第4話 お茶会の友は魔術談義

 翌日。無事魔術書と魔導書を店内へ——薫さんのフォローに全力を注いで、安全に——運び込んだ僕達は、眞琴さんの鶴の一声でティータイムと洒落込んだ。


 当然梗平君はさっさと帰りかけたんだけど、眞琴さんが「対価を渡さないよ」とおど……説得し、いかにも渋々と言った様子で参加。

 対して薫さんは「カテキョのバイトがあるから」と辞退。カテキョとはなんぞやと訊けば、家庭教師だってさ。薫さん的には常識らしく「どうして知らないの?」と不思議そうに聞かれたけど、僕がオベンキョを教えられる筈ないじゃないか。


 ……かくしてティータイムは、『魔女』と魔術師見習いとマッドサイエンティストなんて謎メンツと相成った。うんでも眞琴さんという美女がいるだけ良いというものだね。


 魔術師的階級制度に基づき、見習いである僕が3人分のお茶を入れ、ついでにテキトーなお菓子を添えて、ティータイム開始。


 アーモンドの乗っかったクッキーをさくっと一口。うむ、肉体労働の後って甘いものがなかなかに美味しいね。眞琴さんも同意見らしく、珍しく相好を崩してお菓子とお茶を楽しんでいる。

 え? 梗平君? ……お察しの通り無表情無反応ですとも、マッドサイエンティストにそんな情緒を期待しちゃいけない。


「やれやれ……思ったよりも本多かったねえ。最近売れ行きが良いって言ってたし、もう少し減ってるかと思ったのに。お陰で腕がぎしぎし言ってるよ」

 たまにはよかろと紅茶にミルクを注ぎつつ、案の定筋肉痛になった両腕の痛みをぼやけば、眞琴さんがくすりと笑う。

「時々抽出書・要約書を書き出してるからね。梗の字が最近よく来るから、作業が進むよ」

「へえ、梗平君が手伝ってるん?」

 感心して梗平君を見れば、マセガキは年齢にそぐわない肩をすくめる動作を披露した。……やたら似合ってるんだけど、それもどーなの。

「眞琴の要約は酷く雑だから手伝わざるを得ない。あれでは読み手が困惑する」

「私はあれで魔術発動するから、どうしても細かく書くのを忘れるんだよ。……さて涼平。抽出と要約の違いは何かな?」

「うぐっ」


 いきなりの問いかけに、まったりとミルクティーを飲んでいた僕は危うく咽せかけた。ええ抜き打ちテストですね、分かりますとも。


「んーと。抽出は、書の内容の一部を抜き出して、書に書かれている魔術を部分的に扱う事。対して要約は世に言う要約まんまで、全体をざっくりと押さえ、細かいとこがない分簡易化された魔術を扱う事。これで良いよね?」

「うん、合格」


 詰め込みの成果を発揮した甲斐あり、眞琴さんに笑顔で称えられる。その美しさは眼福なんだけど、僕にこれを向けられるとどうも落ち着かないね。


「んで、梗平君は眞琴さんの作業が大雑把だって言いたいん?」

「言いたいのではなく、事実だ。眞琴の書いたもので魔術を発動出来るのは、上級魔術師くらいのものだろう。それなら原書を読んだ方が良い」

「……あのね梗の字、自分を基準に話さないの。原書を読める資格持ちは滅多にいないんだ。私が書いたものだって、資格を持たない上級魔術師には十分価値があるよ」

 眞琴さんの反論に梗平君が黙り込む。口達者な梗平君だけど、自己評価通り眞琴さんにはもう1歩及ばない模様。


(……うん、そうじゃないよね)

 僕が気にしなきゃならないのはマセガキの口達者レベルじゃなくて、今さりげなくもたらされた新情報である。


「もしもし、眞琴さんや? 原書って読むのに資格がいるん?」

 初耳なんだけどと続ければ、眞琴さんに今度は呆れ顔を向けられてしまった。

「勿論だよ。魔力に当てられるから危ないよって教えたじゃないか」

「それって魔術書魔導書全てに言える事じゃあなかったのね……?」

 薫さんが何でもかんでもひょいひょい触るのはとんでもない非常識だと思ってたけど、ちゃんと選んだら大丈夫だったりするのかい。


 今更と言えば今更な僕の言葉に、眞琴さんはやれやれと首を振った。


「そりゃあそうさ。じゃないと、魔力を持たないと魔術書が読めないって事になる。魔力の無い人だって学問として魔術を扱うんだから、それじゃ困るだろ」

「魔力無いのに魔術を研究するん?」

「自然科学の一環としてね。自分は魔力が無いけど親族に魔術師がいるってケースが1番多いかな」

「ああ、ナルホドね」


 納得。身内が魔術使うなら、そりゃー興味を持つ人いるよね。


「読むのに魔力が——資格が必要なのは、魔術を発動する魔導書と原書、つまり研究者本人が書き下ろした魔術書。あの変人達の魔力は独特だから、大抵の人には耐えられない。まあ、それだけなら幾つか対応魔術が編み出されているけれど、そもそも殆どの人には原書の知識を手に入れる資格もなければ、知識を処理する能力もないんだよ」

