第8話 俺のターン 俺と14歳の気高き少女

スンスンと小さく鼻をすする音が聞こえてくる。手を伸ばせば触れるほどに近くにいるのが、今俺が泣かしてしまった女の子だ。


メアリー王女。光の国唯一のコントラスターであり、王女である。そんな彼女を出会ってたった一日で泣かせてしまった。


……気まずい。


やってしまった、やらかしてしまった。

俺は本来こんなことをするような人間じゃなかったはずだ。ただ目の前にいる女の子が年相応の気持ちでいられればいいなと思ったのだ。そしてその手助けをできればいいなと、そう思っただけなのだ。


しかしてこの現状である。


完全にアプローチの仕方を間違えた。

出会って半日もたたない人間が上から目線で助けてやるよと。

相手は王女様だ、お前は何様のつもりだと。思い出すだけで恥ずかしい。数分前の行動が黒歴史とか勘弁してくれ。


すわ、ここに至って俺は外部者のはずだ。

メアリーに呼ばれたからと言って、間違いで契約したからと言って、自分に力があるからと言って、初陣が上手くいったからとて俺はここの人間じゃない。この世界の人間じゃぁ無い。


メアリーだって言っていたはずだ。俺がどうなるか分からないと。本来であればこうなる筈がないと。

そもそも俺はイレギュラーなのだ。ここにいること自体がおかしいはずなのだ。


そして、俺自身もっと慎重に立ち回らねばならないはずなのだ。

こと、ここに召喚されてからの俺の行動はおかしい。アグレッシブに動きすぎなのだ。

確かに急に召喚されてテンパった。ここがカオスアメイジングの世界なんだとテンションが上がった。そしてこの世界で戦う力があるのだと有頂天になった。


だとしても……だ。


俺が知る俺自身ならこんなことはしない。

目の前の状況が大きく流れるからと言って安易にその流れに乗らない。俺自身はそういう生き方をしてきたはずだ。


なぜ俺は今日こんな事をした?


カオスアメイジングの世界に憧れてはいた。実際のコントラスターになって世界を又に駆けるなんて妄想だってしたことはある。カオスアメイジングのキャラクターと出会えるなんて思いもしなかった。


だからと言って生死を賭けるような行動をする訳が無い。


俺は舞台度胸はあるが臆病者だ。俺は自分をそう自己分析している。

カードの大会や会社の大きなプレゼン、商談を交わす時なんかは大きく心が躍る。

だけどそれは、俺が徹底的に準備をするからだ。事前に大量の情報を集めてそれを精査し、煮詰めて自分也に咀嚼する。それをもって俺は相対する舞台に自信を持つ人間だ。間違っても前情報が不足した状態で生き死にがかかる前線に飛び出すような馬鹿じゃない。

そして自分の手を確かめずに前に出たりなんかしない。自分が出来る事、出来ない事を把握して対応するのだ。

間違ってもその場での行き当たりばったりを繰り返すのは俺じゃない。


考えれば考えるほど思考が泥沼に沈み込んでいくようだ。


俺は本当に俺なのか?

