第28話 ロシアンルーレットは虚構の現実




 ※ ※ ※




 カチリ、と。


 引き金が引かれ、撃鉄が降り、空の弾倉を叩く。



 ロシアンルーレット一回目。『彼』のターンは、不発で終わった。



 六つの弾倉のうち、弾は一つ。

 六分の一の確率を『彼』は制した。


 当たりを引かなかった『彼』はこのターンの安全を確保し、続く匡へと、その危険を回した。


 近江匡が引き金を引く際の、銃弾が出る確率は、五分の一。


「さあ、私のターンは終わりだ」


 淡々と、つい先ほどまで己の命の危険にさらされていたとは思えないほどに、平然とした態度で、『彼』は告げる。


「次はあなただ。近江匡。さあ、銃をとれ」


 その言葉に、匡はそっと、テーブルに置かれた拳銃に目を落とした。



「…………」



 彼の心は冷え切っていた。



 つい先ほどまでの、昂揚感に満ちた心はどこに行ったのか。



 冷たく冷え切った瞳は、凍えるようだ。

 今、彼の心を埋め尽くしているのは、失望と、落胆と、そして諦観だった。


 ああ、と彼は心の中でため息をつく。



 どうやら、




 匡の瞳は、ひとつ残らず見極めていた。

 銃を『彼』が手に取って、自らのこめかみに当て、そして、トリガーを引くまでの一連の動作を、しっかりと見ていた。



「なあ。お前」



 己の口からこぼれる声が、これほど冷たいものだったかと、匡は驚く。

 それくらい、失望していた。


「なんだ? 近江匡」


 そんな匡の失望も知らずに、『彼』は疑問を口にする。

 所詮は、まがい物と言うことだろう。もし本物なら、匡がどれだけ落胆しているかを、ちゃんと見抜いてくれたはずだと、匡は思った。


 しかし、それはないものねだりである。


 彼はかぶりを振ると、テーブルの上の拳銃を手に取った。

 その重さを確かめるかのように手に持ったまま軽く振る。


 なるほど、と自分で納得する。

 続けて彼は、天井に視線を向けた。そして、一言。



「この上ってさ。部屋ある?」

「……いや。この上は、天井を挟んで甲板になると思うが」



 それがどうかしたのか、と首をかしげる『彼』に目を移して、匡は銃を構える。



「それなら安心した」


 そう言って、銃口をこめかみではなく天井に向ける。








 躊躇いなく、匡は引き金を引いた。


 撃鉄が雷管を叩き、火薬の破裂音とともに、鉛玉が天井を突き破る。


 あとには火薬臭い硝煙のにおいだけが室内に蔓延した。



 当たりを、引いた。



 五分の一のあたりを引き、それを予測したうえで、自分のこめかみではなく上に向けて匡は引き金を引いたのだ。


 それなのに、どうしてか。

 匡の瞳は、これ以上ないというくらいに冷え切っていた。



「なぜ」



 驚いているのは、『彼』だけだった。


 可愛らしい少女の瞳は丸々と広げられ、ショックに呆けた顔をしている。

 それだけを見るなら、本当に年端もいかない少女の容姿である。しかし匡は、彼女がとんでもない食わせ物であることを知っている。



 例え本物でなくとも、



 そんな悔恨めいた思いが胸に湧き上がるが、もはや後の祭りである。



「残念だよ。残念で残念で仕方がない。まったく。やっぱり、『偽物』じゃダメってことなんだろうな。なあ、紗彩ちゃん?」

「何を言っている。私は」

「いい加減、くだらない幻想を持ち続けるのはやめろって言ってんだよ、小娘」


 苛立ちが表に出る。それを必死で押さえながら、匡は言う。


「まあ、『偽物』っつっても、十分すごいんだけどな。まさか、『』なんて芸当、誰が想像するよ。それも、こんな拳銃なんかと無縁そうな小娘が。まったく、大したもんだ」



 六つの弾倉のうち、たった一つしか弾丸が入っていない。だとすれば、その偏りは必ず表れる。


 匡は、龍光寺紗彩がロシアンルーレットを行う際の様子を、ひとつとして見逃さなかった。

