第15話 僕の在り方

「終わりました」

「あ、はい」

 看護師さんを捕まえて、何食わぬ顔でそう告げる。さりげない顔で、一言付け加えておく。

「しばらく様子を見てたんですけど、やっぱり僕が側にいると良くないんですかね。なんだか顔色が悪く見えてきたから、退散しました。すみません」

「あらー、そうですか。様子を見ておきますね」

「お願いします」


 そのまま看護師さんに一礼して廊下を歩き去った僕は、背中に聞こえた声に、そっと笑みを浮かべた。


「しつれいし、ま……え!? 市ノ瀬さん!? 分かりますか!」


 騒然としていく病棟を決して振り返らないまま、僕は病棟を去った。




「意外だったな」

 病院を出て早々かけられた声に、僕の顔は勝手に顰め面になる。そのまま、ゆっくりと振り返った。


 今や陽は殆ど沈み、街道は薄暮に包まれている。その中でも光が翳る場所を陣取った梗平君は、無表情に僕を見上げていた。


「……梗平君や。今の僕の前に出てくるとは、いー度胸だね」

「涼平さんが感情を害していたところで、俺には一切の影響を及ぼさない」


 淡々と事実を口にしてから、ある意味元凶とも言える梗平君は首を傾げる。


「貴方は不干渉を選んで、何も無かったことにするかと思った」

「それ何気に僕に対して失礼だって自覚ある?」

「見習い相手に「礼を失する」という表現は適切じゃないな」


 ……このマセガキ、めっちゃむかつく。


「なーんかつっかかるねえ。お気に召さないことでもありましたか、先輩殿?」

 敢えておどけてみせれば、梗平君はほんの少し顔を顰めた。


「あの書を持ち出す許可を、「魔女」が与えるとは思わなかった」

「ん? さらっと貸してくれたけど?」

「……あの人は本当に、貴方に甘いな」

「え、どこが。レンタル料がっつり取られましたけども」


 容赦なく給料天引きを宣言されたんだけど。その金額にはちょいと腰が抜けそうになったよね。


「あの容赦のなさは流石の『魔女』様だーって僕は思ったけどなあ」

「……本気で言っているわけではないようだな」

「ん? 本気だよ? 本音じゃないだけで」

「……」


 梗平君が黙り込んだ。うむ、君にそういう潔癖さもあってくれて、おにーさんは安心した。


 そりゃ僕だって気付いてるとも。あの魔導書が特別扱い必須なシロモノなものだってくらい、今日朝から死ぬ気で解読したんだから分かる。



「莉子さんから「魔術」の記憶を削り取る事で、「魔術書(どく)」の影響を消す。——これさ、魔術師を一般人に出来ちゃうよね。おっかない魔導書もあったもんだ」



「……魔術師にとっては、悪夢のような技術だろうな」

「そだね。でも、うっかり魔術に触れた一般人にとっては、奇跡のような治療だよ」

「本気か?」

「本気じゃないよ? 本音だけど」

「…………」


 お、イラッとしたらしい。これまでは僕がイラッとしてばっかりだし、たまには良いよね、ざまーみろ。


 ……いやいやいや、何してんだ僕。中坊相手にストレス発散は大人げないぞ。


「ごめん、言い過ぎた」

 軽く頭を下げると、梗平君は溜息をついた。

「幸せ逃げるよ?」

「戯言は良い」

「おおっとばっさり」

 大袈裟に胸を押さえてみせる。とゆーか戯言て、いくら何でも酷くない。


「けどさあ梗平君。誰もが、……結果を想定して、危険を覚悟した上で生きてはいないんだよ」


 梗平君が苛立ったように眉を寄せた。うん、そうだね。君はそういう反応をするだろうね。


「そんな連中に配慮して、挑む者の機会を奪うのか?」

「うん、『魔女』は奪うね。そして君は、与える。まったく、店主代理なんだからもーちょい方針は合わせなさい。前回は従うって言ってたでしょーが」

「貴方がどうするのか、興味があったからな」

「一般人を巻き込むなとゆーに……」


 ふう、と溜息をついて気分を立て直す。マセガキにこの手の話を説いても無駄なのは知ってる、前回は全スルーだった事を考えれば、寧ろマシってもんだね。


「ま、君も分かってるんだろ? 僕が取った行動の意味」

「……俺達から「こぼれ落ちた」人間を救う、か」

「そゆこと」


 にっこりと笑って、僕はぱんっと手を叩いた。



「僕は基本『魔女』様の方針に近いけど、だからと言ってそれから外れた人を「資格無し」として遠ざけてあげる程に優しくない。けど、うっかり無謀やって痛い目にあった人を「自己責任」として見捨てられる程には割り切れない」



 自ら敵役になってあげる程には優しくない。けど、自業自得だと見捨てられる程に冷たくなれない。


 だったら、どっちつかずの、ぬるさを取ろうじゃないか。



「……中途半端だな」

「あはは。「適度に真面目に」、が僕のモットーですから」


 へらりと笑って、僕はひらひらと手を振った。


「今更一般人でございなんて言えないけどさ、これまで19年の人生をポイ捨てして魔術に身を捧げるなんてナイナイ。今までどーり、僕は僕のまま、『知識屋』の店員さんですよ」


 既に辺りはすっかり暗くなって、梗平君の表情は分からない。それを良い事に背中を向けて、僕は挨拶した。


「じゃーね、梗平君。もう暗いんだから早く帰りなよ」

「……涼平さん、気付いているのか。貴方も十分に残酷な真似をしたと」

「ん、勿論」


 即答するだけして、僕はバイクを駐めてる場所に足を向けた。梗平君が付いてくるので、こっそりと苦笑する。


 性格悪いなぁ、もう。わざわざ人が一番気にしてることを最後に訊いてくるとか、意地悪にも程があるでしょ。……いや、素で訊いたのかもだけどさ。


「あれだけ魔術を求めてた人から、知識を全て奪って。……研究所にも、もういられないかもね」

「かもではなく、確実にそうだろう」

「あはは、やっぱり?」


 僕は彼女から、「生き甲斐」と「職場」を奪った。それは確かに、残酷と表現出来る。


「んー。でもま、魔術書を買ってこいーなんて無茶言う上司から逃げられたのは幸いかな? うん、その辺は莉子さん次第」

「……」


 バイクに跨がって、ヘルメットを被る。エンジンをかけて暖機運転しつつ、僕は黙って佇む梗平君に、歌うように続けた。



「——けどね。魔術書に侵された精神を治療する、なんてさ。……なんにも払わずに出来る訳、ないじゃないか」



 実際、あの魔導書は禁忌扱いその1なんだし。それを一般の人の為に扱うなんて、タダで済ませていいものじゃない。かといって、お金積めば良いってもんでもない。


 だから。



「莉子さんの心を救う対価は、「生き甲斐」。心そのものの次に大事なものを対価に、莉子さんはこれからも一般人として、フツーに生きてける」



 小さく笑って、僕はバイクをふかした。メットのバイザーを持ち上げて、梗平君を見下ろす。にこりと笑って、お望みの答えを返してあげようじゃないか。



「求める者に、「資格」に相応しい知識を、それに釣り合う「対価」と引き替えに売る。——僕は、そんな『知識屋』の店員だよ」



 梗平君が、目を細めた。言いたいことは伝わったよで、何よりだね。


「行き先は『知識屋』だけど、乗ってく?」

「……いや、いい」

「そか」


 バイザーを下ろして、僕はバイクのハンドルを握る。


「じゃね、梗平君。店主代行の時は、またヨロシク」


 アクセルを開く。今度こそ、僕はその場をあとにした。

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