第8話 妖狐と幼馴染。

 お昼前にウチに遊びに来た冬花。

 今は、昼飯――本日の昼飯はロコモコとスープだった――を食べ終わった後である。ちなみに都子作で大変美味であった。


「ふー。朝も思ったけど、都子は料理上手いよなぁ……」


 食後のお茶を飲みながら都子に感想を言う。感想と言うのもおこがましいレベルだけど。

 それにしても、朝の和食に続き洋食も素晴らしい腕前だった。


「うぅ……。山城さん、料理が上手いのねっ……」


 隣に座っている冬花がなにやら難しい顔をして唸っている。


「あはっ、上手いって言われるとやっぱり嬉しいね!」


 俺の正面に座っている都子が二パッと笑う。まぁ、褒められるのって嬉しいもんな。


「くぅ……綺麗で可愛くて料理も上手いなんて……」

「冬花、さっきから何をブツブツ言ってるんだ?」

「っ! 祐くんは料理出来る女の子……どう思うの?」


 声を掛けると、ハッとこちらを見る冬花。段々と声が弱々しくなって聞き取り辛かった。


「ん? そりゃ料理は男女問わず出来た方が良いんじゃないかな?」


 美味しい飯を食べられるかどうかって、結構重要なことだと思うしね。

 

「そ、そうだよね……私も料理、頑張ろうかな?」

「冬花はお菓子作るの上手いし、すぐに出来るようになるんじゃないか?」

「そっ、そうだよね! うんうん!」


 なんだかわからなかったけど、急にテンションが高くなった。


「え? 志和さんってお菓子作れるの!? 私はお菓子作ったことないんだよねー」

「う、うん。今日も一応作ってきたんだけど……」


 どうも冬花は都子を警戒している雰囲気がある。キツネ耳とか出てないから普通の美少女にしか見えないんだけどなぁ……。


「お菓子、食べたーい!」


 都子は大きな赤茶っぽい瞳をキラキラと輝かせて冬花におねだりしていた。眩しい笑顔を直視した冬花はたじろいていたが、ソファーに置いていた荷物へと向かった。


「おっ菓子ーおっ菓子ー」


 都子はキツネ尻尾が出ていれば、それはもう盛大にブンブンっと振っているであろうくらい上機嫌。謎の歌を口ずさんでいた。

 その姿が凄く微笑ましい。


「冬花のお菓子は美味しいから期待出来るよ」


 だから、ついついそんなことを言ってしまう。


「もー、祐くん。そんなにハードル上げないでよ……」


 少し頬を膨らませながら冬花がタッパーを持って帰ってきた。

 都子の視線は冬花の持つタッパーに釘付けである。 


「今日はチーズケーキとドーナッツ作ってみたんだけど……」


 そう言いながら、タッパーを開ける。


「わぁ……!」

「おぉー」


 形の整ったチーズケーキとドーナッツ。

 チーズケーキの爽やかな酸味とドーナッツの甘い香りが鼻をくすぐる。


「ねぇねぇ! これ食べても良いの!?」

「う、うん……」


 都子はテーブルに身を乗り出し、向かいに座る冬花にグッと顔を近づける。

 都子のあまりの剣幕に冬花はタジタジの様だ。


「わーい! 洋菓子って初めて食べるよ!」

「あっ、ちょ、ちょっと待って!」


 目にも留まらぬ速さでケーキに手を伸ばす都子。

 ……妖狐は人間よりも身体能力が優れているんだろう。きっとそうだ。

 食い気により発揮されているものではないと思いたい。


「待ってって……言ってるでしょ!」


 スッと、タッパーを動かす冬花。

 圧倒的なスピードでケーキに迫る都子の手から、タッパーの中身を守った冬花は常人のはず。


「えー! 何でよー」


 都子は頬を膨らませて冬花に抗議する。


「ホール丸ごと食べようとしないでよ! ちゃんと切り分けないと祐くんの分まで無くなるかもしれないじゃない」

「むぅ……」

「という訳で台所借りるね?」

