37「始まりのフェバル」

「こ、ろす……!」


 湧き起こる殺意の激情が、奴を殺せとこの身を衝き動かす。

 アルは、困ったように肩を竦めて言った。


「やれやれ。挨拶に来てやっただけだと言うのに」

「なに、が、挨拶だ……!」


 よくもやってくれたな。

 お前のせいで、今と違う未来の可能性は永遠に失われてしまった。

 お前はそうやって、いつも俺の邪魔をして。嘲笑って……!

 あのときも。何が運命だ。ふざけるな。

 殺す。一矢報いてやる。


「が、あ……!」

「……これ以上無駄な抵抗を続ける気なら、僕はこのまま帰ってもいいんだぞ」

「そんなこと。許すはずが、ないだろう!」


 これ以上ないほど殺気を込めて睨む俺を、奴はものともしなかった。

 お返しとばかり、力を解放する。

 黒のオーラ。まるで俺のとそっくりだ。

 だが質も量も、桁違いだった。

 奴がほんの少し抑えを緩めただけで。

 地は激しく揺らぎ、大気は震えていた。

 その場違いのスケール感がはっきりと告げてくる。

 こいつはその気になれば、技すらも必要ない。

 力の解放だけで、この星を丸ごと吹っ飛ばすことなどわけもないと。

 ここまでだったのか。これほど強い奴だったのか。

 心の芯まで冷え切るような、おぞましい力の塊そのものだった。


「理解しろ。お前ごとき、どうやっても僕には敵わないことを」


 初対面の俺とヴィッターヴァイツと同じ。

 いやそれすら遥かに上回る絶望的な差を、はっきりと感じ取ってしまった。

 悔しいが。とても敵わない。今は。

 だがそれでも。こいつだけは。

 許すわけにはいかない。

 頑なに動こうと足掻くも、釘を刺されてしまった。


「お前の考えていることは手に取るようにわかる。無駄だ。僕から学び取ることはできない」

「な、に!?」


 こいつ、なぜ俺の能力を……!?

 俺の驚きを見て、奴は鼻で嗤った。


「ふん。改めて自己紹介をしよう。僕はアル。そうだな――『始まりのフェバル』とでも言おうか」

「始まりのフェバルだと」

「まあ好きなように捉えてくれればいいさ」


 始まりのフェバル。

 その大層な肩書きと、こいつの放つ異様かつ凄まじい雰囲気から、俺は何か特別なものを感じていた。

 あのときは何もわからなかったが。今ならうっすらとわかる。

 こいつは、俺やエーナやヴィッターヴァイツ――普通のフェバルとは、また異質な存在に違いない。


「少しは落ち着いたか」

「……ああ」


 到底納得はいかないが。今このときだけは矛を収める。

 アルは頷いて、拘束を緩めた。

 またフェバル同士で戦うならば。最悪の結果が待ち受けているだろう。

 アリスたちを犠牲にしてまで残したこの世界。この男の気まぐれで消し飛ばされてしまっては敵わない。

 勝てるならそれでも構わない。

 こんな世界なんて、実のところもう俺にはどうでもよかった。

 本当に悔しいが。現時点で、億に一つも勝ち目があるとは思えない。

 ただ無駄に世界を散らすだけだ。

 こんなときに打算が働いてしまうことが、何より悔しくてたまらなかった。


「お前は、何を考えているんだ。いつも俺の運命を弄びやがって」

「運命を弄ぶ? 馬鹿だな。お前は何もわかっていない」


 アルは可笑しくてたまらないと高笑いを始めた。

 ふざけるなよ。何が可笑しいんだ。

 お前さえいなければ。

 ミライもヒカリも、死なせることはなかったかもしれない。

 アリスたちだって、生き返れたかもしれない。

 そうだ。お前さえいなければ……!

 するとこいつは。

 両手を広げて、まるで演者のように雄弁に語り出した。


「運命は確定している。望む望まざるとに関わらず、お前は決まった道の上を歩くしかない」


 俺が心の奥底で恐れていた言葉。

 こいつ自身の口から、改めて叩き付けられて。ぞっとした。


「そんなわけ――」

「いいや。決まっているのさ。僕は案内をしてやっているに過ぎない」

「…………」

「お前自身も感じているはずだ。この世界で誰が死に。誰が生き残ったのか。考えてみろよ」


 はっとする。

 こいつ自身が、直接手を下したわけではない。

 あくまで殺したのは俺だ。助けられなかったのは俺だ。

 どんなに手を尽くしても。すり抜けていくあの感覚を。

 運命だと。最初から決まったことだと。

 無駄な努力だと。

 お前は。そう言いたいのか。


「理解したか。ユウよ」


 すべての考えを見透かすように。

 不敵な面構えで、こちらに視線を投げかけるアル。

 心の奥底で、そうかもしれないという疑念が首をもたげる。

 だがそれを認めるのは、何よりも恐ろしく。許し難いものだった。

 だから俺は、首を横に振った。


「認めない」

「ん?」

「お前の言う運命なんて、認めるものか」


 アルを鋭く睨み付ける。

 そんなものは絶対に認められない。

 俺はあくまで抗うことを選んだ。


「変えてやる。そんな運命、変えてやる。決してお前に屈しはしない」

「ほう。威勢だけは一人前だな」


 そう言うと、奴は空高く舞い上がった。


「アル!」

「話は終わりだ。僕を殺したいのだろう。ならば、追って来い」


 奴は優雅に俺に見下ろしている。それが今の俺の立ち位置だと言わんばかりに。

 そして、何かを楽しみにしているような笑みを浮かべた。


「すべては運命の導くままに。いずれ辿り着くだろう」


 最後に意味深な言葉を残して、奴は消えた。



 ***



 俺もすぐさま後を追うことに決めた。

 今はまだとても敵わないが、この能力の成長性に賭けよう。

 行く先々で力を蓄えつつ、奴を追う。

 旅路の先に。フェバルとは何か、運命とは何か。

 見えて来るような気がした。

 奴はきっと、それをよく知っているはずだから。

 次の世界へ行くための方法は、主に二つある。

 一つは、この世界に滞在できる制限時間を待つこと。

 もう一つは、死ぬことだ。

 俺は自ら死を選ぶことにした。

 もう誰もいないこの世界になど、何の未練もない。躊躇いなどあるはずもなかった。

 死への恐れもない。

 エーナやヴィッターヴァイツが消えていくところを、直に見ていたからかもしれない。

 きっと俺は、そう簡単には「死なない」。「死ねない」のだ。

 それがフェバルの運命だから。


 ――運命か。どこまでも。


 皮肉な笑いが漏れる。

 俺に近付き過ぎた者は、みんな死んでしまった。

 それが運命だと言うのなら。これからもこんな思いをし続けるくらいなら。

 二度と仲間など要らない。友達など要らない。

 一人で構わないさ。

 俺自身の運命との戦いに、誰かを巻き込む必要なんてない。

 そうだろう?


 この思い出があれば。それでいい。


 俺は気剣を作り出して、自分の心臓を突き刺した。

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