たたりがみ

青沼亜門

プロローグ


若い女の声がした。

―――まつり。起きて・・・

言われて少女は、目をさます。でも視界の先は、ただ暗い。

饐えたにおいが、鼻を刺す。そうか、そういえばここが私の寝床だった。冷たい冷たい、土の中。虫と草の根と小石と泥。

―――どうやら、因果ときが来たみたい

まつりは、思い出す。声は、彼女の主の声だった。

―――あのね。もう、おまえを置いてはいられなくなった。このお社は、じき消される・・・

聞いてまつりは、不安になる。完全なる静謐と平穏。寒さ暑さのない夢心地。長い長い歳月、ともかくも主はそれを約束してくれたのに。彼女は思わず尋ねていた。

―――わたしたち、宿無しになっちゃうのですか?

主は、優しい声で否定する。

―――だいじょうぶ。おまえはちゃんと、いるべき場所に帰してあげる。そのための贄もあるし

贄・・・?

そのことばを聞いたとき、急に背筋が寒くなった。まつりは闇の中で、おのれの首をまさぐった。光はなく鏡がなくとも、彼女にはわかる。

爪がくいこみ、人の指がくっきり痣になっている、おのれの首のありさまを・・・

―――思い出させて、すまぬな。でも、おまえにも働いてほしいから・・・

主は、穏やかではあったが有無をいわせぬ口調だった。そうだ、わたしは主に従わなければ。

救ってくれた恩義もあるけれど、それ以上にまつりには主への畏怖があった。彼女にとって「わたしたち」は、ほんらい贄でしかない存在。

わたしが贄にならずに済んだのは、供物として捧げられていない「闖入者」だったからにすぎない。はじめて会ったとき、彼女はたしかにそういった・・・

―――それにわたしも、仮初だったとはいえわが宿をうしなう以上、わたし自身の敵ができた。なに、切り札はとってある

それは主の独り言。でも何となく怖いから、まつりは敢えて聞こうとしない。かまわず主は、彼女の「敵」の名を呼ばわっていた―――

―――待っていてね、末橋雄斗・・・


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