いきなりの異世界 いきなりの女体化

 それはいつもと同じ、はずだった。

 いつものように授業にでて。

 いつものように部活に参加して。

 いつものように帰り道が同じ先輩と一緒に帰る。


 その途中で、『それ』は起きた。


 昼まで降っていた雨のせいであちこちにできた水たまり。

 その一つを先輩と共に踏んだ瞬間、落とし穴に落ちたかのように俺と先輩は水たまりに吸い込まれたんだ。

 何が起こったか把握する前に意識が途切れ、ようやく目が覚めたと思ったら、有り得ない現実が俺に襲い掛かっていた。



 現状を把握する為には、一度冷静になる必要がある。

 だから俺は自分に言い聞かせるように言葉を紡いだ。

「落ち着け俺落ち着け俺落ち着け俺」

「……ふむ」

 隣から聞きなれない男の声が耳に入るが、それを無視して俺は膝と両掌が床と仲良し状態のままぶつぶつと呟いていた。

 全身ずぶ濡れ状態で、水を吸った制服がずっしりと重く纏わりついてくる。ぴったりだった袖や裾は何故かだぼついていて、余計に身動きがとりづらくなっていた。

 時折前髪から滴り落ちる水滴が、床に波紋を広げる。

「落ち着け俺落ち着け俺落ち着け俺落ち着け俺落ち着け」

 俺と今仲良くなっている床は大理石のような手触りと色だけど、淡く蒼い輝きを自ら放っている。そして数センチほどの水が張っていて、まるで鏡みたいに俺の姿を映し出していた。


 何処かで見たことのある少女の顔を。


「あ、ミナさんにそっくりだね」

「ぐはぁっ」

 突然こちらの顔をのぞきこんできた男の言葉に、俺はおでこも床と仲良くさせて蹲った。

 ミナさん――俺の母親だ。

 ちなみに今までそんなことは言われたことは一度もない。

 お父さんそっくりの息子さんね、とは何度も言われた事はあるが。

 つまり、悲しい事に俺の目がおかしくなったわけではなく、俺の顔面は父親似から母親似にリフォームされたらしい。

 が、ことは顔面だけではなく全身に及んでいた。さっきから身体のあちこちで生じた違和感が脳に異常を訴えてくる。

 不自然なほど重く感じる胸。

 ズボンがずり落ちそうな程細くなったウエスト。

 何より尋常じゃない喪失感を訴える股間が違和感の正体を告げてくる。

 でも、信じたくない。

「お、落ち着け……俺」

「いや、落ち着いたとしても君の現実は変わらないよ。諦めて認めた方がいい」

 呻く俺に再び冷静な男の声が降ってくる。

 俺は駄々をこねるように蹲ったまま首を振った。

「やだ」

「やだじゃない。顔を上げなさい」

「いやです」

「敬語を使ってもダメ。現実を見ないと」

「見たくないです」

「じゃあ聞きなさい」

 反射的に耳を塞ごうとするが――間に合わない。


「君はいま、女の子になっているんだよ」


 己が身に起きた非現実的な現実を口にされた。


「まじでかぁぁっ」

 頭を抱えて叫ぶ。その声も、認めたくないが普段の自分の声より2オクターブ位高くなっていた。それと頭を抱えたことで、髪の毛も長さと質が変わっていることに気付く。硬いせいでハリネズミみたいだった髪は、妹の髪みたいに柔らかさと滑らかさを兼ね備えて肩の辺りまで伸びていた。

 ついさっきまで、俺は男のはずだった。

 なのに今は男の声が言う通り、俺は――神井間依澄は女の子になっていた。

「ちなみに私も性別が男に変わっているね」

「何で先輩はそんな平然としてるんですか!?」

 おまけのように自身の変化を口にする男――本来なら女性のはずの星川なぎさ先輩に、俺は思わず顔を上げてツッコんでしまう。

 すると、しゃがんでいた相手ともろに視線が合った。

 意思の強さをそのまま輝きに変えた瞳。

 俺と違い髪の長さは女性だった時と変わらず腰まであるのに違和感を覚えさせないのは、整った造形のおかげか自信に満ちた表情のおかげか。

 スカートのホックが吹っ飛んでたりブレザーがつんつるてんになってたりと、服装は俺より大惨事になっているのに全く恥じた様子もなく、濡れた前髪を右手で掻き上げている。

 そして、「やっと顔を上げたね」と俺に向けられた微笑みの中にある安堵を感じ取り、俺は声を詰まらせながら相手を見つめた。


 絶世の美少女だった先輩は絶世の美男子に変貌していた。


 ……どうしてこうなった。

 

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