017

「幽体離脱の件に戻るけれど、驚かないで聞いて。移植された心臓の持ち主は、超能力者だったの。そして彼の能力は幽体離脱ジャックアウト、あなたは心臓を通じて、彼の超能力を受け継いだというわけ」

「えぇ! そんな、まさかそんなことがあるなんてっ」

「彼はシークレットサービスとして、ある事件を追っていた。しかし捜査の途中で、不幸にも命を落としてしまった」

「そう、だったんですか……」

「彼も無念だったでしょう。だけどわたしは友人として、彼の最期の遺志をムダにしたくない。だからお願い、あなたの協力が必要なの。あなたがその幽体離脱で協力してくれれば、この事件をすぐに解決することができる」

「いや、むしろこっちからお願いしたいくらいで……ぜひ協力させてください」

 よくよく考えてみれば、おれたちに必要なのは幽体離脱の件だけであって、嗜好の変化云々は無関係だったのではないかと思ったが、こうしてヘスターの手練手管を見るかぎり、タイニーの心を開かせるためには必要なプロセスだったのだろう。

「でも、あたし幽体離脱なんて、自分の意思で使えませんけど」

「それは今後の訓練次第でどうにでもなるわ。とはいえ、あまり時間的な余裕はないのだけれど」

「あたし、がんばります。それがドナーになってくれた方への、せめてもの恩返しになるなら――」

 みずからを弱いと断じたタイニー。彼女の浮かべる強い決意に満ちあふれた笑み――その顔が粉々に破裂して、血と脳漿をぶちまけた。

 2発目に飛来した弾丸が、つんざく銃声とともに彼女の心臓の鼓動をトドメとばかりにかき消す。

「狙撃っ!?」おれはとっさにヘスターのカラダを押し倒して、床に伏せた。3発目は病室の壁に当たっただけ。

 チクショウシット! どこのどいつだ。こんなふざけた真似をしやがるヤツは。

 壁を透かして射線の方角を見るが、狙撃ポイントが離れすぎているのか、おれの疑似透視アナザーマン・アイでは狙撃手を確認できない。メアリーと同レベルの透視能力が使えていれば、話は別だったかもしれないが――とはいえ、そもそもこの最上階に位置する病室を狙えるような建物自体が、周辺に見当たらない。

「大丈夫っ?」リンダとウィンストニアが病室へ入ってこようとするが、さらなる狙撃に阻まれて、入口から頭を覗かせることすらできない。

「おれとヘスターにケガはないが――タイニーが殺られたッ」

「そんな、どうして」

「1発目も2発目も、彼女の急所を正確に撃ち抜いていた。敵の狙いは彼女だ」

 タイニーが殺されなければならない理由なんて、そんなものがあるとすれば、ひとつしか思いつかない。おれたちが頼もうとしていたことを妨害するためだ。すなわち、ウィリー・ヒューズの記憶を読み取らせないため。

 しかしそれが事実なら、敵はこちらの置かれた状況も目的も、すべて把握できているということだ。そうでなければ、タイニーを始末しなければならない必要性が、理解されるはずもない。

 情報がもれていたってことか? いったいどこから――まさか、シークレットサービスに内通者が――。

「フォーマイルだ!」ウィンストニアが突然叫んだ。「フォーマイルの操縦するヘリから狙撃してる!」

「なんでアンタにそんなことわかっ――まさか透視能力テレスクリーンまで持ってるわけ!?」

 ウィンストニアの言葉通り、だいぶ離れた上空にアパッチ攻撃ヘリが滞空しているのがわかった。……おいおい、正気か? ここはノーフォークだぞ? ノーフォーク海軍基地には、アメリカ統合戦力軍、アメリカ艦隊総軍、アメリカ海兵隊総軍、統合戦力軍特殊作戦軍団、北大西洋条約機構変革連合軍司令部が集まっている。そんなテロリストも真っ青な場所で、なんてなめた真似を。

 いいや、今はそんなことより、はるかに驚愕すべきことがある。この距離を? 不安定な足場から? いったいどんな狙撃の腕をしてやがる。おれの目には、搭乗している人間の姿まではハッキリわからない。どうやらウィンストニアは、相当強力な透視能力テレスクリーンを有しているらしい。