今俺が俺だと思っているのは本当に「京極集」なのだろうか……。


「……アツム様」


メアリーに呼ばれ、思考の渦から脱却する。目の前の少女は、俺をまっすぐと捕らえていた。


「ありがとうございます、あのような事を言われたのは生まれて初めてでしたので、お見苦しい姿をお見せしてしまいましたわ」

「いいんだ、気にするな」

「気にするな、ですか……」

「うん?」

「わたくし、この言葉を聞いたのも言ったのも今日が初めてでございますわ」

「そうか、それは随分と窮屈な生活だっただろう?」

「……そうですわね。わたくしは幼いころから王女として周りを気にしろと言われてきましたし、コントラスターとなってからは周囲に気を張り続けていましたわ」

「そうか」


この少女はどんな過酷な生活を送ってきたのだろうか。俺の知るメアリーはあくまでカオスアメイジングのメアリーだ。

物語の中で煌びやかなお話の中の登場人物としてのメアリーしか知らない。


「はい、わたくしのミス一つで王国の命運が変わると周りからずっと言われ続けてきましたから……」

「メアリーはずっとスケープゴートだったのか」

「スケープゴートですか?」


わからない、とこちらに意図を問いただすように問うてくる。言葉の意味が分からない訳じゃないだろう。

なぜそんな風に言われるのかが分からないんだ。自分の事に激しく気高いプライドを持つゆえに、【身代わり羊】なんて呼ばれてもピンと来ないんだろう。


「考えなかったのか? メアリーの判断一つで王国の命運が変わるわけないだろう? そういう風にしておきたいのは責任をメアリーに擦り付けたい奴らのセリフさ」

「ですが、わたくしがコントラスターとして負ければ国は滅びます、王女として間違えば下の者に負担を強いることになります!」


コントラスターとして、王女として責任感のある百点満点の回答。聞いた皆が称賛することだろう。

だが、しかし……。


「だからなんで高々小娘のメアリーに全部の責任を押し付けるんだよ」

「こ、小娘って! アツム様!」

「小娘だろ? メアリーいくつよ?」

「女性に歳を聞くものではありませんわ!」


一般的なマナーはこちらでも変わらないのな。だけどここにいる少女は特殊な人間なのだ。

少なくとも一般人などとはありえない。


「政事や、軍部に身を置く人間に男も女もあるか」

「……14ですわ」

「14って、小娘どころかガキじゃないか」


元の世界のこの年齢ならブラックヒストリーを量産する病を患う年齢だ。

それだけ多感な時期なのだ。間違っても自意識無き悪意の的にするのが許される年齢ではない。


「酷いですわアツム様! わたくしとて来年には成人ですのよ! 先ほどの変な幹部と同じことを言わないでください」


この世界では15で成人なのか、それとも王族だけなのか女性だけなのかは分からん。

だが目の前の少女はまだ成人すらしていないのだ。


「なに言ってやがる、まだ成人もしていない女性に政治や軍部の全責任を負わす方が酷いに決まってる」

「っ!」


王女としての政事としての責任。

コントラスターとしての軍の責任。

たった14歳の少女が背負う責任の重さでは無い。


「気が付いたか?」

「それでもわたくしは王女であり、この国唯一のコントラスターですわ!」

「メアリーがそれに誇りを持つことは構わないさ。むしろ立派だ、尊敬するよ」


たった14歳の少女の覚悟、35歳の俺にすら出来ない程の覚悟。

彼女がその誇りを糧にどれだけの覚悟を積み上げてきたのかなんて想像もできなかった。


「アツム様?」

「だがな、それに国全体がおんぶにだっこしている事が許せない」

「え? あの……」


そう、許せない。

たった一人の少女に課す重さじゃないだろう、ソレは。

国の命運なんて、その辺の物語の英雄が口に出すくらいしかお目にかかる事の無い言葉だろう?

ソレを無意識のうちに、この少女に立った一人で背負わせている事が許せない。

14歳が口に出すその言葉は、せいぜい自分の日記帳に夜中に書き込むだけの妄想の言葉であるべきだ。

現実に、覚悟をもって、自発的に言わせる言葉であっていい訳が無い。


「国を支えるはずのいい大人が、権力を持っているはずの責任者が、堂々とメアリーを利用しているのが気に喰わない」

「し、しかし」

「メアリー、俺にはな、嫌いな種類の人間が一つだけいる」

「え? 急になんですの?」


本当に訳が分からない、と隠すこともしなくなったその表情は少しだけ年相応に見えた。


「いいから聞け、それはな『自分の殻を破ろうとしない人間』だ」

「自分の殻?」

「そうだ、他の言い方にするなら歩みを辞めた人間だな」

「アツム様が何を言いたいのかわかりませんわ」


俺の嫌いな人間、自分の能力をあげることもせず、自分で動くこともせず、他人の足を引っ張り、他人の褌で相撲を取るような連中。自分の本懐を自分でおこそうとしない。他人の傘にいるだけでなにもしようとしない。それどころか頑張ろうとする人間の足を引っ張り自分の所まで落とそうとする。出る杭を打ち続けるような連中。