 銃を手に持ち、その重さを感じ、安全だと判断したところを見てしまったのだ。


 観察によって、それがわかってしまった。


 これは天運などではない。

 これなら、『彼』の勝率が十割だというのも分かる話だ。

 銃弾の場所がわかるのならば、ロシアンルーレットなんてものは、度胸騙しでも何でもない。技術と感性によってなされる、だ。



 そして――



「確かに、天才だよお前。銃弾の重さを感じ取るなんて真似、早々できるわけがない。おれだって、これと同じタイプの銃を何度か触っているからできたことだ。そりゃあ、これくらいの『』があれば、天運を味方に付けた龍光寺比澄の真似事だって、出来るはずさ」

「真似、だと。そんな侮辱を」

「いい加減、その気取った話し方をやめろよ、お嬢ちゃん」



 さすがに我慢が限界になりそうだった。


 期待した分だけ失望は大きい。

 今度こそはと思った。

 まるで恋する少女のように、高鳴る心臓を抑えられなかった。この十年間追い求めてきたものの答えがここにあると、信じて疑わなかった。


 ふたを開ければ、なんてことはない。

 いつも通りの、肩透かしの勝負である。


「お前は負けたんだよ、紗彩ちゃん」

「何を、言っている。まだ勝負はついていない! この勝負は、どちらかが死ぬまで」

「確かに勝負はついていない。けれどな。このままやったって、勝負は変わらない。お互い銃弾の場所がわかる以上、外しようがないんだから」


 とはいえ、拳銃の重心から弾の場所を割り出すなどということは、神業に近い所業である。

 精密な感覚が必要な以上、ずっと当て続けるということは難しい。


「勝負は見えている。あとはどちらがミスを犯すかを待つチキンレースだ。その勝負において、成人男性であるおれと、十四歳の少女でしかないお前じゃ、どう考えてもお前が先に力尽きる。拳銃の重さを支えるだけの腕力が、なくなる」


 だから、勝負ありなのだ。


 これがもし、本当の龍光寺比澄――それこそ、成人男性が相手だったなら、白熱した戦いになるだろう。ここから先は消耗戦で、純粋な殴り合いになるのだから。そうなれば、双方の力比べとして、いい勝負ができただろう。



 だが、相手は少女なのだ。

 負けるわけがない。



「お前の負けだよ。紗彩ちゃん。それとも」


 冷たい瞳で見下ろしながら、匡は、残酷な一言を告げる。



、って言おうかな。お前の負けないお兄ちゃんは、おれに負けたんだ」


「な、あ、うぅ」



 嘘だ、と。

 いつの間にか、少女の顔から大人びた様子が消えた。



「ウソだ」



 能面のような表情には、悲痛な苦しみが浮かび上がり、目の前の真実を受け入れたくないと必死にあがいている。



「ウソだ、嘘だ嘘だ嘘だ! 兄さんが、兄さんが負けるわけない!」



 必死な形相には、すがるようなところがあった。

 おそらくは少女にとって、兄を信じる思いだけが真実だったのだ。

 だから、兄が死んだことも認めず、むしろ自分の中にこそ兄がいると信じて、必死で兄を演じてきた。



「に、にい、兄さんは、すごいんだ。だって、負けたことなんかなかった。わ、わたし、お兄ちゃんが負けるところ、見たことなかったもん」



 うつろな目で青白い表情の彼女は、必死で言いつくろうように言葉を重ねる。



「お兄ちゃんは負けない。あなたなんかに、そんなわけのわからない奴になんか、お兄ちゃんは負けない。絶対に、絶対に絶対に絶対に負けたりなんかしない、絶対に」



 紗彩はもがくように手を伸ばす。

 手に取ったのは、テーブルにある拳銃だ。そして、予備の弾丸を手に取る。



「お兄ちゃんは負けたりなんかしない。だってお兄ちゃんはすごいんだもん。お兄ちゃんが負けるわけない。お兄ちゃんが負けるわけない。お兄ちゃんが、負け、ま、しし、死ぬわけがない。お兄ちゃんが死ぬわけがない。お兄ちゃんが死ぬわけがない。お兄ちゃんが死ぬわけがない。お兄ちゃんが死ぬわけが――」


