【GAME OVER】

 人生最高の瞬間の後には、人生最悪の冬休みが待っていた。



 ハイスコアネームの入力をすませたぼくは、周囲のみんなにお礼を言ってから、補導の先生の元に自ら出向いた。

 騒ぎを大きくしてしまったことを謝罪するも、当然それだけで済むわけはない。

 まずは駅前の交番で生徒手帳を確認され、次いで、連絡を受けて駆け付けた担任の先生に『南』の生徒指導室へ連行された。

 これまでのことはすべて正直に話したけれど、納得してもらえたとは言い難い。

 特に、同じゲームセンターに半年以上も通い続けていながら、まともに話した相手も、名前を知ってる人すら誰もいないという証言は、頭から嘘だと決めつけられた。

 そんなこと言われたって、ぼくは本当に<MOR>も、<TET>も、<SPC>さんも、ハイスコアネームしか知らない。

『北』の三人組は未だに顔とハイスコアネームが一致しないし、<BNG>に至っては最後まで正体不明のままだ。

 その程度の間柄であったにも関わらず、どうして自分たちが補導される危険を冒してまでぼくを守ってくれたのか。

 そんなにもみんな、ベーマガにゲーム・パラダイスの記録を掲載して欲しかったのか。

 それとも、他になにか理由があったのか。

 ぼくにはわからない。

 どんなに繰り返し詰問されたところで、本当にわからない。


 二時間後、車で急行した両親と共に、冬休み中の謹慎処分、そして他の生徒を動揺させないよう今回の件は一切口外しないことを言い渡された。

 両親は、その場で土下座を始めかねない勢いで先生たちに謝罪し、休み中はぼくを家から出さないこと、そして友人知人含め誰とも決して連絡させないことを誓った。

 駐車場で、ぼくは数年ぶりに父から引っ叩かれた。

 母は自宅に到着するまでの間、車の助手席でずっと泣いていた。

 クリスマスも、お正月も、祖父母の家に泊まりに行く約束も、冬休みの予定はすべてキャンセル。

 両親は先生たちとの約束を完璧に守り、電話から来訪から年賀状に至るまで、ぼくと他者との連絡を一切遮断した。


 三が日が終わると学校から電話があり、寮に入るよう勧められた。

 形としては提案でも、強制であることは明白。

 ぼくは勉強道具と生活必需品以外なにも持たされず、翌日には住み慣れた部屋から寮の一室へ移り住んだ。


 新学期が始まると、周囲のぼくを見る目が変わっていた。

 どんなに隠そうとしても、あれだけの大騒ぎを無かったことにはできない。

 まして、クリスマスパーティーをすっぽかし、その後は誰とも連絡が取れず、挙げ句にあれだけ嫌がっていた寮にいつの間にか引っ越しているとなれば、ぼくがなにか「やらかした」と判断されるのは当たり前だった。

 しかもぼくは、ゲーム・パラダイスに関するすべての発言を禁じられていた。

 自分のやったこと、やっていないことを、クラスメイトへ説明することもできなかった。

 噂は、事実とかけ離れた方向へ形を変えながら、『南』の隅々まで流布して行った。


 ゲーム・パラダイスのみんなが本当にハイスコア申請をしたとすれば、結果がわかるのは二月発売号である可能性が高い。

 ぼくの出した【ノースポール】のスコアがどうなったのか、それはやっぱり気になった。

 しかし、寮でも学校でもそれ以外でも監視の目が付くようになったぼくに、ベーマガの新刊を確認する術はなかった。

 協力を頼めるのは、すべての事情を知り、それでいてぼくに同情的……むしろ姉への敬意が増した感のある弟だけ。

 弟はぼくの頼みを快く受け入れ、地元の本屋か、そこに無ければ駅前に出かけてでも調べておくと約束してくれた。


 その結果を、弟はデパートの公衆電話から、なんとも微妙な声で報告して来た。

『永久パターン発覚によりハイスコア集計打ち切り』

「チャレンジ!ハイスコア!」のページには、小さくそんな説明が載っていたらしい。


 永久パターン。

 特定の操作を繰り返すことにより、ゲームが終わらなくなってしまう現象だ。

 例えば、自機がやられる前に、必ず一機増やせるようになるとか。

 タイムオーバーが無効化され、いつまでも同じ場所で安全にプレイできるようになるとか。

 そんなプレイ方法が発覚すると、誰でも半永久的に点数が稼げるようになるため、ハイスコア集計が無意味になってしまう。

 だから、永久パターンが発覚したゲームはハイスコア集計が打ち切られる。


【ノースポール】には永久パターンが存在したらしい。

 どのキャラで、どんな操作をすれば永久パターンになるのかはわからない。

 わかったところで、それを実際に試すことも、ぼくのハイスコアが紙面に掲載されることも、もう無い。


 入寮してから半年以上が経過して、ようやくチャンスが巡って来た。

 お盆休みに実家へ戻る時、バスが来るまでのほんの十分間だけ、一人きりになることができた。

 バスに乗り遅れれば親にも学校にもすぐバレて、これまで以上に厳しい監視下に置かれる。

 それでもぼくは、迷わず裏通りへ向かった。

 ビデオゲームを遊ぶつもりは無かった。

 だけどもう一度だけ、お姉さんや常連のみんなに会いたかった。

 会ってあの時の……そして、これまでのお礼を言いたかった。

 車が二台ギリギリすれ違える程度の細い道、両脇に民家やアパートや飲み屋さんが立ち並ぶ人気の少ない通りを、早足で進む。

 はやる心を抑えながら、本屋さんの斜め向かいにあるゲームセンターを、目指す――。


 両隣を雑居ビルに挟まれた、通りに埋もれたような印象の二階建ての店舗は、一階の入り口にシャッターが下ろされていた。

 壁にビス留めされた営業時間のプレートも取り外されていた。

 二階にあった、なまめかしく横たわるバニーガールのネオンまで無くなっていた。



 ゲーム・パラダイスは、閉店していた。

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