「簡単に言うとだな、この国のそんな人間に言いたいわけよ「てめぇらたった一人の女の子に全部任せて恥ずかしくないのか!」ってな」

「それは、仕方の無い事ですわ。一般人とコントラスターが召喚する召喚者では勝負になりませんもの」

「なんで勝負する必要がある?」

「え?」


訳が分からないという顔で見てくる。そんな顔されてもこちらの方が訳が分からないよ。

危険という事が分かっていてなぜわざわざそちらへ出向かなければならないのか。

なぜ不利になると分かっている場で相手に合わせる必要があるのだ。


「相手にならない相手なら勝負なんかしなくていい。相手にしなけりゃいいじゃないか」

「何を、言っているんですの?」

「簡単な事だ。相手にならない相手がいるのならそもそもそこに近づかなければいい。もしも出てきたなら、今日みたいに盾を作ってその間に逃げればいい」

「そんな簡単にはいきませんわ」

「だが今日は出来たな。国の兵士達は俺達が到着してから死亡者はいなかったんだろ?」

「今日はわたくし達が現場に到着できたからですわ、召喚者が居る所にコントラスターが行けたから被害が無かっただけですわ」


メアリーはまだ、分かってないようだな。なまじっか年の割には頭が良いせいで気付いていない。


「それで?」

「え?」

「それじゃあ、もし俺達が間に合わなくて被害が多数でていたら、それはメアリーの責任になるのか?」

「それはそうでしょう。そのためのコントラスターであり、王女ですわ」

「違うな」

「え?」


やっぱりな……。この子は根本を勘違いしているのだ。


「違うぞメアリー、間違っている。全部がお前の責任じゃないはずだ」

「なにが、間違っているのだと……」

「責任の所在さ、全ての責任がメアリーのはずがない、ある訳が無い。そもそも計画を察知できなかった王国の所為だし、普段から避難訓練をしていなかった民の所為でもある。もっといえば国は普段から他国の召喚者に対して警戒を呼びかけなきゃいけないはずだろ。それをするのはメアリーじゃない、その場の管轄の人間だ。そうして、今回事が起こった時にうまく動けなかったときに責任を取るのはそこの長であるべきだ。大体メアリーに対して情報が入ってこないのにどうやってあの場に行けっていうんだよ? 今日はたまたま知っている俺がいた。その情報に信憑性があったからあそこに行けただけだ」


マシンガン並みの俺の言葉にメアリーがたじろいでいる。今まで当たり前だと思っていた内容を、俺が真っ向から否定しているのだから狼狽えてもしょうがない。

そして、ここまで言ったうえでさらに現実を突きつける。


「それは」

「メアリー、もしも今日メアリーが俺を召喚せずに今日の事をどこまでできたと思う?」

「どこまで?」

「メアリーが一人で何ができた? 北の広場に行って三体の召喚者を倒すことはできるか? その後、情報も無しに東の孤児院に行けたか? そして誘拐犯を鎮圧してゲニアスを追いつめることで来たか?」

