おいしさ

 "おそあし"が緩慢な狩りを終え、なんとか餓死を免れる食料を集めきれた頃には、空が白み始め、地殻は灼熱の兆しを見せていた。彼は、余裕のない暮らしにいい加減うんざりしていた。悪態をつきながら、息絶えた獣の肉を運ぶ。暖週もほとんど直前となり、まだ外にいるのは彼だけだ。もはや獣たちすら巣穴で休眠状態に入りつつあった。

 ようやく全ての食料を洞窟に引っ張り込んだとき、"おそあし"は奇妙な変化に気づいた。肉のうち、最後のひとかけらが熱を持っている。どうやら熱された地殻によって温められたらしい。表面は硬く変質しており、味見をするも渋みが強くて食べられたものではなかった。せっかくの食料が台無しである。

 しかし彼は諦めきれなかった。これひとつを捨てるだけでも危険なほど、彼の腹具合は差し迫っていたのである。表面の焼け焦げた部分を外すと、なかから柔らかくなった中核部が覗いた。――そして今までに無いほど豊かな味をしていたのであった!

 "おそあし"はこの発見を前にしばし沈黙し、検証した。いつもの哲学に比べれば、この程度の―といってもこの時代としては極めて高度な―思考はお手の物だった。すなわち、地殻が熱いために食料も熱くなり、表面は不味くなったが中身が美味くなった。彼はこう解釈した。美味しさという奴は、自分たちと同じように熱いのが苦手なのだ。だから精一杯奥へと逃げようとして、表面の美味しさまで中央に集合したのだと。

 そして"おそあし"は、自分の検証結果を試してみたいと思った。先ほどの美味しさを口いっぱいに試してみたいと考えた。それには地殻に食料を運んでいく必要がある。だが、明るみに出て《赤さ》に焼かれるのはごめんだ。どのように食料を運べばいい?

 "おそあし"は次のひらめきまでに暖週の半分を費やした。今や不味いと感じさせる食料が、彼の発明への意欲を奮い立たせた。そしてついに彼は、今まで役立たずだと思っていたものを利用することを思いついたのである。


 "おそあし"は長く細い触腕を洞窟の入り口から伸ばすことで、食料だけを日なたに差し出せることを見いだした。これは、今まで移動と単純なコミュニケーションにしか用いられなかった腕が、胴体の延長線に伸ばして利用出来るという、画期的な発見であった。加えてこの一連の行動は、現象の解釈と検証、そして実験を統一的に行う、種族初の研究者が誕生したことも意味するのだった。

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