「……ッ、おい!」



 手を伸ばすのが遅れたのは、匡の中から落胆が抜け切れていなかったからだった。


 まさかそこまでやるわけがない、という侮りもあったかもしれない。


 匡がぼうっと眺めている間に、龍光寺紗彩は拳銃の弾倉に銃弾を五発込めていた。


 六発のうちの五発。


 そして、シリンダーを回転させると、匡の手を逃れながらその銃口をこめかみに当てる。



「わたしのお兄ちゃんが、死ぬわけないもん!」



 間に合わない。


 紗彩の人差し指が、拳銃の引き金を引く。


 六分の五。


 もはや重心の位置などと言う小細工の利かない状況において、本当の意味での死のギャンブルに、龍光寺紗彩は身を投じた。






 ※ ※ ※






「私は、近江さんのことを尊敬しています」


 その一言は、榎本友乃恵の逆鱗に触れるものだった。


「…………ッ」



 真樹の言葉に、榎本は顔をあげる。

 彼女の瞳は、大きく広げられていた。たれ目がちでネコ目な、アンバランスな瞳が大きく丸く広げられている。


 なぜそんな反応をされるのかわからなかった。

 何か間違ったのだろうかと、真樹は思う。しかし、変なことは言っていないはずだ。本音を言ったはずだし、何ら失礼なことを言ったわけじゃない。


 それなのに。



鹿!」



 榎本は、こらえきれないとでもいうように怒鳴ってきた。


 強くテーブルが叩かれる。置かれていたお茶のカップが倒れて、中身がこぼれるが、それに気を払うこともできないほどに、榎本の剣幕はすさまじかった。



「あんはんは――いいや。あんたに気遣いの言葉なんかいらない。あんたは、何にもわかっていないんだな! 匡くんのそばにあれだけいながら! 匡くんのことをそれだけ好きでいながら! 彼のことを全然わかっていない! ふざけるな!」

「へ。え、えと」



 言葉は刃物となって飛んでくる。


 無防備な真樹は、ただ解体されるだけだった。

 生身の肉に深々と刃が刺さっていくかのように、榎本の言葉は鋭く容赦がない。

 不意打ちを食らった真樹は、ショックに言葉を発することもできなくなる。


 榎本の言葉は続く。


「あんたは、どうして匡くんが、あんたみたいな子を目にかけるか、知っているか?」

「あ、――ぁ」


 わからない。


 ずっと疑問だった。

 真樹は匡のことを好きだから彼についていこうとするが、彼の方は、どうして真樹と一緒にいようとするのかを。

 自分のような取るに足らない普通の女を、どうしてあの近江匡が、気にしたりするのか。


 近江匡は絶対だった。

 真樹にとって彼はヒーローだった。ヒーローを仰ぐのは当然だと思っていた。

 彼なら大丈夫だと安心を与えてくれる。困っているときに助けてくれる彼を、真樹は尊敬していた。

 すぐそばで、「やっぱり近江さんはすごい」と言っていれば、それでよかった。


 だけど、彼は。

 近江匡は、真樹のことを――



!」



 怒鳴りつけるとともに形を持ったその言葉は、真樹の心を深々と貫いた。


 あまりの精神的なショックに、呼吸すらも怪しくなる。

 息がつまり、目に涙が浮かぶ。えずく真樹を、榎本は立ち上がって見下ろしてくる。



「なんとなくほっとけないから? そんなもの、好きだからに決まっているじゃないか! 心配するのも、目をかけるのも、そばに置いておこうとするのも、大切だからに決まっているだろうが! 一番大馬鹿なのは、当人がその事実から目をそらしていることだが、次に馬鹿なのは、!」



