第27話 妖狐と襲撃。

 正直な話、都子にどう接していいのか俺はわからなくなっている。

 総司が怪我をした原因に都子は全く関係ない。ただ――。


「『物の怪』か……」


 俺には『物の怪』という存在がどういうものなのか、イマイチ分かっていない。

 都子も『物の怪』の一種であるようだが、俺には美少女にしか見えていなかった。

 でも、実際に友達が傷ついたとき、良く分からない存在に恐怖を覚えたし、行き場の無い怒りも覚えた。


「それを都子にぶつけるのも、八つ当たりだとはわかってるんだよな、実際」


 病院からの帰り道。思わずカッとなって暴言を吐いた自覚もある。

 こんなウジウジしているのは本当に俺らしくない。それに、気まずくて無視するような今の状況が、恥ずかしいという気持ちもある。

 思わず漏れ出たため息が茜色に染まり始めた空に溶けて消える。



 ――さっさと帰ろう。今日から数日は両親がいないから飯を作らなきゃいけない。都子に頼むのも虫が良すぎるし。

 そう思い、家への道を急ごうとする。

 その時、ちょっとした違和感を感じた。


 周りの温度が下がったような。そして、自分に纏わりつく空気に粘着性を感じる不気味な感覚。

 以前もどこかで感じたような感覚に足が止まり掛けた時。


「祐っ! 避けて!」


 後ろから聞こえた鋭い警告を伝える声。

 その声の迫力に突き動かされるように反射的に身体が反応する。

 バックステップの要領で飛び退いた俺が目にしたのは、一瞬前まで俺がいた場所に出来たクレーターと、そこに存在した真っ黒いモヤ。


「――っ! 『物の怪』!」


 どこが目なのかはモヤでわからないが、恐らく獲物を見るような目でこちらを見ているんだろうと、身体に纏わり付く粘着質な空気で察することが出来た。

 というか、俺はそんなことを察することができる様な人間じゃなかったと思うんだけど……。


 くだらないことに思考を割いたことが悪かったのだろう。『物の怪』から目を離したわけではなかった。

 なかったのだが、気が付いたときには俺に向かって飛び掛ってきていた。


 俺に飛び掛ってくる『物の怪』がスローモーションで見える錯覚。

 身体が異常に重く感じ、避けられないことを悟る。


 ――あぁ、ここで死ぬのかな? つい最近もこんなことを考えた気がする。

 そういえば、さっき聞こえた声は凄く聞き覚えがあったもののような……。

 都子にゴメンって謝れなかったな。八つ当たりなんて情けないマネをして、これが最後か。

 死への恐怖と諦めから目をギュッと瞑る。


 その時、身体の横を風が吹きぬけた。その風と風が運んだ香り。なんだか無性に懐かしい……太陽のような、陽だまりのような、そんな香り。

 

