第四章 暗い戦場

   1


「デルハーゲンのモリノ艦長が、エスハイネル士官というガズミクのスパイで、マツー将軍の鉄仮面へ帰還したとのことです」

 惑星デアトールのワープ通信基点復旧後、体制軍本部からの第一報を伝えるアルフレッド・ドロッター大佐は、申し訳なさそうな小声であった。

 報告を受けたフランツ・リライト・イワシュー准将とて、驚きはすれど、だからどうしたという感想しか持てないのである。

「我々も尋問されるのでしょうな。迷惑なことで」

 イワシューは気の利いた返答も思いつかず、ため息をついて見せた。援軍について何の知らせも無いことへの苛立ちからである。

 上層部も、この兵力で事態を収拾してくれるとは期待していまい。我々と同時に通常編成の艦隊を出航させてくれれば、一週間遅れでここへ到着する。我々も、エイメルス中将の艦隊を一週間延命させるだけと割り切れば、十分遂行可能な任務である。

 この現実を見ていないのか、上層部は援軍をまだ送り出していないばかりか、出す気すらない。我々の全滅を見届けてから、対策を練る気だろう。

 まあ、そう悲観したものでもない。惑星メッメドールのエメラルドグリーンの雲海に敵味方三〇隻以上落下したが、大半の艦隊は重力圏からの脱出に成功した。

 エメラルドグリーンは徐々に半球へと姿を変えている。敵の死角に入ったら、すぐにワープでオルフェウス上空へ出る。敵が陣形を立て直すまで一〇分とないだろう。こんな場所で二時間半もロスしたので、小細工する余裕も無くなった。

 エイメルス中将の艦隊はワープせず直進してもらうから、オルフェウス到着は四、五時間後か。ワープ時に必要な人員と乗員の健康を考えれば、止むを得ない。先行した特殊部隊の連中も、中間点を過ぎたところだろう。我々が先に着いてしまうのは運か不運か、作戦は予定通りには進まない。

「全艦、ワープアウト後に攻撃開始。不確定要素が多いが、作戦に変更はない。出来るだけ広く着陸スペースを確保しろ。リモートは使えないから、距離を取っていけ。以上だ」

 イワシューは麾下の艦隊への通信を切った後、しばらく声が出なかった。オルフェウスへ先行させた観測機からの映像が、ちょうど入ってきたのである。

 違うではないか! エイメルス中将から受け取った映像とは、まるで違うではないか。

「誘爆がまだ続いています。この一週間で、ライフシステムはほぼ停止したと考えられます」

 直径一万キロメートルといっても、中身は空洞。大気を留めておくほどの自然重力は無い。焦土なのは分かっていたし、上下水道や動力系の破損も覚悟していた。だが、この惨状は何としたことか?

 オルフェウスの生存者は、我々から奪った艦艇に乗った者たちだけだろう。エイメルスよろしく、艦内が大量の避難民で溢れかえっているなら、こちらにとっては好都合。いや、まともな救助活動が行われたとは思えない。むしろ、艦内は人員不足の可能性が高い。いやいや、結論を出すには情報が少なすぎる。

 すでに艦隊の三割はワープに入った。悩んだところで、作戦は変えられない。


   2


 不意にメインパネルの映像が切り替わった。モニカ・サーブルという長い黒髪の女性である。

 このタイミング。リスクを小さくするため、我々が中間に旗艦をワープさせることを知っているのか……。

「包囲網を破りましたね。そういうお考えなら、仕方ありません」

 映像がまた切り替わり、ルーブルの第四艦橋らしき場所が映し出された。個々の艦艇をコントロールするというより、艦隊を統括する部署である。まばらだが、四〇人ほどの人影が見える。カメラは他にもあるはずだが、全景を見せるのは意図があるのだろう。

 細身の少年が、カメラに駆け寄ってくる。元帥と自称するカール・ライスフィールドである。

 イワシューは、手元のコンソールに星図が映ったのでビクッとなった。ルーブルから、このローベルエツ星系のデータが送られてきたのだ。我々の艦隊とエイメルスの艦隊が黄色、逃れたばかりの敵艦隊の位置が赤で表示されている。