「処理する能力? それは読むペースを調整すればどうにでもなるんじゃない?」


 いっぺんに知識が入ると頭がぱーんってなるのは分かるけど、本なんだからマイペースに読めば良いじゃない。そう思うんだけど、僕の言葉を聞いた眞琴さんは意味ありげに笑うだけ。


「さあ、ね。そう思う事こそが、涼平が資格を持っている証だよ」

「へ? いやいや、フツー誰でも気付くでしょ」


 高校時代のクラスメイトに「世界史は授業眠いから寝て、試験直前に教科書詰め込む」と宣言して、有言実行で3年間8割取り続けた剛の者がいたくらいだ。魔術だって暗記するのは一緒なんだから何も不思議は無いじゃないかと首を傾げた僕を見て、梗平君が溜息をついた。


「……論点がずれている」

「ん? ……おお」

 梗平君の指摘にぽむ、と手を打つ。梗平君の呆れきったような眼差しはスルーして、僕は眞琴さんに向き直った。


「僕が言いたいのはね、眞琴さん。貴女、僕の資格見極めるより先に原書も魔導書も触らせほーだいで知識詰め込んだでしょ」

「失敬な、流石に資格は見極めたよ。折角手に入った店員をいきなり廃人にする訳ないじゃないか、勿体無い」

「見事な本音暴露どーもありがとう。……って、いつの間に見極めたん?」


 眞琴さんが資格を見極める際は、一定以上の集中力が必要だと言っていた覚えがある。確か、しばらく目を合わせてじぃいいっと見つめなきゃならんとの事だった。それを聞いた時に『誤解されそうだね、それ』とジョークを飛ばしたら眞琴さんに笑い飛ばされ、ついでに物理的にも飛ばされたから良く覚えている。とゆーか忘れようがない。

 ……あの過剰反応は身に覚えがあるに違いない、と僕は密かに確信している。


 それはともかく。少なくとも僕には、魔導書を触るより前に眞琴さんとそう長々とアイコンタクトを取った覚えがないのだ。どうやって資格を見極めたとゆーのか。


「んー、ぱっと見と二言三言会話して、何となく大丈夫そうだなと思った」

「ちょい、結局適当かい」


 思わずびしっと裏手でツッコミを入れる。今現在何ともないから良いものの、そんなおっかない事を結果オーライで済ませるのはどーなのよ。


「まあ良いじゃないか、何ともなかったんだし」

「いやいや、そこで開き直るのはどうかと思うんだけど?」

「あはは、開き直りで言えば梗の字の方が酷いだろうに」

「何、似たものはとこって言って欲しいワケ?」

 流石に半眼になって詰れば、眞琴さんはやれやれと言わんばかりに肩をすくめた。


(……その反応は納得いかないんだけど?)


「梗の字の開き直りとは違うんだけど。それに、雑鬼達と関わって平気なのに、原書如きでどうにかなる訳ないだろ? 涼平は自分の評価が低すぎないかな」


 ますますジト目になった僕を余所にさらっとそう言って、眞琴さんはカップに口を付けて視線を流した。おお、何とも色気たっぷり……じゃないでしょ僕。


「自分への評価の低さは、そのまま認識のずれに繋がる。早いとこ直さないと知らないよ。世界をどこまで正しく認識出来るかが、魔術師の実力と言っても良いんだから」


 眞琴さんの含みを持つ言葉も気になったけど、ココで流されたら全部無かった事にされるのは、チビ達がお菓子に飛びつくよりも明らか。それじゃいかんと尚も抗議しようとした僕の耳に、梗平君の呟きがするりと滑り込んでくる。



「……流石は『魔女』。何も知らずとも察している」



 意味ありげな物言いにつられて視線を向けた先、梗平君はカップを傾けて紅茶を飲み干す所だった。……ちなみに紅茶はトーゼンのようにストレートでいらっしゃる。僕、中学の頃は牛乳入れないと渋くて駄目だったんだけど。


「帰る。眞琴、対価を」

「……はいはい。そこに積んでる中から好きなの持っていきな」


 端的な要求に溜息をついた眞琴さんが自分の後ろを指差してそう言うと、梗平君は1つ頷いて魔術書の山を漁った。それほど時間を掛けずに3冊程抜き出して鞄にしまう。


「……相変わらず目だけは肥えてるね」

「あえて玉石混淆に置いている眞琴には言われたくない」

 やたら難しい語彙をさらりと口にして眞琴さんの揶揄を流した梗平君は、いつも通り一切の挨拶をせずにお店を去って行った。


(あ、約束……ま、いいか)


 梗平君の口止め料であるチビ達の訓練は既にばっちりで、今日の帰りに見せたげよーかと思ってたんだけど。本人が気にしてないんだし、また今度来た時でいっか。

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