第三章

3-1 修理

「なんとかなりそうか?」

 格納庫と指定された倉庫にコンドルを下ろしてから。アルベルトは整備班の人間に話しかけた。

 彼らは油汚れのこびりついた、つなぎ服を着用している者たちだ。普段は後方の基地に居るが、戦闘の合間にわざわざ呼び寄せたのだ。


 返したのは三十近いムクス兵長。手にマニュアルらしき数束の紙を持ち、ペンを紙と指で挟んでいる。


「腕は使い物になりませんね」

「そりゃな」

 曲がった主砲を見れば、アルベルトにもその程度のことは分かる。


「修理は不可能ですが、スペアの主砲を使えば問題ないでしょう」

「時間はどれくらいかかる?」

「接続部が無事なようですので、機銃タイプとの武装交換と変わりません。

 一時間か二時間程度でしょう。もちろん、少尉のものは主砲タイプを換装することになっていますが」

 説明を聞き、アルベルトは腕を組む。そこに弾薬の補充とバッテリーの交換をすませたとしても。


「数時間で出撃可能、というわけだな?」

「いえ、左脚部のモーターが焼き切れかかっています。動くには動きますが、長くはもちません。これも修理ではなく交換した方がいいでしょう」

「それにはどれくらいだ?」

 多少早口になり、アルベルトはムクスに問いかける。


「そうですね。モーターのスペアはありません。送ってもらえるかは今確認中ですが、軍に無いとなるとメーカーに注文です。ロシアからの国際便ですので、はっきりいつまでかかるとは申し上げられません」

「そんな悠長な!」

「私に怒鳴ったところでモーターが出てくるわけではありません、少尉」

 メガネを押し上げ、ムクスは表情を変えずに言う。


「すぐ戦闘が始まるわけではないのですから、そう興奮なさらないでください。

 幸いなことに、シェルロ准尉のAWVから拝借するという手が使えますので……」

「准尉のコンドルからか!?」


「はい。

 動かせないAWVよりも、完璧に動くAWVを一機でも多く用意する。それが整備の仕事ですよ。

 准尉が戻られない以上、そうするのが整備の常識ってものでして。少尉はまだ、現場に不慣れなようだ」

「そうかもしれないな」


 武器、弾薬、ヘルメットなど各種装備品は、隊ごとに支給される数が決まっている。だが、時にしてそれが足りなくなってしまうことがある。

 そういう場合、他の隊から借りてきて一時的に不足分をごまかすということは、よくあることだ。

 さすがに銃のような貴重品は報告しなければならないが、弾薬の一発や二発ぐらいなら話は別だ。


 整備でそれをやる場合、正常な機体から部品を拝借することから『共食い』と呼ばれる。中央で作られる大まかな補給計画や、授業ではやれと言われるマニュアル通りの作業が、必ずしも最善とは限らない。


「少尉にシェルロ准尉のAWVに乗って頂けたら楽ですがね、整備としては」

「それは無理だ」

「ですね」

 大真面目に答えたアルベルトに、ムクスは苦笑で返す。


 AWVの歩行は、人ごとに最適パターンが異なる。

 それらの調整やデータの上書きは、ブラックボックスを操作しないと出来ないが、それはメーカーの人間に限られている。

 万が一、敵に奪われても使えなくする利点はあるが、仲間内でも使い回せないというのが欠点だ。

 ここらが、ただの車とは違うところである。


「では、作業に戻ります。よろしいですね?」

「ああ。引き留めて悪かった」

 敬礼し、ムクスは後ろに下がる。その後方では、コンドルの腕関節部に取り付く二名の整備兵と、砲部分を吊り下げるべくクレーンの着いたトラックが横につけている。


 しゃがんでしまうと案外小さくも見える満身創痍のコンドルに、アルベルトは敬礼をしてその場を後にした。

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