五、刀身に宿る答え
コキュートスはひたすらに剣を振るい、斧で
俊敏なたっちの動きに翻弄される。
間合いを詰められたと思えば距離を取られ、リーチの長い武器を振るおうとすれば眼前に現れる。
コキュートスは鎧を装備出来ない。
現状では盾も装備しておらず、守備力という面ではやや心許ないところがある。
その分、圧倒的に攻撃力は強化されている。
一方のたっちは劣化している。
攻撃を命中させれば確実にダメージを与えられる。
「ほらよっ!」
踏み込んだたっちめがけて、建御雷が斬撃を放つ。
迅雷のごとく剣風が吹き荒れ、軌跡を紫の雷光が
大太刀『建御雷八式』。
まがい物の創造主が振るうそれに、コキュートスの心は揺れた。
――ナザリックを手に入れたときは六式だったんだよな。一式から順番に改良を重ねてきたわけだ。
――コノ八式コソガ、武人建御雷様ノ到達点ダト。
――あー……それがなあ……。
ぽりぽりと頭を掻いて、建御雷は続けた。
――ほんとはもっと手を加えたかったんだ。これ以上ないっていう最強の刀になったら、零とか極とか無とか名前に入れようと思っていた。
――デハ何故、ソウサレナカッタノデスカ?
問いかけてから。
問いかけたことを、後悔した。
答えはすぐには返らない。
建御雷はしげしげと刀身を見下ろし、
それから小さく、笑った。
コキュートスには分からなかった。
それが建御雷の虚無を映し出すものだとは。
仲間たちにも明かさなかった、彼の悲願。
叶うことのなかったオリジナルの。
それは建御雷の胸のうち深くに沈められ、
代わりに彼は、何事もないようにあっけらかんと言う。
――理由、ねえ。特に理由はないんだろうな。
その、答えは。
はっきりした理屈を告げられるよりも、重くコキュートスにのしかかった。
そうしなければならないわけでもなく、
そうするのが嫌になったわけでもなく、
忘れ去られてしまったのかと。
このナザリックもシモベたちも、
建御雷が愛し収拾したアイテムも、
手塩にかけて生み出した武器も、NPCさえも、
離れるのに何の理由もいらない程度のものだったかと。
――いつでも戻れると思ってたんだろうな。
――……ハ?
――その気になればいつでも戻れるし、モモンガさんは待っててくれるだろうし。まあ、しばらく別のゲームでもやって、また新鮮な気分でやれるようになったらやりゃあいいや、とかその程度の軽いノリだったんだろ。
それは、優しい嘘だった。
コキュートスが落ち込んでいたから。
とっさに思い付いて口にしただけの。
本当のことなど、告げられるはずがない。
告げればきっと、コキュートスは建御雷の悲願を叶えようとするだろう。
否、叶いようがなくとも――せめて。
せめてあの男との一対一の戦闘を捧げるだろう。
万難を排してでも。
建御雷は、それをよしとしなかった。
コキュートスは、創造主が胸に秘めた熱情を知らない。
ただその嘘を、愚直なまでに信じた。
建御雷は確かに戻って来るつもりだったのだと。
もう二度と戻らぬつもりなら、八式で留めるのではなく、零式だか極式だか無式だかいう名を冠するものを仕上げていったはずだと。
……ならばなおのこと、
ここにいるまがい物の至高たちを、排除すべきではないのか。
本物の至高の御方々が、いつかお戻りになるときのために。
ナザリックは機能しておくべきであり、夢に堕ちるべきではないと。
「甘いですね」
落ち着き払った声は涼しげでさえある。
たっちはさらりと身を屈め、最小限の動きでかわす。
返す刀で建御雷を狙う。
「クッ!」
コキュートスは攻撃を
これを避けた場合、受けた場合、いずれにしても追撃可能なように残る二本の腕が構え、一本の腕は念のためにどのような事態にあってもとっさに対処出来るように――出来ればいいというだけで自信があるわけではないが、ともかくも攻撃モーションには入らないでおく。
たっちは斧を――その側面を蹴り抜いた。
予想外の反撃に、コキュートスの体勢が崩れる。
「させるかよっ!」
「そう来ると思っていました!」
慌ててコキュートスが体勢を整えたときには、打ち合いは次の局面へ移っている。
建御雷の剣が弾かれ、たっちの一撃がその身を
「建御雷様ッ!」
「この程度で騒ぐなって。もっと余裕もって楽しめよ」
にやりと笑い、建御雷はカウンターの一撃を放つ。
が、たっちの離脱の方が早い。
むしろ加勢せんとしていたコキュートスにその一撃が入りかける始末で、しかし建御雷は分かっていたらしく紙一重で止めて、
「どうよ、肝が冷えたか?」
などと言って
コキュートスは眩しげに建御雷を見つめる。二つの目で。
残る目はほとんど本能的に戦闘行動のために働く。
敵味方の動きを見、立ち位置を確認し、周囲の状況を把握する。
敵味方。
いまだコキュートスの中で、敵はたっちであり、味方は建御雷だ。
そう在ることに警鐘を鳴らす己の一部があることを知っていながら。
(武人建御雷様ハ、ナント楽シゲニ闘ワレルノダロウ)
共に並び立ち、強敵とまみえる。
それはコキュートスが胸の内で、決して叶うはずのない夢として押し殺してきたものではなかったか。
