ナイトメア・カーニバル

ツナサラダ

序章 夢のまえに

一、孤独な追憶

From:モモンガ

To:Group[ギルメン]


 新しいデータクリスタルを入手しました。こんな入手条件だったなんて驚きです! 詳細は秘密ですよーインしてくれた人にはもれなくお伝えします(とか言いつつ、ほんとは確認しないといけないことが二、三あるんで確実なことが分かったらメールでお知らせするんですけどね)。しかしこれ、あまのまひとつさんにおすすめかも。ぜひお得意の加工技術で! とりあえずかき集められるだけ集めておきますね。ただひとりでやると結構時間かかるかも……誰か手伝ってくれる人いたら連絡ください! ご都合には出来るだけ俺の方で合わせますよ。





From:やまいこ

To:モモンガ


 ごめんね、モモンガさん! ほんとに今日こそログインしようって思ってたんだけど、仕事がへんにこじれててさ……。

 なんかどんどん無賃業務増えてるんだよね。表向きはボランティアってことになってるんだけど、ほんとのとこ強制ですよ。見回り業務災害支援課外活動エトセトラエトセトラ。時給五十円割ってるのは間違いない。

 というわけで、ぶん殴って発散したいストレスがたまりにたまってます。あっ、ぶん殴るってモモンガさんじゃなくてモンスターね、念のため! きっとたぶん近いうちに、ユグドラシルでモモンガさんに会えるの楽しみにしてます。ああああ時間がほしい!





From:エンシエント・ワン

To:モモンガ


 おひさっす、モモンガさん!

 いやー、最近『マナクラフト2』にはまっててさ。なんと建やんもプレイしてんの! けっこう『ユグドラシル』やってた奴らがいるみたいです。俺たちいま八人でクランやってんだけど、よかったらモモンガさんも入らない? 初心者でもしっかり支えますよ! 最初の九人、ってのも縁起がいいでしょう。ナインズ・オウン・ゴール万歳! っていっても、今回はみんなで自殺行為とかやってないけどな。PKは『ユグドラシル』ほどじゃないけど結構あります。やられる前にやれ! もしプレイしてみるかってことになったら、よければ連絡ください。





From:モモンガ

To:Group[ギルメン]


 昨日はちょっとばかりひやひやしました!

 ナザリックに侵入者ですよ! 今回は六人チームが二つ、十二人でした! いやあ、さすがに怖かったです。でも皆さんがつくってくれたギミックやNPCや、それとちょこっとアイテム使いまして、どうにか撃退出来ました! やっぱり私たちのナザリックは最強ですね。





From:るし★ふぁー

To:モモンガ


 前略。小生、このところの無沙汰を顧みるところ大なれば貴君の寂寥いかばかりならんと案じ、ひそかにインし宝物殿に足を踏み入れし候。手土産なしには酒酌み交わすもかなわずと、ささやかな贈り物を用意すべく彼の大型掲示板発祥の万能隠密改造機にてとあるアイテムに驚嘆すべき発展を与えんと欲すれども、あにはからんや彼の機械存分に働くことあたわず、奇っ怪なる動作を繰り返し候。小生は万難を排して貴君への贈り物を完成せしめんとあれこれ機械の具合を試し、この一念岩をも通せとばかりに苦心惨憺した挙げ句、いかなる仕儀にや不穏の結末をもたらし、これはもういかにしても貴君の前に顔を出すべからずと羞恥のあまり退散せし候。小生が貴君に申し上ぐるべき事柄をひとえにまとむることは難しいながら、煎じ詰めるにそれはつまるところひっきょう要するに、



 イベント特典アイテム、魔改造でぶっ壊しましたサーセンwwwwwwwwwww











「すいませんで済むかああああぁぁああぁぁ……っ!」


 アインズはとっさに執務机に突っ伏し、押し殺しきれなかった魂の叫びをか細い声で漏らす。

 長く尾を引く叫びも、精神沈静化作用によってかき消され、何事もなかったようにアインズは上体を起こす。


「どっ、どうされました、アインズ様! い、いったい何が!?」


 泡を食ったように駆け寄ってきたのは、きりっとした顔で傍についていた一般メイド(本日のアインズ様当番)である。

 動揺のままにあっちこっち見回して、おそるおそるファイティングポーズを取ったりしているが、レベル1メイドのへっぴり腰スタイルでは威嚇いかくにもならない。


 天井からわらわらと蜘蛛型の忍者のごときモンスターたちが降ってくる。アインズと一般メイドを取り囲むその者らの姿は、通常ならば目に映らない。不可視化した彼らエイトエッジ・アサシンだが、アインズのパッシブスキルにかかれば存在は一目瞭然である。


