端書き
カボチャのランタン
晩秋。
満月の綺麗な頃。
ススキがさわさわと涼やかな風に吹かれる頃。
澄んだ声で鳴く虫達が風鈴の代わりに働いてくれる頃。
遠い西の国で。
妖怪達が暴れ出す。
いや。
その国の言葉で言うならば、モンスターと言うべきだろう。
そのモンスターのうちの一つが。
海を越えてやってきた。
それはカボチャのランタン。
明るく夜道を照らす死者のための灯り。
見た目が可愛らしくてもモンスターはモンスター。
凶暴であるからして───御注意を。
◇◇◇
「trick or treat !」
「何ですか先輩。その無駄に流暢な英語は」
「無駄とは酷いわねえ」
ふわりと二つにくくっている黒髪を浮かせて、結姫梨香は振り向いたカボ。可愛いカボ。でもちょっとだけ紅く輝く左目が怖いカボ。
「こんなランタンまで持ってきて……。先輩はこの部室をどうしたいんですか……」
「さあ?」
ふふふ、と笑う結姫はやっぱり可愛いカボ!
『カボ?』
「もうすぐハロウィンだからいいのよ」
机の上に置かれているボクを、結姫は抱き上げてくれたカボ。ボクはうりうりと結姫に擦り寄ってみたカボ!
「くすぐったいわ」
小声で笑ってくれる結姫。結姫、大好きカボ!
「でもまあ、まだちょっと早いかしら? しまって置いて、今日は作品の読み合わせでもしましょう」
「さっきからテーブルのそのカボチャの横にある紙に目が行ってたんですけど……なんすかその束。誰すかそんな分量書いてくる馬鹿」
「私じゃないわよー」
「分かってますよ! どうせあの幽霊部員でしょう! 副部長の癖にサボるあの!!」
カ、カボ?
ちょっと、え、カボ?
結姫が蛍野と会話をしながらも戸棚を開けて、ボクをしまおうとするカボ。
『結姫~! カボ~!』
コトンと音を立てて、戸は閉じられたカボ。非情な結姫を恨むカボ。
ボクは怒りながら体を反転させたカボ。ボクの後ろには紅い一つ目がいたカボ。
『カ──ボ─── !?』
「あれ? なんか今、どこからか叫び声が聞こえた気が」
「そう?」
人の世は怖いカボ。
なんなのだコレは、なのだカボ。
『お前、人の顔を見て悲鳴を上げるとはいい度胸だな』
『……だれカボ?』
『烏之瑪だ。結姫梨香と縁あるものだ』
烏之瑪カボ? 結姫の知り合いなら悪い人ではないカボね。ボクはほっとしたカボ。
『早速で悪いのだが、これを書いてもらえないだろうか』
『カボ?』
暗がりで見えないカボ。仕方ないから、明かりをつけるカボ。明かり明かり……むむ、明かりになるのが見つからないカボ。そうか、暗いからカボね。仕方ない明かりを……自分が光ればいいカボ!
『か~ぼ~~!』
ぽわっと、ボクの身体が光るカボ。いや、正しくはボクの身体の中カボ? ま、どこでもいいカボ! 光ったから!
明かりを頼りに烏之瑪を見てみるカボ。烏之瑪は幅も高さもあまりないこの戸棚で、窮屈そうな表情で詰まっていたカボ。……プッ。
『おい、今笑っただろう』
『気にしないほうがいいカボ。気にしたら世界が終わっちゃうカボ』
『いいや、絶対笑った』
むすっとした声で烏之瑪は言ったカボ。まあ、ボクは寛大な心の持ち主なので気にしないカボ。
『なんか今、むっとしてもいいような事を思われた気がするが』
『気のせいカボ』
ボクはコトコトと身体を揺らして言ったカボ。段差から落ちたカボ。
『カボ?』
下を見れば緑色の、いや、翡翠色の冊子があったカボ。これは一体なんだカボ?
烏之瑪もそれに気づいたようで、くちばしを開いたカボ。
『忘れるところであった。それの空いている箇所に日記を書いてくれ。それは妖達用の日記でな。順番に書いていってもらっている』
『面白そうカボ~。早速書かせて欲しいカボ!』
しかし書くスペースがないカボ。どうしようカボ。……作るカボ?
でもどうやって作るカボ。烏之瑪は動けそうにないカボ。それにボクには腕がないカボ。……生やすカボ?