「……無理ですわ。おそらく北の広場でオドを使い切ってその場を収めて終わりですわ。孤児院には気付けなかったでしょうね」


そうなのだ。

たまたま今日に限ってメアリーが俺を召喚して、

たまたま契約をミスして俺が帰れなくなって、

たまたまゴルガス帝国が攻めて来て、

たまたま俺がその内容を知っていて、

たまたまうまくいっただけの事だ。


それだというのにその歯車が一つ狂ったぐらいで……。


「それでこの国の連中は言うのか? 孤児院の子供たちが誘拐されたのはコントラスターである王女様が来なかったからだ! って」

「っ!」

「違うだろうがよ、民を守るのは国であって個人じゃねぇよ」


そして、個人で出来る事にも限界はある。なにせ個なのだ。一つしかないのだ。どんなに頑張っても一つしかないもので二つ以上同時に物事を進めることはできない。


「ですがわたくしは……」

「俺を使って見事に事件を解決したな」

「え?」

「そういう事だろ? 今日はメアリーが俺の力を使って王女として、コントラスターとして事の解決に尽力した。何か間違っているか?」

「……いえ」


若干の不満そうな顔を出すメアリー、。

いいじゃないか、気取って表情を出さない鉄面皮なんかよりずっといい顔だ。


「だからな、メアリー。俺を使えって事はこういう事さ。今日がたまたまなのか、これからずっとになるかは、メアリーが俺を使いこなせるかどうかにかかっているんだからな」

「アツム様」

「そんで責任なんて気にすんな、大体何かあったとしてメアリーはどうやって責任を取るんだよ?」

「え?」


ここで本題。

メアリーが根本的に勘違いしている事とこの国の歪みを説明する。


「この国唯一のコントラスターで王女であるメアリーは、どうやって責任を取るんだ?」

「え?それは、王家から出奔とか、牢屋へ入るとか、処刑とかではないのですか?」

「本当に頭いいのにたまにポンコツだなメアリー。この国唯一のコントラスターにそんなことしたら、そのあとこの国はどうなるんだよ?」

「あっ!」


王家からいなくなっても、牢屋に幽閉されても、処刑されても困るのは王国だ。

メアリーだからできる事がる。しかしそれが大きすぎてそれに対して処罰が出来ない。出来る訳が無い。

王女であり、コントラスターであるメアリーでないとダメなのだ。


「メアリーだけが唯一責任を取れないんだよ。だからこの国の人間たちはメアリーをスケープゴートにした。そうすれば誰も責任を取らなくて済むからな」

「なっ、なんてこと!」


本来であれば責任を取らなければいけない人間が声高々にメアリーに責任を押し付ける。

メアリーは自分こそが責任を取るべき人間だと勘違いして職務に励む。

そして、そのしなくていい責任のプレッシャーでメアリーの心が摩耗する。

14歳とは思えないほどの人間性の高さとプライド、覚悟を持ちながら少しづつ擦り潰されていく少女。それが今のメアリーだと、俺は思った。


「取れない責任の事なんて気にするだけ無駄だろ? だから気にすんなよ」

「そういう、事ですの……」

「理解したか?」

「……納得はできないですわ」

「それでいい、理解は理屈だ。それを知っているだけで意味がある。そんで納得は感情だ。それはおいおい自分で巧く昇華すればいい」

「いいんですの?」

「いいんだよ、感情なんてどんだけうまく制御したって振り回されるもんなんだから」

「わたくしにはわかりませんわ」


昨日まで信じていたものが今日召喚した者に壊される。理不尽に思うかもしれないが世の中なんて大概理不尽だ。


「メアリーは頭は優秀だけど人間としてはポンコツそうだもんな」

「さっきから酷いですわ」

「コレでいいんだよ、こんな風に誰かに揶揄われる事なんて初めてだろう?」

「揶揄われる?」

「そう、今俺はメアリーをイジって遊んでいるわけだ」

「……」


メアリーが王女として生きて来て、コントラスターとして一人で戦ってきたのであればこんな事を出来る人間はいない。


「どうした?」

「これが揶揄われるって事ですの?」

「俺はそう思ってる、さじ加減が難しいけどな」

「さじ加減……」

「そう、この位ならメアリーは俺に失望したり、絶望したりしないだろう? これが過ぎると心を傷つけるナイフになるからな」


所謂イジメ、言っている方はその気じゃなくても言われた方がそう感じてしまう。そうなってしまったら駄目だ。


「わたくしがアツム様に失望ですか」

「されないように頑張るけどな。で、適度な揶揄いってのは愛あるイジりだ。気の良い間柄じゃないと出来ないだろ?」

「愛、気の良い……」

「なぜそこだけピックアップしたのか分からんがそろそろ戻ってこい」


メアリーだって女の子だ。ひょっとしたら恋に恋しているのかもしれない。だけど今のメアリーの年齢でその領域に行くのは危険だ。もしも間違ってブラックヒストリーになりうる場所を踏み抜いてしまえば一生その沼に溺れることになる。


そんな話がちょうど切り上がった所だ。御者席の窓が開きメメルさんが声をかけてくる。


「姫様、北の広場に到着いたしました」

「ありがとう、メメル」


ガチャリと早馬車の扉が開き広場へと降りる。

先程まで戦場になっていたそこは未だ喧噪が続いているようだ。


「姫様、いかがなさいますか?」

「そうですわね、隊長格の方を呼んできて下さい」

「かしこまりました」


メメルさんが喧噪の中へと消えていく。


「どうするんだ?」

「変わったことは致しませんわ、今回あった事の報告書、調査書を各部隊で提出してもらうだけですわ」

「まぁ、妥当だな」

「ちなみにアツム様にも書いていただきますわ」

「え? 出る前にも言ったけど、多分俺文字書けないよ?」

「それは代筆の者を用意します。アツム様の主観で今回の件を報告してください」

「俺の目で見て感じたことを書けって事か?」

「コントラスター目線の報告書なんて貴重ですもの、広場と孤児院両方書いてくださいね」

「そういう事か、了解」


今まではメアリーしかこの国にコントラスターはいなかった。

だから、今回のような事件を他のコントラスターから見た視点で報告してほしいという事なんだろう。


なんだ、頼るのさっそく出来ているじゃないか。


そうしているとメメルさんが兵士の方々をぞろぞろと連れてこちらへやってきた。


「姫様、召集いたしました」

「ご苦労様。さて隊長格の皆さん、今回はお疲れさまですわ。皆のおかげで被害は最小限になったと聞いております。己が責務を果たしていただき王女として感謝いたしますわ。今回の件に関する報告書を明日中に、また調査書を三日おきに提出しなさい。よろしいですわね?」


