十五話 行き詰っていたので、手当たり次第に聞くことにする

 心地よい疲労感と共に帰宅すると、俺は測定器を起動する。

 現在38%弱。

 思ったよりも伸びは悪いものの、浸食率が20%を切れば『暗黒の種子』を取り出すことも可能となる。


「後、一、二回段階を踏めば、陽太(・・)に戻せそうだ」


 ため息ひとつ。

 それが終われば俺の役割も終わる。

 別れは近いのだ。


 心残りがないといえば嘘になるが、陽太が幸せになるに越したことはない。


 それにしても、次はどうするか。

 星子と陽太の母という、近しい二人から情報を得てしまった。

 残る肉親である彼女の父は、星子曰く、許されないらしい。


 もう一度先の二人に頼るというのも芸がないし。

 思いのほか、ゴール間際で暗礁に乗り上げたのかもしれない。


 ……一人で考えていてもらちが明かない。

 困ったときは定期報告と行こう。


 端末を取り出すと、俺は玲緒奈に連絡。


「よぉ、晴翔! 俺の渡したデータ、役立ててるみたいじゃねえか」

「金剛? どうしてお前が?」


 しかし、答えたのは別人だった。

 すぐさま端末の音量を下げる。

 耳元で怒鳴られては敵わないからだ。


「玲緒奈のやつ、ようやく仕事がひと段落ついたらしくてな。飲みに行こうってことになったのさ」

「なるほどな」


 時計を見れば八時過ぎ。

 恐らく、良い時間。

 酒癖の悪い玲緒奈のことだから、金剛に端末を預けて何処かへ行ってしまったのだろう。


 ちなみに金剛は貿易商を営んでいるらしい。

 どうせだからこの世界全体を見てみたいと語っていた。


 儲かっているかは定かではない。

 あいつのことだから大損をこいても豪快に笑い飛ばすのは容易に想像できるが。


 喧しいが人好きのする性格の男である。

 なんとか上手くやっているはずだ。


「晴翔、お前も来るか? 同窓会と行こうぜ!」

「馬鹿。俺はまだ未成年だ。この国の法律ってものがある」


 ――そもそも、どうやって二人の元へ向かえというのか。

 本来の姿であれば、さほど時間をかけずにたどり着けるのも確かだが、目撃されては面倒くさい。

 今、世界にとって『旅団(レギオン)』関連は終わったこと・・・・・・なのだ。


「そいつは残念だ!」


 馬鹿笑いが聞こえてくる。

 音量を下げておいてよかった。

 あいつの大声は凶器だからな。


「それにしても、どうしたんだ? お前から連絡とは珍しいじゃあねえか!」


 金剛にまで、以前の玲緒奈と同じことを言われてしまった。

 まあ、元はと言えば玲緒奈に連絡をとったはずなのだが。


「聞きたいことがあってな」

「そりゃあ、あの陽太って女の子のことか?」

「ああ」


 厳密では女の子ではないのだが、こいつからすればそんな認識なのだろう。

 一々説明する気にもなれず、俺は適当に同意した。


「なら俺にも聞かせろよ! 百戦錬磨のスナイパーだぜ!」


 ――こいつもかなり酔ってるな。

 酒にも、自分にも。

 しかし、出来る限り多人数から情報を集めるのは悪くない。

 一番最初、自分一人で行動した結果微減に終始したのは留意しなければならない。


 俺の知り合いは少ないのだ。

 素直に状況を説明することにする。





「なるほど。気になるあの子のハートを射止めたいわけだな!」

「……話を聞いてたか?」

「勿論!」


 どっと疲れてきた。

 もう玲緒奈に代わってもらうか。

 と言い出そうとした瞬間。


「それならプレゼントがいいんじゃねえか?」

「プレゼント?」

「ああ! 誕生日プレゼント、クリスマスプレゼント――この世界には、そういう習慣があるらしいぜ。誰だってただでもらえれば嬉しいもんな!」


 一理ある。

 元はと言えば、陽太に過去の出来事を思い出させるため、思い出の場所を中心にセレクトしていた。

 しかし、星子たち陽太の家族が記憶を断片的に取り戻しているのであれば、そこに拘泥する必要はない。

 目からうろこ。そんな心持だった。


 それにしても


「ありがとう、金剛。礼を言う。まともな返答が来るとは意外だった」

「一言多いんだよ! ――にしても」


 金剛の声は、何処か嬉しそうな響きを孕んでいた。


「ん?」

「……お前に相談事される日が来るとはなあ」


 その上、感慨深げ。

 一応、俺もリーダーとしてかつての作戦立案の際、ちゃんと意見を募っていたつもりなのだが。

 自分の意見をごり押ししていたということだろうか。


「バーカ。そういうことじゃねえよ! 仕事じゃねえ、人間らしいことでだ」

「そんなに、俺は変わったか?」


 実感がなくて聞き返す。

 俺は俺らしく行動しているだけのつもりなのに。


 すると金剛は、「まぁな」と前置きをする。

 そして


「昔のお前は必要とあらば、どんな相手でも痛めつけられる奴だったからなあ。味方でもぞっとしたぜ!」


 大笑い。

 しかし先ほどまでとは質が違う。

 俺には、非難を言外に含んでいる気がした。


「……すまん」

「責めてるんじゃねえよ。そのぐらい大事な友達ってことだろ? ちゃんと、大事にしろよ」

「言われるまでもない」


 俺を変えたのは間違いなく陽太だ。

 唯一の――ここで友人というと萩野がうるさい――親友。

 兎に角、この世界で最も大切な人間であることに変わりはない。


 もう一度だけ金剛に礼を言おうとして――


「金剛! いつまでくっちゃべってるの! 早くあたしの端末返しなさいよ~!」


 随分酔っぱらった声に遮られ、そのまま通話は途切れた。

 ……酔っぱらった玲緒奈に絡まれなくて幸い。

 そう考えるべきか。





 就寝間際、なんとなく測定器を確認してみれば、30%を切っていた。

 ……俺と別れた後、一体何があったんだ?


 謎は深まるばかりだが、明日に備えて俺は眠ることにする。

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