 そこに数十個の赤い点が現れ、エイメルスの黄色の点を包囲し始めた。メッメドールとオルフェウスに二分された我々の艦隊にも、赤い点が迫ってくる。

「提督。ワープアウト反応多数。メッメドールの艦隊と挟み撃ちにされます!」

「全艦、順次ワープせよ」

 話は途中だが、先へ進むしかない。イワシューは後手後手の指揮に敗北感を味わっていた。

 高速戦艦ユライシンの艦橋が、ざわめき出す。手動でワープを行うために、指示が飛び交っているのだ。

 高機動ジャイロを停止し、斥力リアクターの出力を五〇以下まで落とす。空間位相機関を起動させ、出力を三万まで上昇。航路計算確認。ワープ。

 ワープアウト。空間位相機関完全停止。斥力リアクター起動。出力最大へ。

 眼前に、灰色の球体が浮かんでいる。人工惑星オルフェウスだ。ワープは正常に行われたらしい。麾下の艦隊は、互いに距離を取ってワープアウトしたため、肉眼では一隻も確認できない。それが幸いした。危うく一網打尽にされるところであった。

「全艦、強行着陸! 第二艦隊はアルサック、第三艦隊はキモク、わが第一艦隊はメイポックを攻撃する」

 いずれも、大規模な宇宙港がある区画である。ルーブルほどの巨艦が隠れるとすれば、他には無い。宇宙港の中では、重力シールドも電磁シールドも使えない。無数の無人艦隊を操りながら、ルーブル本体をも動かす人員もいないだろう。まともな迎撃が出来るはずもない。

 それだけではない。我々はルーブル内部へも侵攻する。同じ銃を持っていても、初めて使う少年たちと訓練を積んだ兵士とでは、比べるべくもない。

 灰色の球体はみるみる大きくなり、視界を埋め尽くした。直径一万キロ。ここまで近づいても、地表の建造物は見えてこない。目指すメイポックは、ローベルエツから陰になっている。言いようによっては、今は夜だ。

「提督。先ほどの映像を解析してみました」

 と、ドロッターのコンソールから送られてきたのは、ライスフィールド少年の後ろの風景であった。あちこちから雑談が聞こえている。

 コンソールの上に腰掛けた金髪の少女が、「ユーノさん、七三番へ移動させて」という声に振り向き、「はい。すぐに」と答えた。声の主は後ろ姿で左半身しか映っていないが、かなりの長身だ。ショートカットにはなっているが、プラチナブロンド。私服では印象も違うが、ハーネイ少将に似ている。

「声紋も一致しました。やはり、生きていたのですね。突入部隊に生物兵器を携帯させましょう」

 ドロッターは自分に言い聞かせるように、うなずいた。エイメルス中将の艦隊も持って出たが散布する機会がなかったという、ハーネイ少将のDNAだけに反応する生物兵器。知略で戦うタイプの軍人は、あまり好まないものだ。

「降下ポイント設定。着陸します。重力、極めて微弱。人工重力は停止した模様」

「探索機からの報告、まだありません」

 オペレータたちの報告に、感情はこもっていなかった。この先の作戦を理解していないかのようだ。イワシューは不安に思いながら席を立った。

「ルーブルを発見した場所によっては、本艦で直接攻撃もあり得る。準備を怠るな」

「提督。トイレですか?」

 冗談ではなさそうに、年長の部下の質問があった。

「いや、ルーブルが奪回できない時は、自爆させる」

「エイメルス中将が、ここまでたどり着けるかどうか……」

 と、言いかけて、小太りの男はハッとなった。

「私とて、かつてはルーブルの提督府に身を置いた男だ。自爆装置は、ここでは私にしかセットできない。中将殿には、そもそも期待していないよ」

 首を横に振りながら、ドロッターは右脚と左脚を交互にさすった。

「こういう時は、君も足手まといだな。まあいい。代わりに指揮を任せるよ」


   3


 上空では幾度かの交戦があったようだが、このユライシンは暗闇で攻撃を免れている。デッドラインが近づく中、数百機の無人探索機が一時間五〇分をかけてルーブルを発見した。メイポック中心部から八〇キロ北西。宇宙港のあるプレートの下に潜り込んでいたのである。