だが。
たっちの後方、
魔法によりウルベルトと対抗するその御方の姿に、コキュートスの陶酔はひび割れる。
(……アインズ様)
パンドラズ・アクターは言っていた。
アインズ様はナザリックが夢に閉ざされることを望んでおられる、と。
そのことをたっち・みー様には知られたくないのだと。
本当に、そうなのだろうか。
繰り出される強力な魔法の数々は、本気でウルベルトを討ち果たそうとているように、コキュートスの目には映った。
「コキュートスをからかってどうするんです。戸惑っているじゃないですか」
たっちが呆れたように言えば、建御雷は笑みの余韻が残る声で、
「だってよお、こいつ肩の力入りすぎてんだもんな。せっかくのゲームなんだから、コキュートスにもたっぷり充実した遊びを
「……時々、あなたの神経を疑うことがあります」
「おっ、まじか? 俺も時々たっちさんの神経が心配になるな。なんかこう、真面目に張り詰めすぎてぶちっといかないかと」
「余計なお世話です」
「お互い様だ」
軽口を言い合いながらも、
コキュートスも我に返って参戦する。
ぶつかり合う武器と武器、戦闘が織りなすリズムに呑み込まれ、コキュートスは思考を
考えるのは後にしようとか、そんな意識的な判断をやっている余裕もない。
武人としての本能に、突き動かされるのみ。
至高の御方々は弱体化している。
レベル100のステータスをそのままもつコキュートスの方が、全体的な数値としては勝っているはずだった。
ギルド最強たるたっち・みーには届かずとも、
少なくとも総合力において、武人建御雷よりは。
なのに。
「ぼさっとするな、コキュートス!」
「! ハッ!」
ぼんやりしていたわけではない。
なのに、後手に回ってしまった。
鬼神のごとき打ち合いに、割り込む隙を見つけられなくて。
とっさに繰り出した一撃は、計算している暇もなかっただけに、生まれながらのセンスと闘争本能が絡み合って、かえってたっちの読みを外して腹を
たっちが苦鳴を押し殺して、それでもカウンターの一撃をコキュートスに叩き込んでいく。
連撃に持ち込まれるところを、横合いからの建御雷の援護と、デミウルゴスの遠方からの支援で切り抜ける。
(ナントイウ強サダ……!)
かつてアインズは、精神支配されたシャルティアを倒した。
驚くべき
そのときアインズはどこか照れたように言ったのだ。
経験の差だ、と。
経験。
コキュートスなりに、自らをより高めるべく
だがこの世界においては、実戦経験を積み上げる機会がほとんどない。
侵入者どもを倒していた、あの頃。
ナザリックが転移する前であったなら、もっと強者と闘う機会もあったはずだ。
もっともっと強くなるために努力出来たはずだ。
いったいかつての己は何をしていたのかと、歯がゆい。
だがその頃とて、至高の御方々は御自身から打って出て侵入者を撃退することが多かった。
ここまでの相手と剣を交わしたことなど、数えるほどしかない。
(イヤ……弱体化シテモナオ、御方々ホドノ強者ハ……)
武器を構え、目をこらし、付け入る隙をさぐり、隙が無ければつくるための算段を練る。
この時間がいつまでも続けばいいと思った。
いつまでも、どこまでも。
ひたすらに、剣を合わせ続ける。
御方々の軽口を聞きながら、
その妙技に見惚れつつも、
自らもその神域に近付きたくて。
もっと高みへ。
もっと、もっと。
「コキュートス!」
デミウルゴスの
それ以上の指示はなくとも、伝えたいことはすぐに分かった。
永劫に続けられるはずもない。
限界はすぐそこまで迫っている。
「私ガ前ニ出マス!」
叫び、建御雷を
創造主は困ったような笑いをもらし、
「おっと、気付かれてたか」
彼のHPはもう、かなり削られてしまっている。
素振りには毛ほども感じさせないが。
守らなくては。
(……ソレデイイノカ)
アインズの真意は分からない。
こうすることが、アインズの願いでもあるのかもしれない。
しかし今一つ、確信が持てないのだ。
それに、
たとえそれが実現するにせよしないにせよ、コキュートスはいつでも迎え入れられるよう、ナザリックが
だが。
コキュートスは太刀を構える。
刃渡り百八十センチを越える大太刀。
コキュートスが所持する二十一の武器の中でも、鋭利さではトップを誇る武器。
銘は、『
『建御雷八式』に並ぶ武人建御雷の愛刀。
創造主の手ずからコキュートスへと
握りしめ、コキュートスは確信する。
(私ハ……コノ御方ヲ守リタイノダ)
ただそれだけの、単純な答え。
ナザリックの命運も、
創造主かまがい物かという問題も、
どちらに味方するのかという決断も、
アインズを裏切っているのか否かという命題も、
関係がない。
この御方が目の前で殺されるのを、
みすみす見殺しにすることなど出来ないというだけのこと。
その意義も意味も、結果も責任も置き去りにして。
全身全霊でもって、守りたいのだ。
「オオオオオオッ!」
答えは刀身に
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