第7話 ウワサ話、発展

 それから1週間、僕の周りは完璧に平穏かつ平凡な日々だった……ように、思えた。


(……思えたんだけど、ねえ……)



「子供の後を追ってお化けに取り憑かれる人が増えたぁ……?」



 思わず僕が声を上げてしまったのも無理はないんだけど。小海さんとその友人である久慈くじ月菜るなさんは大真面目に頷く。


「そうそう、なんか被害が増えてるんだってー」

「前に美羽が嘉瀨君に話した噂が、嘉瀨君に話す少し前くらいに大きく広がってね。それ以来、みんな夜遅くに1人にならないようにしたり、遅くなったら山は迂回したりして、被害は減少傾向だったらしいんだけど。なんか、ここ1週間くらいで急に増加」

「へ……へえ……?」

(子供……それに、ここ1週間で、ねえ……?)


 偶然で片付けるにはちょいと出来すぎた一致に、僕は内心冷や汗が止まらなかった。


「だから嘉瀨君も、本当に気を付けてねー? 噂によると、子供を見ると、気付いたらついて行っちゃうみたいなのー」

(ダーウートー。もう、何しちゃってくれてるのかなあ、あのマセガキ君は……)


 小海さんの言葉に、僕はもうほぼ確信。明らかに魔術の力が働いている。一応後で確認取ってみるけど、9割9分彼でしょう。


「嘉瀨やったら、誘われてもマイペースに帰ってまいそうやけどな。その子供も男のガキなんやろ? 可愛い女の子やったら嘉瀨もついていきそうなもんやけど、男やったら興味あらへんで」

「ちょっとちょっと、人を女の子とみたら見境無しに追いかける節操無しみたいな言い方するのやめてよね、福茂じゃあるまいし。僕は君と違って真っ当なストライクゾーンの持ち主なんだからさ」


 やっかみ混じりな福茂のいわれのない中傷にびしっと言い返す。全く、僕に幼女趣味はないんだよ。男の子らしく、遊んでくれる女の子は大歓迎だけどさ。


 仕返しとして「節操なし」と揶揄してやったのに福茂が慌てて反論するより先に、久慈さんが僕の言葉に反応した。


「あはは、面白い言い方。でも確かに、嘉瀨君は男の子がふらふらしてるからって、余計な心配して後を追うタイプには見えないかも」

「んー、薄情って事かな?」

「ううん。余計な御節介と助けの手を差し伸べる事の違いを弁えてるかなって」

「おおう、予想以上の好評価をありがとう。久慈さんってばよく見てくれてるね」


 にっこりと笑ってお礼を言えば、久慈さんは「出た口説きナンパモード」と苦笑しながらも笑顔を返してくれた。オトナの対応ありがとうございます、流石にクラス1のオトナ美人と名高いだけあるね。


「でも、危ないとしたら寧ろおふたりかも? ほら、母性本能的に男の子が心配になってー、とかさ」

 気を付けなよーと冗談めかして、内心かなりマジでそう言うと、久慈さんは肩をすくめ、小海さんは首をすくめた。

「私、そんな夜遅くにふらついている子供なんて自業自得だと思うの。放置している親と、放置されてるからってふらつく子供のね。同情の余地無しだし、自分の身を優先するわ」

「あうー、月菜ちゃんはそうかもしれないけど、私結構危ないかもー。心配だもん」

 それぞれらしい反応に苦笑しつつ、じゃあと片手を上げてみる。

「2人は一緒に行動してたら丁度良いかもね。助けた方が良い子は助けられて、噂みたくヤバイのはひっからないで済むってゆー」

「あはは、確かに。そうしよっか、美羽」

「うん、私も月菜ちゃんがいたら安心ー」


 笑顔で言い合う2人の可愛さに和みつつ、僕はさりげない風を装って立ち上がった。


「じゃー僕はバイトなんで、これにてー。後はそっちの福茂で遊んでやって」

「あはははっ、嘉瀨君って相変わらずおもしろーい!」


 意図せず軽口がお気に召したらしく、久慈さんから素敵な評価をいただいた。とっておきの笑顔でお礼を言って、妬ましいやら嬉しいやらでヘンな顔になっている福茂にもついでに手を振って、いそいそとバイクへと向かった。