『か~ぼ~~!』
踏ん張ってみたら、体の側面から手がにょき! っと生えたカボ。やってみれば何とかなるものカボね。
『いやいやいや』
烏之瑪が何か言いたげな瞳をしているけれど、気にしないカボ。
『よいしょ、カボ』
冊子を壁に立てかけるようにして置いてみたカボ。ページを捲ってみるカボ。色々と、書いてあったカボ。読めないのが多いカボ。文字がわからないカボ。
『ちなみにお前は何を書く?』
夢中で捲っていると、烏之瑪が首を傾げたカボ。
『ボクは生まれたてだからなカボ。やっぱり、結姫がボクを拾ってくれたことカボねえ』
ボクは思い出してみるカボ。結姫と会った時のことをカボ。
それはほんの数時間前カボ。ボクはたくさんの仲間のいる中で、一人目覚めたカボ。
そこには陶器でできたつやつやの仲間たちが無感動で並んでいたカボ。次々と人間の手で減っていったカボ。ボクは後ろのほうでそれを眺めていたカボ。
いよいよボクの番が来るぞ、って思って未来に心を浮かせていると、ボクの前のヤツを持っていこうとした人間が、不審な動きをしたカボ。
「あら? 付喪神?」
これがボクと結姫の出会いカボ。
『薄っぺらい出会いだな』
『うるさいカボ』
生まれて数時間なのだから仕方ないカボ。
まあ、でも。結局はこんなことしか書けないからちょっと悔しいカボ。
『無いなら作ればよいのだ。別にその日記はすぐに書けとは言わぬ。早く書いてくれれば嬉しいが……。そうだな、二週間後までに書いて欲しい。そうすれば、その期間に何か楽しいことがあるだろうからな』
『そういうものカボ?』
『そういうものだ』
なら、ちょっと探してみるカボ。楽しいこと。でも、見つけられるか、不安カボ。
「なんか棚がガタガタ五月蝿くないですか……?」
「気のせいじゃないかしら」
そして、結構早くに、烏之瑪が言っていた楽しいことはやって来たカボ。
◇◇◇
「trick and treat !!」
「先輩! お菓子といたずらを両方ねだるなんてずるいですよ!」
丸二日以上、戸棚の中でうとうととしながら待ち続けていたら、いきなり結姫の声が聞こえたカボ。びっくりしたカボ。
「片方より両方のほうが楽しいわ」
「却下です」
「ふふふ」
笑いながら結姫は、ボクを戸棚から出してくれたカボ。やったー、一昨日ぶりの自然光カボ。自家製の明かりって結構疲れるカボよ。
「さ、これで飾りつけお仕舞いね。蛍野君、お菓子を出して、出して」
「ほんと、食い意地がはっているんですから……」
蛍野とかいう人間が何かをガサガサ鳴らしているカボ。気になっていると、結姫がボクを机の真ん中に置いたカボ。わあ、お花とかロウソクとかがいっぱいあって、かわいいカボ!
蛍野という人間はお皿に何かをザーっと開けたカボ。甘い匂いがするカボ。
色とりどりの、こ、これは……。お菓子だカボおおおおおお!
食べたいカボ、食べたいカボ!
意思が通じたのか、結姫が一つ、口に入れてくれたカボ。
「あ、先輩! 何でランタンの口に入れちゃうんですか!?」
甘いカボ! すごくおいしいカボ! 幸せカボ!
お菓子の甘さにうっとりしていると、慌てて蛍野が僕と結姫を引き離したカボ。結姫~、結姫~、カボ~。
「いいじゃない、食べたそうにしてたんですもの」
「……分かってますよ、先輩は美人のくせに校内一の変人だって事。もう僕は何も言いませんので、ええもう、好きにしちゃってください……」
それから逆さにされて振られるカボ。目、目が回るカボ~。やめほしいカボ~。ひぇ~。
「あれ? 確かに先輩がお菓子を入れたのを見たはずなのに……?」
手を口の中に入れられてまさぐられるカボ。くすぐったいカ~ボ~!
「どこかに落ちちゃったのかしら?」
「もったいないですよ。男子高校生の少ないおこずかいで買ってきたお菓子なんですから大切に食べてください」
「あら、ごめんなさい」
結姫がくすくすと笑ったカボ。あんまり反省はしてないカボな。目に見えて分かるカボよ。
「全く……。後で遊んだ分は先輩が片付けてくださいよ」
「ふふふ」
結姫が僕を魔の手から救ってくれたカボ! 救世主カボー!
とか思ってたら、お菓子の包みをまた一つ剥がしたカボ。もう一つくれるカボ? やったカボ!
「ちょっと聞いています!?」
「聞いてるわ。ちゃんと片付けるから」
「ならいいんですけど……」
あああああ! ほっぺが落ちるカボ! あ、ほっぺが落ちたら皮が削げるカボね!
「それにしても美味しいわ、この“カボチャのマシュマロ”」
結姫が一つ口に放り込んで言った言葉は驚愕の事実だったカボ! な、なんだって!? と、いうことは……
『ひいいいい!? 共食いカボ!?』
「ん……? 何か耳の調子が悪いのかな……悲鳴が聞こえた気がするんですけど……」
「おらそうなの? 」
「うーん……まぁでもそれは置いときます。このマシュマロ、カボチャの形だけですけど。味は普通じゃないですか」
「見た目は大事よ?」
脱力カボ。怖いカボ。結姫怖いカボ。
でも、楽しいカボ。すごくすごく楽しいカボ。結姫の事書いてー、お菓子の事書いてー、後は何書こうカボ?
日記はこの一日だけで十分書けるカボ。烏之瑪、二週間もいらなかったカボ。
あっ、でも文字分からないカボ。う、烏之瑪に教えてもらえるカボ……?
◇◇◇
おいしいお菓子。
かわいい結姫。
おもしろい蛍野。
こわい烏之瑪。
生まれたばかりだけれどもすごく楽しい一日だったカボ!
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