到底判り合えない彼らの為に

所謂「視点」を取り扱った秀作。

物語の記号が構成する「本来あるべき形」から一歩引いた視点から丹念に描いている姿にウムと唸る。

ダークファンタジーとチーレムの相克といった態をとり、主人公(これは物語の筋上の主人公たる「勇者」ではなく本作の主人公アレスを指す)が全きダークファンタジーの住人である所から陰鬱な色調で話が進行していく。彼の「視点」からはツンデレのテンプレート的な台詞まわしも「世間知らずなうわっ外れた言葉」として私たち読者に印象を残す。

この作品は、極々生真面目な作者の挑戦なのではないか、と私は受け取った。勿論、チートを旨とする異世界転生物への苦言は「お約束を判らない野暮」であることは疑いえない。その手の膨大な作品群が巧拙を別としてある種の爽快さを与えてくれていることもまた、実にその通りだ。だからこそ。単純な侮蔑とは異なる意味合いで作者は正面から『その手の膨大な作品群』へと立ち向かっている。読者は『巧拙を別としてある種の爽快さを与えてくれている』ことと引き換えに『人物及び世界観の造形が偏りや歪さを含んでいること』に目をつぶるか、そもそも気づかないことを望まれているからだ。それはつまり作中の転生勇者を取り巻く人物たちが記号に沿うこと、異世界は異世界であって異世界ではないことを意味している。作者は「いやいや、異世界とはこういうものではないだろう」とぼやくこと無しに、「勇者たちの違和感」をコツコツと描いていこうとする。その姿勢に私は強い好感を持った。

読者諸兄の中には「ただただイライラするばかりだ」というレビューも少なくない。だがきっと心配することはない。今のところイライラしているのは『お約束を愛する』正統な、つまり世間では馬鹿にされることもあるチートラノベ愛好者の皆様だろう。だけれども、きっとこの先には何等かの転換期が訪れて『ダークファンタジーを愛する』“オトナ”な読者が強大な力と未熟な精神を兼ね備えた勇者一行に、アレスと共に身もだえする展開が待ち受けているはずだ。そうでなければ凡そ公平ではないから。生真面目な作者はきっとそこまで書ききるだろう。待望の作。

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