***




 バイクを飛ばす事、数十分。件の山の麓にやって来た僕は、辺りを見回し人がいない事を確認してから、こそっと声を上げた。

 最近訓練している、声に魔力を乗せるって言うおまけ付きで。


『チビ達、しゅーごー』


 返事はない。けど気配はさわさわと忙しないから、聞こえてはいるらしい。お昼寝を邪魔するなって所かね。

(仕方ない。もので釣るのはあんまり良くないんだけどね、教育上)

 溜息をついて、言い添える。

『協力してくれるなら、今夜はお菓子を倍にしてあげるよー』


『手伝うぞー!』

『俺達とりょーへーの仲だもんなー!』

 途端わらわらと先を争って現れたチビ達の現金さに内心ちょっぴり笑いつつ、僕はぴっと指を1本立てた。


「ただし、成功報酬ね。今夜——」


 僕のお願い事を聞いたチビ達は、予想外にもちょっと難色を示す。

『りょーへー……俺達もこの辺りの良くない噂は、仲間から聞いた事あるけどよー。本当に危ないみたいから、関わらない方が良いぞー』

『どーしてもってなら、あのねーちゃんに頼んだ方が良いと思うぞー。りょーへーには危ないって』

「んー……僕としても、あんまり関わりたくないんだけどねえ。乗りかかった船というか、猫をそそのかした責任というか」


 普段だったら迷わず避けるだけで済ませるんだけどね、僕も。これがつい1週間前までお世話になって恩のある子となると、話は変わってくる。しかもタイミング的に、あの子がこの件に関わり出した切欠って、まず間違いなく僕だし。流石にこれで知らんフリ出来る程、僕のなけなしの良心は図々しさを搭載してないのだ。ああ、僕ってばお人好し。


「一応眞琴さんには言っておくよ。いつも忙しそうだから微妙だけど、もし時間があるようなら来てもらう。それで良いでしょ?」


 ちゃんとお菓子上げるからさーと拝んでみると、チビ達は頼りにされたのが嬉しかったのか胸を張った。


『おう! そこまでりょーへーに頼まれたらやるっきゃないよな!』

『任せろよー、夜のこの辺りは俺達の縄張りだ!』

「ん、頼りにしてます。よろしくねー」


 元気よく頷いてくれたチビ達に感謝を込めて手を振り、僕はバイクにまたがり『知識屋』へと急いだ。




***




 その日の夜。『知識屋』を出た僕はバイクを走らせ、山へと向かっていった。途中待ち構えていたチビ達を危うく轢きかけつつも合流、肩にしがみつかせて夜道を疾走する。

 移動がてら、チビ達の報告を聞く。風の音で聞きづらいので、夕方と同じく魔力を乗せた声でのやり取り。神経使うねこれ、疲れる。


『りょーへーの言う通り、あの子供はこの1週間山に出入りしてるみたいだぞー』

『しかもその近くで噂の被害者も出てる? らしいぞ』

「何で疑問系?」

『不思議なくらい、被害者のその後の噂がないんだってさー』

「……へええ」


(うん、やっぱり早まったかなー……)

 チビ達の情報がどんどんヤバさを増していってる気がする、どう考えても早まったとしか言いようがないねこれは。


「眞琴さんが来てくれれば良かったんだけどねえ……」



 チビ達との約束通り、眞琴さんには事情を説明した。僕が梗平君に例の噂を話した事や今日聞いた噂の事を説明すると、眞琴さんは何かを納得したように頷いた。そしてチビ達と同じく関わる必要は無いと言うので、チビ達に言ったのと同じ理由を口にすると、眞琴さんは1つ溜息をついて言った。


『……うん。これもいつかは必要な事だし、涼平は今がそうって事かな。行っておいで。ただし、私は行かない』

『行けないじゃなくて、行かない?』


 言葉に引っかかりを覚えて問い返せば、眞琴さんはみょーに静かに頷いた。


『そう。……涼平の責任で、見ておいで。そして、選んで』

『……何を?』

『——自分を』


 それまでここには来ない事、と告げてきた眞琴さんの笑顔が何だか寂しげだったのが、なんとなく心に引っかかっていた。



『りょーへー、今から引き返してもいーんじゃないのか?』


 僕の不安を感じ取ったのか、チビの1人が心配げにそう言った。けど僕は首を振り、バイクのハンドルをしっかり握る。


「毒を食らわば皿までってね。本当にヤバイと思ったら逃げるよ」


 自分に言い聞かせるようにそう言って、僕はエンジンを吹かした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る