 護衛たる蟲のシモベたちが、未知の敵を警戒して陣形を組み上げるのを横目に、不死者の王アインズは咳払いをして言い訳考案の時間を稼ぐ。骸骨の身体に咳払いなど不要とは分かっていても、人間だった頃の残滓ざんしがとっさにその振る舞いを引き起こしてしまうのだ。


「あー、何でもないぞ。心配させてすまなかった。いやなに、気になる報告があってな。少しばかり頭の痛くなる事態があったというだけだ」

「な、なんと……!」「アインズ様に痛みを与えるなど……!」「いったいどこの不埒者が?」「我々にも何か出来ることがございましたら!」「復讐のお手伝いを!」


 メイドはあまりのことに茫然自失し、エイトエッジ・アサシンたちは色めき立って騒ぎ出す。思ったより大事になりそうな予感に、アインズは慌てた。

 これが守護者たちの耳にまで届いたりしたら、どんな暴走を巻き起こすか分かったものではない。


「い、いや、復讐もなにも元凶はこの世界にいるかどうかも不明だ」

「いるかどうかも不明だということならば、あらかじめ時限式の罠をナザリックに仕掛けていたと?」「ま、まさか! ナザリックの警備態勢をかいくぐってそんな芸当が!?」「本来このナザリックが在ったという場所からの遠隔攻撃では?」「かつてナザリックに攻め入った憎き者どもの残党か!」「奴らが再び御身を狙っていると?」「敵襲、敵襲! 応援要請を急げ!」


「敵襲ではない! るし★ふぁーさんのいたずらだ」


 辺りは水を打ったように静まりかえった。


 やいのやいのと脚を振り上げたり振り回したりと興奮していたエイトエッジ・アサシンたちが、完全に動きを止め口を閉ざしアインズを凝視している。


 メイドのファイティングポーズはたぶんセバスの見よう見まねに移ろうとしたところで、ぎこちなく硬直していた。おどおどとした目が、上目遣いにアインズをうかがっている。 


(あれ? もしかして言っちゃいけなかった?)


 ナザリックのシモベたちは、ギルド『アインズ・ウール・ゴウン』のメンバー四十一人を至高の存在と呼び、崇め奉り忠義を捧げている。仲間同士の不仲についてや悪口のたぐいは間違っても彼らの前で口に出せない。とはいえそもそもアインズは仲間を特別に大切に想っているものだから、頼まれたって悪意ある言明はしないだろうが。


 メイドはくるりとアインズに向き直り、跪く。いつもならばスムーズなその動きが妙にぎくしゃくしている。長いためらいの果てに、断崖絶壁から飛び降りる人間のごとき思い切りと自暴自棄をもって、絞り出すように問う。


「アインズ様。そ、それはつまり……るし★ふぁー様がナザリックに攻め込まれるかもしれない、と?」

「なぜそうなる……」


 虚しく呟いた言葉は、しかしシモベたちを勇気づけたようだ。

 メイドはやや声を弾ませて、


「で、では、るし★ふぁー様とアインズ様が敵対されているわけではないのですね?」

「……ああ。そんなことはあり得ない。私がいたずらだと言ったのは、正しくその通りの意味だ。あのひとは周囲をからかうのが好きだったからな。まあ……一種の友情というか、親愛の表現として、ときどき困ったことをしでかす」

「おお、親愛の……!」


 メイドが両手を握り合わせ、感極まったように叫び、

 それから不思議そうに首を傾げ、くるりと向き直ってエイトエッジ・アサシンたちとひそひそやり始める。


「親愛の表現でなんでアインズ様が痛みを?」「謎です」「実はアインズ様はMなのでは」「まさか……!」「だ、だがその場合我々は求められたならば応えねば……」「落ち着け、それほど重大な任はやはりNPCの方々の誰かが……」「えっ、私? 私なの?」「名案です!」「あなたのレベルならばアインズ様を傷つけることなく、M的楽しみをご提供出来るやも……」