 言葉のナイフが振り下ろされる。


 何度も、何度も、何度も、何度も。


 容赦なく振り下ろされるそれは、榎本自身の怒りに満ちていた。

 ずっと思っていたのだろう。こらえていた思いがすべて、爆発している。


 痛い。

 言葉が痛い。

 こんなに痛くて痛くて――何も考えられないくらい痛い。


 それくらい、榎本友乃恵は、牧野真樹に怒っていた。

 近江匡のために、怒っていた。



「あんたは、無自覚かもしれないけど、ずっと人から守られてきてる。あんたから延びる『線』は、全部一方通行なんだよ。さぞ、お姫様扱いされてきたんだろうね。ちょっとでも痛い思いをすれば守られて、ちょっとでも苦しい思いをすれば守られて。そんな風に、構ってもらってきたんだろうね」

「そん、な」



 そんなつもりはない。


 確かに、真樹を守ろうとする人は多かった。けれど、そんな助けなんていらなかったのだ。ある程度のことなら自分一人で耐えられたし、そもそもそんなおせっかいは、面倒なだけだった。自分なんかよりも助けが必要な人間はいっぱいいるのにと、ずっと思っていた。


 だから、そんな風に言われるのは、心外だ。


「不服そうだね。わたしからこんなことを言われるのが」


 ふん、と。小馬鹿にするように榎本は鼻を鳴らすと、一層鋭い目で睨みつけてくる。


「そうやって無自覚だから、あんたは何もわかっていないって言っているんだよ。あんたは自分が、どれだけ人から気にされているかわからない。例えば――」


 榎本の手が真樹の顔に伸びる。


 頬を撫でられて、ぴくりと真樹は反応する。榎本の言葉以外の接触が、敏感になっている彼女を震わせた。



「自分がどれだけ可愛いかも、あなたは分かっていないんだろうね。整った顔立ちをしていながら、それを鼻にかけない態度。まるで自分の価値を分かっていない野暮ったい恰好。そういう隙が、男からすれば守ってあげたい対象となるし、女からすれば構ってあげたい対象になる。絶妙なのが、女性から敵意を向けられないくらいに、絶妙な天然さだってことだね」

「し、知った、ように――」

「わかっているから言っているつもりだよ。わたしは、あなたが思っている以上に、あなたのことを分かっている。ちゃんと、あなたの背後から、視えるんだから」



 落ち着いてきたのか、榎本の言葉づかいが丁寧なものに変わってきた。

 しかし、その分冷たさが増してくる。

 ひやりと身を冷やす言葉の刃が、じりじりと皮膚を突き破り、肉に食い込んでくる。


「あなたは、人から構ってもらうのが当たり前だった。他人と付き合うのに、何の苦労もしたことがなかった。――だからこそ、親友だと思っていた人間と争ったときに、ひどく傷ついた」

