第4話 動き出した者たち 2/2

「これはまた……派手にやったもんだな」


 駆けつけたばかりのクロウトはハイウェイの惨状を見ながら呟いた。


 襲撃者の攻撃でハイウェイは大渋滞が起きている。

 長い車列が延々と続き、いつ終わるとも知れないその地獄を警官たちが限られた車線で必死に捌く。


 その傍らでクラッシュに巻きこまれた車両の撤去作業の音を聞きながら、ベックは駆けつけた救急隊員から小さな擦過傷の処置を受けていた。


「完璧な仕事をこなす君が、こんな簡単な記憶輸送をしくじるとは。珍しいこともあるもんだ」

「嫌味はそれぐらいか? だったらとっととその口を閉じてくれないか」


 ベックはドスの効いた声でギロっと鬱陶しげな視線を向けた。

 まるでこの状況を楽しんでいるかのような口ぶりのクロウトは肩をすくめたが、すぐに神妙な顔つきに戻る。


「だが人の記憶は重要な国家情報だ。国家の秘匿されるべき情報が盗まれたのは重大だよ。それに雇ったばかりの助手が犯行に加担したかもしれないとなると、君自身の首まで危うい。さすがに庇いきれないぞ」


 死後の人間の記憶は国家財産として区分される。

 それをみすみす奪われたとなれば、トランスポーターの資格にも影響するだろう。


 もちろん、ベックだってわかっている。

 だが彼には引っかかることがあった。


「なぁ、襲撃者の目的はなんだと思う? これだけ派手な騒ぎを起こして奴らはなぜ記憶を欲しがった?」


 襲われた時、ベックが運んでいたのはマイクの記憶だけだ。

 つまり襲撃者の目的は十中八九、マイクの記憶を強奪することだろう。


 しかし、記憶データを奪いたいならもっと人気のない場所で目立たぬように行うべきだ。

 わざわざリスクの高いハイウェイ上でこんな強引に奪い取る必要はない。


「捕まらないためだろう。生前のマイク氏を殺害した、もしくはなにかヤバい現場を見られていた。だからそれが露見しないよう記憶を奪った。違うかい?」

「残念ながらその理論は破綻してるぞ。記憶省職員のくせに完全なところを抜いてどうする」


 ベックがやれやれとばかりにため息をつく。

 怪訝な顔をしてクロウトは腕を組んだが、やがて「あぁ、そうか」と呟いた。


「オリジナルの記憶データはすべて記憶省に保管される。だから――」

「いくら持ち出された記憶データを盗んでも意味はない」


 オリジナルの記憶データが記憶省の総合データベースで半永久的に保管され続けるのに対し、捜査協力などで外部に提供されるのはオリジナルデータのコピーで、役目を終えればそのまま処分される。


 つまり犯行の露見を防ぐのが目的なら、この襲撃は派手な時間稼ぎ程度の意味しかないのだ。

 その結論に至ったクロウトは探偵のように納得した口ぶりで頷く。


「ということはまた最初の質問に立ちもどるわけか。スパイまで潜りこませるほど欲しがる記憶か……さぞ大切なものなのだろう」

「あぁ、だからそれを今から一緒に聞きに行く。車を借りるぞ」


 ベックはそう言うと、クロウトが腰に下げていた車のキーを奪う。

 愛車であるクロスラインをジュリアに奪われたいま、ベックには移動手段がない。


 無遠慮なベックの行動を気に留めず、クロウトはそのまま車の助手席に乗りこむ。


「聞くって、いったい誰に?」

「もちろん警察にさ」


 ニヤリと笑ってベックは車を発進させる。

 十分ほど車を走らせて向かったのは最初の目的地だった警察署だ。


 ベックは建物内に入ると、窓口でトランスポーターが携行する電子身分証明書を提示する。


「特殊外部捜査官権限で組織犯罪捜査課のボスに会わせてほしい。至急だ」


 受付嬢は突然の注文に面食らいながら、「しょ、少々お待ちください」と告げて受話器を取った。


「なるほど。マイク氏の職場か、たしかに聞くならここしかないな」


 マイクの所属していた組織犯罪捜査課は主にマフィアが行う闇取引など組織的な犯罪捜査を専門に扱う部署だ。

 彼の記憶データが狙われる手がかりをあたるとすればここしかない。


「おまたせしました。こちらにどうぞ」


 受話器を置いた受付嬢に案内され、エレベーターに乗りこむ。

 五階まで上がったところで扉が開くと、とある一室に案内される。

 部屋には四十代半ばといったスーツの男が待っていた。

 ベックは受付嬢がドアを閉めると同時に間髪入れずに問いかける。


「あなたが組織犯罪捜査課を取り仕切っている方ですか?」

「そうだが運び屋が私になんの用かな? いや、記憶輸送に失敗した運び屋か」

「話が早い。なら私がここへ来た理由もわかるだろう。あなたの部下であるマイク・フォスターは失踪直前になにを捜査していた?」

「さぁ、超能力者ではないし、仕事上守秘義務も多くてわからんね」


 そう言って、男は肩をすくめる。どうやら職務上の守秘義務を盾にして話さないつもりらしい。


 ベックはクロウトに目配せをし、彼はギョッとした目をしたが、あえてなにも言わずに圧をかける。

 こういう時のために連れてきたのだ。役に立ってもらわなければ困る。

 しばらくそうしていると、やがて気怠そうに一歩前に出た。


「記憶省のクロウトです。今回の件は、敵がかなりのリスクを背負って行動していることから非常に重要な案件だと考えています。よって、記憶省職員として情報の開示を要求します」


 真面目な表情で告げるクロウトをジッと観察した男は、長いため息とともに机のキーボードを操作し、あるデータを壁のスクリーンに表示させる。

 そこには経路がマッピングされた地図と細やかな情報、そしていかつい顔をした男の写真が一枚乗っていた。


「これは違法薬物の闇取引情報ですか?」

「あぁ、奴は……マイクは闇取引を行うマフィアを潜入捜査していたんだよ」

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