 イワシューは久しぶりに艦載機のコックピットへ入ったが、操縦に対する不安は無かった。作戦全体を考えると、あまりにも些細なことだからだろう。

 発艦口が開くや、提督は四〇トンの機体を滑らせるように降下させた。ともに出撃する味方機はいない。友軍機は他の艦艇から数機ずつ集まってくる。特殊部隊の連中にはインバルガスを使えと言っておいて、自分はアスロックに乗っている。ここには他の機体が無いのだから仕方ないが、誰でもこちらの方が扱いやすい。

 艦載機には様々な形態があるが、人体を模した格闘機のコックピットはみな共通である。左手用、右手用ともにトリガー(縦バー)、スロットル(横バー)、ハーフキーボードを備えたユニットで、汎用性が実現されている。アスロックでは右手はトリガー、左手はスロットルがホームポジションだ。通常、機体の手足をマニュアルで動かすことはなく、アンバック式姿勢制御や、歩行、ジャンプ、掴む等の動作はワンタッチで指示できる。格闘戦をやらなければ、七〇時間程度の訓練で扱えるわけだ。

 高級士官学校以来の操縦も、一〇分程度で感覚が取り戻せる。

「提督。全機合流完了しました。さすがですね。操縦訓練でもトップの成績だったとうかがっております」

「お世辞はいい。ルーブル自体に死角は無い。プレートの陰に隠れながら近づくんだ」

 指示はしたものの、艦橋を渡り歩いた身では実感も湧かない。それより問題は、ここでは戦場の全体像が掴めないことだ。全体像もなにも周囲は暗黒に近く、一歩動くにもコックピットのモニタだけが頼りというありさまだ。大気がほとんど飛散してしまったにも関わらず、下層からジワジワ上ってくる黒煙が満天の星を残らず隠している。

 モニタの中に、青いルーブルの一部と複数の友軍機が捉えられた。すでに交戦中である。

「左舷前方、一二番カタパルトに着弾確認。侵入できます!」

 部下たちの行動には満足がいくが、弾幕に阻まれて進むことができない。こんな狭い場所では敵も主砲を撃てないが、手強さに変わりはない。

 降下から九〇分余り、目立った進展は無い。時間ばかりが過ぎていく。エイメルス中将の艦隊の到着にはまだ三〇分以上間がある。もっとも、生き残っていればの話だが……。

 ルーブルからの砲撃で宇宙港の壁が壊される。格闘機部隊が転進する。また壁が壊される。また転進する。と、数回続いた時である。

 上空から中型空母が急降下してきた。三〇〇メートル近い巨体を旋回させながら、このプレートまで降りてきたのだ。ルーブルとの間で何発かの応酬があったところをみると、味方らしい。最大戦速だとしても早い。

「イワシュー准将。こちらは、レキシコンのキャロ少佐。そちらの真上の空母からです。ボンとソーケツは今、一二番カタパルトからターゲットに侵入しました」

 突然の通信にも、イワシューは提督らしい思索をした。航行中の宇宙船を完動のまま奪ったとすれば、大した連中である。撃破するより数段難しい。声の主は、青年あるいは少年のようだ。

「よし、全機突入だ。キャロ少佐、援護してくれ」

「……了解しました」

 少しの間が、気にかかった。連中は、三人だけで事を成し遂げるつもりなのだ。コムザーク元帥から極秘の指令を受けているに違いない。ルーブルの爆破? いや、艦内にいくつ仕掛けたところで機能停止に追い込むのは無理だろう。かといって、自爆装置はパスワードを打ち込めば動くような単純な仕組みではない。目的が不明な以上、是が非でも三人だけで行動させるわけにはいかないのだ。

 空母の投光器が、深い青の塊を映し出した。分厚いガラスの奥にサファイアが敷き詰められたような質感である。青い塗装が施されているのではない。調合された化学シールドがそう見えるのだ。