「はいはい」


 人外染みた――片方は妖狐でもう片方は普通の人間による、一瞬のお菓子争奪劇になんだかドッと疲れた。


「むぅー……お茶を入れておくよ」


 都子も不毛な争いだと思ったようで、しぶしぶといった様子で飲み物の準備をするようだ。


「あー、洋菓子だから紅茶にしようか?」

「祐に言われなくてもそのつもりだよー」


 洋菓子は食べたことがないらしいけど、紅茶は入れられるのか……。



「んーっ! 美味しいっ!」


 レアチーズケーキを食べた都子は満面の笑みで喜んでいる。

 そんな都子を苦笑いで見ていた冬花が俺に視線を向ける。


「……祐くんはどう?」


 冬花のクリクリとした茶色の瞳での上目遣いは破壊力満点だ。


「ん、相変わらず美味しいよ」

「そっかぁ、良かった!」


 花の咲いたような笑顔が眩しくて、つい目を逸らしてしまった。

 逸らした先では都子が二切れ目のケーキに手を伸ばしていた。

 

「山城さん、ちょっと食べすぎじゃない?」

「だって美味しいんだもん!」

「祐くんの分もちゃんと残しておいてよね……」

「大丈夫、大丈夫!」

「ホントかなぁ……」


 喋りながらも次の一切れに手を伸ばす都子に冬花がジト目を向けている。


「じゃあ、俺はドーナッツをもらおっかな――うん、美味しい」


 しっとりしていてほんのり甘い。

 都子の入れてくれた紅茶に良く合う。

 

「都子もチーズケーキばっかじゃなくて、ドーナッツも食べたら? 美味しいよ」

「うん! これがドーナッツかぁ」


 フォークを置いてドーナッツを手に取り、俺の方を向く。

 ドーナッツの穴から俺を覗くのはベタ過ぎると思う。大変、可愛いです。


「祐くん……?」


 視線を冬花に向けると、ほのかに頬を赤く染めドーナッツの穴からこちらを覗いていた……。

 何故か知らないけど都子に対抗しているようだ。

 俺は咳払いを一つして紅茶を飲むのであった。だって、見つめられると気恥ずかしいし。



「ご馳走さまでしたー!」

「ご馳走さま」


 都子の作ってくれた昼飯と、冬花が作ってきてくれたお菓子を堪能してお腹がパンパンだ。


「レアチーズケーキもドーナッツも本当に美味しかったっ!」

「山城さんの作ったお昼ご飯も凄く美味しかったよ?」


 冬花は自分の作ったお菓子を都子に屈託なく、真正面から褒められて照れくさかったみたいで、頬を染めて都子から視線を逸らしている。

 満面の笑みでお菓子を褒める都子と、照れながら身をよじる冬花。

 馴染としてほぼ毎日顔を合わせていたので、普段はあまり意識していなかったけど冬花も間違いなく美少女だと思う。


 フワッとした少し癖毛で亜麻色のセミボブ。クリクリとした茶色の瞳、スッと通った鼻筋に小さく薄い健康的な桃色の唇。その上、面倒見も凄く良い。

 たまに、冬花と付き合っているのか聞かれる事もある。幼馴染がそういう目で見られることはちょっと複雑な気持ちになる。


「ふぅ……。なんか気が抜けちゃったよ」

「んー? どうかしたの、志和さん?」

「ううん。それより、『志和さん』じゃなくて『冬花』で良いよ」

「うん、わかった! 私も『都子』で!」


 俺が別のことを考えているうちに、なにやら少し打ち解けている二人。


「でもね、都子ちゃん? 祐くんのベッドに潜り込むのはダメだよ?」

「えぇー! 良いじゃん、別に!」

 

 確かにベッドに潜り込まれるのは、朝の男子事情的も遠慮してもらいたい。けど……暖かく柔らかで良い匂いがしたんだよなぁ。


「祐くん? なんか変なこと考えてない?」


 怖いです、冬花さん。

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