「な、んで」


 そのことを知っている。


 思い出す。

 近江匡と出会う前。誰よりも真樹の近くにいて、そして、誰よりも真樹と心の距離が遠かった相手のことを。


 榎本の言うように、真樹は人とコミュニケーションをとることに苦労したことがなかった。

 特別な努力をしたこともなく、ただ自然体でいれば、自然と場に溶け込んだ。

 誰かに言われた、『天然』という言葉が、良くも悪くも真樹のことを言い表していたのだろう。


 しかし、その分深く付き合う人間と言うと、少なかった。


 心の内を吐露するほどに近かった相手。

 そんな存在がいても、深く考えたりしなかった。

 ただ、『親友』という相手がいるという、ただそれだけだと思っていた。


 まさか、裏切られたときに、これほど傷つくとは思わなかったのだ。



「そして、その反動で、あなたは近江匡に依存した」



 図星だった。

 どうして榎本は、それほどまでに事情に精通しているのだろう。まさか匡が話すはずがない。いまだに五年前のあの出来事は、真樹の中でトラウマなのだから。


 七人もの人間が、真樹のために傷ついた。


 その犯人は、真樹の親友だと思っていた女だった。


 彼女の要求はただ一つ、真樹が死ぬことだった。


 それまで人と争った経験など片手で数えられるくらいしかなかった真樹にとって、それはひどいストレスで、だからこそ彼女には耐えられなかった。

 弱々しいメンタルは早々に追い詰められ、そして死を選ぼうとして。



 そこで、近江匡に出会ったのだ。



 そうだ。

 あそこで助けられたから、真樹は匡のことをヒーローだと思っている。

 彼のことを尊敬している。

 この気持ちに、間違いはない。


 はず、なのに。



「はっきり言ってあげる」



 榎本の言葉が、牧野真樹の五年間の想いに、形を与える。



「人から無自覚に守られるだけだったあなたは、初めて自分から他者を求めた。それが初めてだったから、依存っていう極端な形に出ただけなんだよ。けれど、あなたはただ依存しているわけじゃない。盲目的に従ってなんかない。あなたはちゃんと、不満を覚えている。匡くんにもっと振り向いてほしい、匡くんにもっと認めてもらいたいって、そう思っている。そして、匡くんにお願いされたら、それだけで喜んじゃう。そんなもの――」



「――好きだからに、恋しているからに、決まっているじゃないか」





「あ――う、ぅ」

 近江匡。

 近江さん、近江さん、近江さん、近江さん、近江さん――



「なにが、尊敬している、だよ」


 吐き捨てるように、彼女は言う。


「そんな風に気持ちをはき違えているから、あなたたちはずっとすれ違ったままで、そしてここまで、こじれてきた」


 榎本の言葉によって傷つけられた精神は、もう限界だった。


 それでも彼女は手をやめたりしない。

 はっきりと現実を直視させるために、彼女は言葉と言うナイフを振るう。

 真樹はただ、その言葉の暴力に凌辱される。


 まるで、これまで怠惰に匡のそばにいるだけだった罪の清算をするかのように。


「あなたが『尊敬』している近江匡の、本当のことを教えてあげる」


 それから語られるのは、一人の男の半生だった。

 出来すぎることに絶望する男の物語。

 それはとても痛々しくて、とても、苦しい生き方だった。





 ※ ※ ※





 龍光寺紗彩の、自暴自棄なロシアンルーレット。



 その撃鉄は、



 もうだめだと思っていた匡は、その結果に目を丸くする。






 六分の五の確率で死ぬギャンブルを、なんと目の前の少女は生き延びたのだ。







 少女は顔を伏せている。

 拳銃はこめかみに当てられたままで、まるで幽鬼のようにそこに立っていた。

 先ほどまでの取り乱しようがウソのようで、棒立ちになっている姿は、存在感が希薄だった。


 何かがおかしい、とすぐに匡は気付いた。


 それは明確な変化である。


 紗彩が『彼』に変わった時のような、演技による豹変ではない。

 まるで中にいるものそのものが違うような、劇的な変化。



 龍光寺紗彩の身体を借りた『そいつ』は、銃を降ろしながらゆっくりと顔をあげる。





 





 発狂したものの笑みとは違う。それは現実を受け入れ、ただひたすらに現実を楽しむ者が浮かべる、歓喜の笑みだった。



「よぉ。アンタとは、初めましてになるな」



 少女の口からは、同じく少女の声色で言葉が流れる。

 しかし、その口調はどこか乱暴で、男性的だ。匡と同年代か、少し年上の空気が漂っている。


 その存在はゆっくりと歩いてテーブルに戻ってきた。

 そして、丁寧に銃をテーブルに置き、悠然と椅子に腰かけると、匡に向けて言う。



「何してんだよ。突っ立ってないで座ったらどうだ?」

「……お前は」



 じっと、匡は観察を続けていた。龍光寺紗彩の身体を借りたそいつの挙動は、まぎれもなく別人のそれである。

 先ほどまでの紗彩が演技していた『彼』には、ところどころで素の雰囲気があった。しかし、今目の前にいる存在からは、まったく別人の雰囲気しか感じない。


 すぐに、匡の中で結論が出た。


「なるほどな。それじゃあ。お前が」

「ご名答」



 匡がその名をいう前に、彼は自ら名乗りを上げた。



「遠山ヒズミってのが、オレの名だ」



 そして、かわいらしい外見を目立たせるように、ウインクした。



「死んでんだから、惚れんじゃねェぞ」





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