 深緑色の空母の艦底部を見上げつつ、イワシューは一九メートルの機体を幅三〇メートルの隙間へ滑り込ませた。

 青い艦体から両舷に突出した艦載機離発着モジュール。一キロ先の中央部両舷にある大型艦載機用のモジュールまでは、この機体のまま直進出来る。外が無重力だから、この範囲も無重力である。ライスフィールド少年とハーネイ少将のいた第四艦橋が近いが、自爆装置はそこから二〇〇メートル上がった第一艦橋にある。

 思った通り、格納庫にはアスロック、アジュッサム、リゾールといった格闘機が無数に並んだまま、一機も動く気配が無い。銃声も聞こえない。まさに素人集団。艦内にまで自動防衛を効かせては、自分の首を絞めるという判断か。


   4


 防弾仕様のパイロットスーツでも穴が空くのだな。と、任官九年目にして初めて白兵戦を経験した提督は、ベテランに言わせれば素朴すぎる感想を持った。

 キャロの奪った空母に積んであった八〇機のアスロックと二〇機のアジュッサムが、部下たちの操縦によって、次々ルーブルへと侵入してきていた。中央部にて格闘機を降りた数十名が集合し、心強いと思った途端である。

 我々は、目視では概数も知れないほどの自動小銃に囲まれ、一斉射撃を食らった。仕様上、銃弾四五〇〇発の強度というが、一ヶ所に文字通り四五〇〇発を超えて命中するとは、設計者の想定外だろう。エアバックで銃弾の衝撃そのものを無力化しているはずだが、今は無力だ。

 我ながら、運動神経と逃げ足の早さは天下一品。イワシューは合計でも数百発を受けたのみで、敵の死角へ転がり入った。〇・八Gの人工重力も運動に適している。だが、同じように逃れたのは数名だけらしい。フロアに転がった白いパイロットスーツからは、どれも血がしみ出して広がっている。出血という量ではない。

 クリーヴランド条約を無視して、捕虜を処刑する冷酷な敵なのだ。数百人、いや、もっといたかもしれない少年たちの顔が見たいものである。怒りの表情であろうか。ならば理解できる。突然、自分たちが人間ではなく実験で作られた「物」に過ぎないと言われ、仲間の大半を抹殺されたのだ。

 銃声が止んだ。と同時に、数人の少年が上のフロアから降ってきた。バタバタバタバタ、と、その上にさらに何十人も重なり落ちた。

「BRガスを使用しました。中和剤が効くまでヘルメットを取らないように。こちら、レキシコンのボン大尉です」

 太いが若い男の声がした。ヘルメット内部のスピーカーからだ。

「慎重にやってもらわないと困ります。提督は動かないでください。我々が第一艦橋までの通路を確保しますから、部隊を再編しておいてください」

「分かった」だけの返答にしようと思ったが、イワシューは「従うよ」と付け加えることにした。この特殊部隊は有能だ。単なるコムザーク元帥の腰巾着ではなさそうである。

 背中に背負ったバーニアを吹かせて、パイロットが飛んできた。こんな重力下で飛べるとは、大した腕前だ。

「提督。ご無事で。キャロ少佐です。ドロッター大佐が、空母を予備旗艦にするといって、ビエルコ少佐の指揮下に置きました」

 近づいてくると、彼が小柄であることが分かった。ヘルメットの両眼部分にはスコープが取り付けられており、顔はよく見えない。

「通路は確保した。ボン、キャロは手筈通りに」

 初めて聞くソーケツ少佐の声は、やや低いが明らかに少女のものだった。ヘルメットのスピーカーでは実際と違うだろうが、経験から間違いない。

「提督、一五分いただけますか? それまでに第一艦橋を制圧しておきます」

 と、言い終わるまでに、小柄の彼はバーニアを吹かせて奥へと飛び去った。

 イワシューは、死体をまたぎながらフロアの中央へ出ると、上部デッキに折り重なる少年たちを確認した。

 それを待っていたかのように、重い足取りで隅から歩いてくる兵士がいた。別の隅には、座り込んだままの者もいる。これでは、生き残りを再編したところで、使い物になりそうもない。

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