「説明はあとだモンターグ。確認するが、貴様の能力では遠くすぎる対象を発火させることはできないのか?」

「えっと、単に遠いからじゃなくて、チャント見えないくらい遠いのはダメ。アタシの能力も透視と同じで視力に依存するから。焦点フォーカスがぼやけるっていうか」

「なるほど。なら、試してみる価値はあるか――よし、モンターグ。服を脱げ」

「――はぁア!? いきなり何言い出すのっ」

「説明している時間はない。いいから早く脱げ。わたしも脱ぐ」

「もうっ、何なのよまったく――」

「下はいい。上だけで。胸をはだけろ」

「こ、こう?」

「その状態で私の胸に抱き着け。できるだけ肌を密着させろ。額と額もつけて。そうだ。あとは目を閉じて、私の心臓の鼓動を聞け。私の呼吸に合わせるんだ。吸って、吐いて、吸って、吐いて――」

「……何これ。すごい。見える」

「いけそうか?」

「うん。これなら――」

 ふたりはいったい何をしているんだ? 廊下を透視してみても、ふたりが半裸で抱き合っているようにしか見えない。キスしてないのが不思議なくらいだ。

 次の瞬間、激しい爆発音がした。振り向くと、炎上したヘリが墜落していくところだった。

「よし、やった! ――痛ぅ、目が」

「大丈夫かリンダ。ムリをするな」

「どうしよう。せっかくの手がかりを殺しちゃった……」

「しかたない。完全に後手後手だったからな」

 着衣の乱れを直したふたりが、何事もなかったように病室へ入ってくる。

「今のは何をやってたんだ?」

「精神感応の応用だ。私の透視による視界を、リンダと共有した」

「そんで、アタシが発火能力でヘリの燃料に火を点けたってわけ」

 そんなことができるのか。それが本当だとしたら、まさに無敵だ。どこに隠れていても、彼女たちの目からは逃れられない。神罰のごとき一撃――。

「ところでウィンストニア、さっきアタシのことリンダって」

「……そう呼べといったのは貴様だろう」

「アハハ、照れちゃって。かわいいなァもう――」

「よくも相棒をやってくれたな」そう言って、おれの肩に手を置くのは誰だ?

 振り返るとそこには、ガリヴァー・フォーマイルが立っていた。

 突然のことで頭が真っ白になる。なんで無事で――いや、いったいいつの間に? どうやって?

「――瞬間移動能力者ジョウンター! クソ!」ウィンストニアがホルスターからピストルを抜く。銃口をフォーマイルにではなく、おれへと向けて。

「ダメッ!」おれをかばって、あいだに割って入るリンダ。

「邪魔をするな!」ウィンストニアは瞬時にしゃがんで、リンダの股のあいだからおれを撃とうとしたが――。

「アディオス、お嬢ちゃんたちリトル・ウィメン。次は寝台ラックの上でお相手願いたいな」

 フォーマイルはおれごと病室から瞬間移動ジョウントした。


「ウィンストニア――アンタ、なんでケイスを撃とうとしたのっ!?」

 ウィンストニアではなく、ヘスターが答える。「彼女は捜査官ではなくて、情報部員だからよ。クラリス」

「どういう意味?」

「ウィリー・ヒューズを逮捕することが彼女の目的じゃないの。だから敵に奪われるくらいなら、殺してでも口封じするほうを選ぶ。ねえ、そうでしょう?」

 ウィンストニアは無言を貫く。この件について語るつもりはないらしい。そしてそのまま病室を立ち去ろうとする。

「チョット、どこへ行くの?」

「……断片的にだが、フォーマイルの思考を読み取れた。潜伏先はノーフォーク郊外の空き家だ」

「それだけ? いくつあると思ってるの。アンタはイギリス人だからよく知らないだろうけど、数年前にサブプライムローンが崩壊したせいで、アメリカがどれだけ空き家だらけになったと――」