「「「「「「はっ!!」」」」」」


ザッ!っと靴が石畳をならした。


「それでは作業に戻れ! 解散!」


メメルさんが大きな声で指示を出す。あれっ? メメルさんも実はけっこう偉かったりするのか? なんせ王女様の御付で戦闘指南役なんだし。


「姫様、城より姫様の帰城を早める催促が来ていたようです」

「わたくしを?」

「はい、催促に来た兵士は丞相の印で書状を持ってきていたそうです」

「丞相の印ですか、なるほど。事件では無くアツム様の件ですわ」

「ん? 俺?」

「はい、アツム様の事をまだ国の上層部に伝えていないですから」

「そういえば、メアリーとメメルさん、あとはあの場にいた兵士さん達以外には名乗ってないな」

「ですのでわたくしはアツム様の説明をしなければならないのですわ」

「そっか、んじゃどうする? もう帰る?」

「そうですわね、後は報告書で良いでしょう」


そうして三人とも早馬車に乗り込み城への帰路へ発つことにした。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「で、帰ってきたわけだが……」

「随分と物々しいですわね」

「これは一体どういう事でしょうか」


早馬車を降りるなり兵士に囲まれていた。

孤児院でゲニアスを囲っていたのと同じくらいの兵士達が俺達の降りてきた馬車を囲っている。

物凄く警戒されているようにしか見えない。

城の兵士が王女が乗っている馬車を取り囲んだりするのか?


「何事です? わたくし達を囲む理由はなんですか」

「それは姫様が一番ご存じのはずでしょう」

「……バーテン丞相」


年の頃は40程の線の細い男が兵たちの中から割り出てくる。

長身だが筋肉は付いていない、メガネをしていてオールバックの髪の毛は赤茶色だ。

細く鋭い眼はこちらをじっと凝視しているようだ。


「まずは誤解無きよう。姫様やメメル殿に危害を加えるつもりはありません」

「……」

「それから、そちらの彼は拘束させていただきます」


どうやら俺の所為らしい。それもそうか、城の人間から見たら誰かもわからない人間が王女様と共に城に入り込んでいるわけだ。しかも王女様は契約者との戦闘からの帰還。何があったか分からない以上、当然警戒はしてくるか。


「それはなりません、これは王女としての命です。彼の身はわたくしが保証します。彼に手荒な真似は絶対にしないよう厳命しますわ」

「しかし姫様、我々にも城を守るという命がございます」


メアリーの命令が出たにもかかわらず引こうとしない。


「彼はわたくしの契約者でコントラスターです。そして今回街下で起きた事件を解決してくださった方でもあります。わたくしの最上級の御客人という立場で入城していただきますわ」

「なるほど、分かりました。そして御客人大変失礼いたしました」

「いや、気にしない」


あわやあっさりと引き下がり少しだけ拍子抜けをする。メアリーの客人という事で引いたのか、俺がコントラスターということで引いたのかどっちだろうな。


「ありがとうございます。お名前を伺ってもよろしいでしょうか?」

「京極集、京極がファミリーネーム、集がファーストネームだ」

「ありがとうございます。キョウゴク様とお呼びしても?」

「構わないがそちらの名前も教えていただきたい」

「これは大変失礼を、私はこの国の丞相務めさせて頂いておりますバーテン・ヘンカン公爵でございます」

「どうお呼びすればよいかな?」

「キョウゴク様におかれましてはバーテンか、丞相とお呼びください」

「それでは丞相、よろしく頼む」


丞相ってのはたしか文官の位だったな、確か最上位のはずだ。


「はい、こちらこそお願いいたします。姫様、キョウゴク様が報告に合った『エルフ』で間違いないですか?」

「そうですわ」

「ん?俺は人間だぞ?」

「そうではありませんわ、わたくしたちの暗号のようなものですわ」

「あぁ、なるほどな」

「姫様、念の為早馬車をお調べしますがよろしいですか?」

「えぇ、何もないとは思いますがお願いしますわ」

「かしこまりました。第四班は馬車を点検の後所定の位置へ帰しておけ!」

「「「はっ!」」」


きびきびと兵士達が馬車の方へ走っていく。

殺気からいろいろ見ているけどこの国の兵士って地味に練度高いよな。


「それでは姫様、お疲れだとは思いますが会議の間にてご説明をお願いします」

「わかりましたわ、すぐに向かうとしましょう」


そうしてメメルさんを筆頭に、次いでメアリーと俺、後ろに丞相がついて会議の間とやらに案内される。

城を出た時もそうだけど、ここも案内無しではしばらく来れそうに無いな。順路が複雑で覚えられそうにない。


「それではこちらが会議の間となります」


メメルさんが会議の間をノックする。


「開いておる、入ってまいれ」

「失礼いたします」


ギギィと開いた扉の先には何人かが座っていたがその中でも上座に座っていた人間に目が行く。


「【賢王 ディケッド・コウカン王】……」

「はじめましてじゃな、姫君に導かれし迷い人よ」

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