「はぁぁぁぁっ!」


 すぐ側で聞こえた咆哮に硬く瞑っていた目を思わず開く。

 長く艶やかな黒髪がふわりと狐を描き、すらりと伸びた足が真っ黒いモヤを蹴飛ばす。


「……祐、大丈夫?」

「あ、あぁ……」

「ちょっと待っててね」


 俺にチラッと視線を送り、すぐに蹴り飛ばした『物の怪』へと視線を向け構える。

 都子を中心に風が吹いたと思うと艶やかな黒髪は光を伴い、輝く白色へ。髪色が変わると同時にポニーテールが解け、長い髪が風になびく。

 それと同時にピョコピョコと動くキツネ耳とキツネ尻尾が顕現し、茶色っぽい瞳も燃える様な真紅へと変化する。

 真紅の瞳が『物の怪』を射抜くように爛々と輝いていた。

 そのゾッとするくらい美しい横顔に息を飲む。


 いつの間に取り出したのか都子の手には短刀が握られている。

 ピリピリとする空気の中、先に動いたのは都子だった。


 目で追うのがやっとなくらいの鋭く速い斬撃と合間に繰り出す蹴りを、『物の怪』はスルスルといなしかわしている。

 都子が焦っているように感じていたが、すぐにその答えに辿り着く。


 『物の怪』は俺を狙っていて、都子は『物の怪』を俺に近づかせないように立ち回っているのだろう。

 その証拠に、ジリジリと『物の怪』は俺の方へ近づいてきて都子はそれを推し返そうとしている。


 俺は完璧に足手まといのお荷物な存在だ……。

 そんな俺を都子は守ろうとしてくれる。暴言を吐いて、さっきまで無視していた自分を。

 心が折れそうなほどの無力感を抱えながら都子と『物の怪』の攻防を眺めていた。



「はぁ……はぁはぁ。――っ!」


 体感的には数時間、実際は数分の攻防の中で明らかに都子が押されている。

 それはそうだ。俺を守りながら戦っているのだから、都子本人が有利なポジション、間合いを取れないでいるのだ。


「くぅっ……!」


 最初は都子の攻撃を避ける一方だった『物の怪』だったが、都子の隙を付いて攻撃に転じるようになっていた。

 その攻撃を都子はギリギリでかわしているようにも見えるが、ところどころ服が破れたり白い綺麗な肌に赤い傷が付いているので避けきれなくなっているんだろう。


 都子と『物の怪』の戦闘に巻き込まれないように距離をとろうと数歩下がった。その行動が完璧に悪手だった。

 都子の斬撃をかわした勢いで塀へ着地し、高さを利用して『物の怪』は俺に直接攻撃を仕掛けてきた。


「うわっ!?」


 さっきまでの戦闘を見ていたからか『物の怪』の体当たりは横に飛び退いてかわすことに成功した。が、まさかモヤを触手みたいに伸ばしてくるとは流石に予想できなかった。


「祐ーっ!」


 ――あれは避けられない。と思った時、俺と『物の怪』の間に素早く割り込む都子。

 短刀で触手のようなモヤを弾こうとしたその時、真っ直ぐ伸びてきていたモヤは波打ち軌道を変える。


「え? ――うっ!」


 軌道を変え短刀を避けたモヤは都子の右の太ももを貫き、『物の怪』本体に戻っていく。

 貫かれた太ももから鮮やかな赤い血が流れソックスを濡らしていた都子は、体勢を崩さないように踏ん張るのが精一杯の様子で短刀を握り直す。


「み、都子っ……大丈夫か?」

「うんっ……いっ……大丈夫、だよ」


 大丈夫じゃない事は一目瞭然なのに、そんなくだらないことを聞く俺。

 そんな俺の問い掛けに律儀に言葉を返してくれる都子。

 本当に、俺はなんなんだろう。そう思わずにはいられない。


 俺が場違いなことを思っている間に、都子はフーっと息を吐き短刀を構える。

 一瞬呼吸を止め『物の怪』に向け飛び出したその速度は、片足を負傷しているとは思えないほど鋭いものだ。

 だが、そんな都子に対して『物の怪』は触手のようなモヤで応戦しだし、都子は一定以上『物の怪』に近づけなくなった。


 それでも『物の怪』の攻撃をいなし続けた都子であったが、触手なようなモヤに短刀を弾かれ姿勢を崩された瞬間。

 もう一本、新たに出現した触手のようなモヤが鞭のようにしなりながら都子を襲った。


 短刀を弾かれ体勢を崩された都子は、その攻撃を腹部に思いっきりくらいブロック塀へと叩きつけられる。


「かはっ……!」


 重く鈍い衝撃音と都子が発したであろう悲鳴とも息の音ともとれる音が鼓膜に届く。


「都子ーっ!」


 都子が叩きつけられた時に発生した隙を『物の怪』が逃すはずもなく、俺の叫び声が虚しく響く中で二本のモヤが鞭のように都子を攻撃する。

 数発の攻撃の後、大振りの一撃が俺の数歩手前に都子を弾き飛ばした。


「――都子!」


 うつ伏せに倒れる都子へ近づこうとするが、足が地面に縫い付けられたかのように動けない。

 すらりと伸びる足や腕には無数の赤い筋が残り、半開きの唇からは血がこぼれているのが傍目から見てもわかる。


 どうにか都子に近づこうとしたとき、薄っすらと都子を光が包み、すぐにその光は強烈なフラッシュとなった。

 思わず瞑った目を開くと都子が倒れ伏せていた場所には、都子が身につけていた服などとその中で倒れている白いキツネがいるのみであった。

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