「だが、手がかりはこれだけだ。とにかく捜すしかない」

「――ああ、もう。わかったわよ。アタシも一緒に行く。ケイスは絶対殺させないからね。アタシが死んでも止めるから」

「そこは、私を殺してでも止めると言うべきだな」

「よけいなお世話。シークレットサービスは守るのが仕事なの。アンタみたいな女王陛下の殺し屋とは違う」

「殺し屋、か……確かにな。否定はしない。私もウィリー・ヒューズも、同じ穴のムジナだ」

「ノーフォーク市警にも応援を要請しよう。できればバージニア州警察にも。ていうか、一応ホリガン局長に状況を報告しとかないと」

 時間も惜しいので、手短に報告したリンダだったが、「ハイ? ……いや、チョット待ってください局長! それはいくらなんでも――あっ」

 リンダは携帯電話を乱暴に床にたたきつける。

「何かあったのクラリス?」

「……ケイスのことはノーフォーク市警とウィンストニアにまかせて、アタシはワシントンに戻って来いって」

「? それはまたどうして?」

「こんな状況で、副大統領の警備を手薄にするわけにはいかないから、戦力的にどうしてもアタシが必要だとか何とか……あー、ムカつく」

「手薄にするわけにはいかないっていうのは、何だか妙な言い回しね。まるでこれから、ホワイトハウスの警備人数が減ってしまうみたいな」

「減っちゃうんだよ。海軍兵学校アナポリスで毎週金曜日、海兵隊新兵ブートキャンプの卒業式があるのは知ってる?」

「ああ、定期的に開催しているのは聞いたことがあったけれど、あれって毎週やっていたのね」

「そう。ようするに明日もあるんだけど、その卒業式に、大統領が出席するの。海兵隊OBのよしみで。スケジュールに余裕があるかぎりかならず」

「なるほど……」

「あー、あのバカ大統領め! こんなときくらい自重しろっての! ホントわけわかんない!」

「それで、どうするつもりリンダだ?」ウィンストニアのまっすぐな視線がリンダを射抜く。「上司の命令に従って、ワシントンへ戻るのか?」

「戻らな――いや、戻る。戻るよ。……アタシはシークレットサービスだから。アタシが命を張って守らなきゃアいけないのは仲間――じゃなくて、とにかく仕事を投げ出すわけにはいかないし」

「そうか……。なら、こちらはまかせろ」

「市警に話は通ってるから、すぐに何人かこっちへ到着するって」

「ありがたい話ではあるが、私は市警の連中とは別行動する。人手を分けたほうが効率的だし、私は単独で動くほうが慣れているからな」

「わかった。それと、絶対殺さないで。もしケイスを殺したら、許さないから」

「……善処する」

「頼んだよ。――そうだ、ヘスターはどうする? アタシとワシントンに――ていうか大丈夫? あんな場面、目の前で見ちゃったわけだけど」

 病室には未だタイニーの死体と血液が散乱している。臭いも相当なものだ。

「心配しなくても平気よ。今では精神科医といっても、研修時代には外科もやっているんだから。人間の死体にはそれなりに見慣れているわ」

「確かに貴様にはこの程度、日常の光景だろうな」突然ウィンストニアが苦虫をつぶしたように言う。

「ウィンストニア?」

「……いや、なんでもない。忘れてくれ」

「わたしのことは気にしないでクラリス。あなたたちは仕事に専念して。わたしはここに残って、タイニーのご家族のケアをしておくから」

「――そっか。そういうことも必要だよね。じゃあお願い」

 リンダが足早に病室をあとにする一方、ウィンストニアは引き返してヘスターに耳打ちする。

「……貴様は、いったい何を企んでいる?」

「あら、あなたならそんなこと、カンタンにわかるのではなくて?」

「それがわからないから訊いているんだ。貴様のアタマのなかは、たったひとつの思考で満たされていて、それ以外のことが何も読めない」

 精神感応に対抗するには、何も考えないようにしてもムダだ。無我の境地は達人級のサムライか、高位の仏教徒ブッディストでもないかぎり難しい。

 では、どうすべきか。知られたくないことではなく、ほかのことを考えていればいい。よっぽど嫌なことか、楽しいことを思い浮かべるのが一番だ。そうすれば人間の思考は一色に塗り潰され、ほかのことなど思いもよらなくなる。

 もっとも、それを完璧に行うのも並大抵のことではないが。

 ウィンストニアも、そのことだけならここまで困惑しなかっただろう。問題はヘスターの頭を満たしている思考だ。それを読み取ったせいで、ウィンストニアはうろたえてしまっている。

「なぜだ……こんなものは、むしろ隠すべきことのはずだろう。こんなものをさらしてまで、貴様はいったい何を隠そうとしているんだ」

「同じ女ならわかるはずよ」ヘスターは愉快そうに微笑んで、「女に秘密はつきものだって」

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