カオス・アメイジング

眞辺 健之

プロローグ

プロローグ


トレーディングカード「カオス・アメイジング」


20年前に発売されたこのカードゲームは、その鮮やかなイラストと雑多な種類のカードにより人気を得ていた。

そして何よりその深い物語に多くのファンは惹かれた。


通常、トレーディングカードはその性質上、カードを集める物である。

その上でゲーム性があり相手と対戦などをすることで勝敗を得るのが普通だ。

ゆえにあまり物語や背景などの情報は重視されない。あったとしてもフレーバーテキスト程度のものだろう。


しかし「カオス・アメイジング」はその点で違った。

新弾が発売されるとそのBOXの中には冊子が入っている。

通常20種類前後あるそれはナンバリングされており、初回封入特典だ。

その冊子にはその新弾と関わる物語がカードの数だけ物語が綴られていた。


どんなカードにも物語がある。


それはレアリティに、キャラクターに、呪文に関わらずだ。

前の弾から関係があるものもあれば、新しく出てきたカードに至るまでそれらは書き綴られていた。


それを全て集め続けてきた男がいた。


京極集(きょうごくあつむ)


俺の名前だ。15の時に発売された「カオス・アメイジング」に一目惚れをし、20年間その軌跡を共に歩んできたと自負する最古参のコレクターの一人だ。

高校生からバイトしてすべての冊子をコンプリートしてる。通常弾の他にも特殊弾なんてものが出ていたりしていたが、抜けなく揃っている。俺の数少ない自慢の一つだ。


35にもなって子供はおろか嫁もいない。週末はなじみのトレカショップに行くことが通例だ。

そして今年、そんな俺に「カオス・アメイジング」を発売しているアメイジング・フォレスト社から連絡があった。


曰く「俺のコレクションを一般展示してほしい」と。


事の顛末はこうだ。俺は日本人の中でもカオス・アメイジング冊子コレクターとして名高い。公式のイベントがあれば迷わず行くし、新弾が出れば迷わず冊子だけはコンプするほどだ。

そんな中、今年「カオス・アメイジング」20周年を迎えたアメイジング・フォレスト社は一大イベントを行おうとしていた。


トレカの華である対戦大会だけでも例年の数倍の規模。それに伴い異例の賞金額。プレーヤー達は歓喜した。20周年のお祭りに我こそはと力を研ぎ澄ました。

しかし「カオス・アメイジング」はただのトレーディングカードではない。その事はアメイジング・フォレスト社こそが一番よく分かっていた。20年という歴史。全てのカードにある物語。それこそが「カオス・アメイジング」を「カオス・アメイジング」足るものだと自負していた。ゆえに作ろうとしたのだ。20年の歴史の集大成を。


しかし、ここで困ったことが起きた。無いのである。物語の一端が。

あくまでアメイジング・フォレスト社は会社である。過去の商品であるものがいつまでも在庫として残っているわけではなかった。しかも冊子は初回封入特典。とうの昔に全て在庫から消えていたのである。

データとして残っている物もある。印刷すればある程度はまかなえるだろう。しかしそれは「カオス・アメイジング」の歴史として正しいのか?せっかくの記念すべき場にそのような間に合わせの物でいいのか?とイベントの担当者たちは頭を悩ませていた。

そこに一人の担当者が口を開いた。「連絡を取りたいものがいる」と。


そうして連絡してきた担当者は俺のなじみのトレカショップのにいた元店員だった。

その話に俺の心は震えた。20年。20年間の俺の行動がアメイジング・フォレスト社に認められた気がしたのだ。

俺はその話に答えた。もちろん条件はいくつかあったが向こうも最大限の便宜を図ってくれた。

俺のコレクションは誰にも触れられないように一般公開すること。今回のイベントの立役者の一人として名前を連ねることができること。そして……


「きょーごくさーん、お届け物っす」


盛大なイベントは無事、大盛況の元に終わり、今日俺の手元に俺のコレクションが返ってくる手はずになっていた。

いつもお世話になっている宅配便の兄ちゃんが俺を玄関の外から呼んでいる。


「いまいきまーす」


いつも使ってる三文判を手に玄関に急ぐ。


「今日はいつにもまして多いっすね。中型段ボール5箱、小型段ボール1箱っすよ?」

「あぁ、今日のは買った商品とかじゃないからな」

「まぁ、うちは配った数で手取り増えるんで別にいいっすけど、あっ、ハンコ下さい」


兄ちゃんの手にする伝票にポンポンとハンコを押していく。


「荷物はここでいいっすか?」

「あぁ、あとはこっちでやるよ」

「じゃあ、ありあしたー」


バタンと扉がしまる。

段ボールを一つ一つ開封して俺のコレクションが無事か確かめる。

中型の段ボールに入った大量の冊子は丁寧に梱包されていて傷なども無いようだ。

大きなイベントだっただけにすべてそろって帰ってきたことに安堵する。

とりあえず無事にコレクションが返ってきたことにほっと胸をなでおろす。

ひとまずコレクションの入った段ボールを横によけ、残った一つの小さな段ボールに目を移す。

これには今回の報酬が入っている。すなわち……


「新カード作成権……」


確認する様につぶやいた一言に思わず笑みがこぼれる。

トレカを趣味とする人間なら一度は考えたことがあるだろう。

こんなカードがあったなら、あんな能力があれば、と。

公式からの報酬にまさか自分のデザインしたカードが実現する権利がもらえようとは。

興奮しながら少しだけ震える手で、ゆっくりと段ボールを開封していく。


「これか」


段ボールのふたを開け、プチプチの梱包材をどけ、中蓋にされていた段ボールをどけた先にそれは入っていた。

「カオス・アメイジング」のカード枠が書かれただけの白いカード。

なにも記されていないそれをゆっくりと手に取った瞬間。


それは突然真っ白な閃光を放った。


「な、なにが!」


何が起きているのか全く分からない。

白く、眩しい光の渦は俺の体を包み込むとすべてを白一色に塗り替えていった。

眩しくて目があけていられない。

音らしい音もなく光の奔流に巻き込まれた俺は、まるでそれが当たり前だと言わんばかりに光とともにこの世から消えた。

そうしてようやく光の暴乱がおさまった時、ゆっくりと目を開けた瞬間に目の前にいたのは自分の見知った女性であった。


「召喚に答えてくださいまして、誠にありがとうございます。さっそく契約いたしましょう」


カオス・アメイジングの人気女性キャラクターの一人【コントラクター・メアリー王女】だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る