」

「早い話、軍内部に派閥があるってこと。今だとレベジ将軍を支持する勢力と、将軍を下ろそうという勢力がね」


 アルベルトはため息をつきたい衝動を抑えなければならなかった。

 はっきり言って、派閥争いなどうんざりだった。軍隊内には気の合うものも合わない者も当然いる。平時は仲のよいもので集まったりすることも多いが、いざ戦闘ともなれば仲の良し悪しなど言っていられない。

 そんなくだらないことで力を使いたくない。純粋に、敵と戦うために使いたい。それがアルベルトの思いである。


「少尉。君はキリと親しいよね?」

「ええ。それなりに、ですが」

 唐突な振りに、戸惑いながらもそう答える。


「その段階で、君はもうレベジ将軍派とみなされている。さっきのも反対派からの嫌がらせだよ」

「そういうもの、なんですか」

「そういうものなんだよ。だから僕は君を守った。これからも連中は何かをしてくるかもしれない。そういうときは僕が力になる」

 その言葉は嬉しかったが、つくづく厄介な事態にまきこまれたと感じるアルベルトだった。


「近々、大きな戦闘があるかもしれないよ」

 ぽつりと、オズマはそう言った。


「ハンマーベアが敵に加わったらしいからね。いつ攻撃を仕掛けてきてもおかしくはないんだ。

 うちの上層部は先にモブロフ軍に打撃を与えて、一気に和平に持ち込もうと考えているらしい。これも派閥が絡んでまとまってないんだけど。まあ、明日にでもビアンコが帰ってくる。タイミングとしてはラッキーだね」


「ハンマーベアに当てられるのは俺たちですか?」

 その質問には、オズマはあごに手をあてる。


「僕たちが選べるものじゃないだろう? 多分、AWV部隊にはAWV部隊をぶつけてくるだろうから、そうなる可能性は高いけど。

 ま、君には期待してるよ」

 そう言って、オズマはアルベルトの肩をポンポンと叩いてから、一人先に歩いていった。


 しかし。

 顔を知ってしまったパイロット、特にエミールと戦うことになるのかと思うとどうも気後れしてしまう。

 顔も名も知らない。会敵とはお互いそうであるべきだとアルベルトは思う。なまじ知ってしまっていては、命のやり取りがし辛くなる。


 今までそれほど多くの戦闘を経験したわけではないが、照準装置の向こう側に知っている人間がいると考えると、判断が鈍りかねない。

 いくら憎んでいるとはいえ、顔見知りに向かってためらうことなく引き金を引いたキリを見習うべきかもしれない。

 アルベルトは軽く首を振ると、自分の宿舎へと歩を向けた。

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