「待て待て待て、勝手にM認定するな! 私にそんな趣味はない」


 メイドが思い詰めた顔でエイトエッジ・アサシンより短刀を受け取ろうとしているのを見て、アインズは必死で止める。

 メイドはホッとした顔をして、しかし気のせいだろうかちょっぴり残念そうな目でちらっとアインズを見て、短刀をエイトエッジ・アサシンに返している。


 ……気のせいだろう。

 気のせいということにしておこう。


「まあ、いたずらが判明したとはいえ、るし★ふぁーさんがこの世界に来ているという証明にはならない。ぬか喜びはしないようにな」


「はい!」「はっ!」「承知いたしました!」


 それからメイドははっとしたような顔をしてアインズに近付くと、「ところでアインズ様、お加減は?」と心配そうに尋ねてくる。


「問題ない。お前たちがそれほどまでに私の身を案じてくれたのだ。気分もよくなるというものだろう」


 メイドは両腕で己が身をかき抱いて感極まったように震え、

 エイトエッジ・アサシンたちは感涙にむせび、わけの分からない歓喜の声をもらしたりしている。


 ひとまず嵐を乗り切ったことにアインズは安堵した。


 この世界にゲームのなかの拠点とシモベたちと共に転移して、はじめのうちはシモベたちの反乱を恐れて支配者を演じていた。彼らの望む支配者を、その理想を体現することで、自らの安全を確保しようとした。


 骸骨の身体、身のうちに宿した紅玉ワールド・アイテム、黒を基調とし金の縁取りをもつ麗々しいローブ。死の支配者然とした外見は、体感型ゲームDMMO―RPG『ユグドラシル』において、人間・鈴木悟が設定したとおりのアバターである。いまやこれが己の真の姿と慣れてしまった。その圧倒的な力、多彩な魔法、精神が昂ぶると自動的に引き起こされる沈静化にも。元の世界に戻ることがあれば、ひどく戸惑うことになるだろうが――そもそも、戻りたいとは思わない。


 思えない。


 あんな歪んだ世界に。あんな壊れたリアルに。醜く腐った現実に。

 孤独なだけの、生きているというだけの、あの日々に。

 戻ったところで、何を得られるというのか。


 それに。


 いまではもうアインズは、NPCたちを慈しみ愛してしまっている。

 ほかのギルドメンバー四十人がいないいま、彼までもナザリックを捨ててしまったなら、彼らの存在意義はどうなるのか。シモベとして、主に忠義を捧げることを至上の喜びとする彼らに――空っぽの、守るものも仕えるべき相手もいない墳墓を、まるで彼ら自身の心の墓とせよと言わんばかりに残していくことなど出来るはずもない。


 アインズは再び報告書を手に取る。

 しかしすぐには頭に入ってこない。


 ギルメンたちのことを思い出すとき、楽しい記憶をさすらっていたはずが、いつの間にかぼっち回想に突入していることがままある。自分ではうまく思い出をコントロール出来なくなるのだ。


(……あんまりメールばかりするのもうざがられるかなって怖くなって、途中で定期報告やめちゃったんだよなあ)


 おかげでヘロヘロに「ナザリックがまだ残っているなんて思ってもいませんでした」発言をされてしまったわけでもあるが。


(やっぱりあのとき、ヘロヘロさんを引き留めておけば……あんなブラック企業で勤め続けるより、俺とこっちに来た方がずっと……)


 それとも、彼は帰りたがっただろうか。

 この世界に来ていたならば。あの汚物の掃きだめのような世界に、なんとかして戻ろうとしただろうか。

 シモベたちを捨てて。ナザリックを捨てて。

 アインズを……モモンガを捨ててでも。


 それは十分にあり得ることに思えた。

 だって彼は、……彼を含む四十人は、結果として。

 ゲームよりも現実リアルを取ったのだから。


 こんなに仲間たちのことばかり思い出してしまうのは、いま手にしている報告書のせいである。

 パンドラズ・アクターの調査結果から、アインズはもしやと思っていた希望が叶わないことを知った。


 イベント報酬で得たアイテム『ナイトメア・カーニバル』。

 もしやあれが奇妙にねじれて、使えるようになってはいないかと――仲間たちをリアルの世界からこちらへと、召喚する鍵になってはいないかと。


 そんな儚い夢想を抱いたことを、笑ってしまいそうになる。


 壊れたアイテムは壊れたまま。

 使用不可だと、分かったのだから。


 ……少なくとも、アインズはそう報告を受けていた。

 彼は疑ってもいなかったし、予測もしていなかった。


 あのアイテムがただのガラクタに成り下がったわけではなく、

 悪夢のパレードがもうすぐ始まろうとしていることなど。

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