30XX年のレクイエム

 晴れ渡る青空の下、広大な荒野をバイクの一団が疾走する。その行く先に見えるのは、荒廃したメトロポリスだ。そこを目指して走り続ける彼らは、やけに派手でメタリックな格好に、特徴的なモヒカンのヘアスタイルをしていた。


「ヒャッハー!新しい街に着いたぜええええええ!」

「こんな退屈な世界、焼き払ってやるぜえええええええええ」

「うおおおおおおおおおおお」

 かつて繁栄を極めたであろうその街に着いたモヒカンの男達は、自らの感情を、荒れ狂う暴力とともに吐き出す。摩天楼に、彼らの咆哮と火炎放射機の轟音が鳴り響く。


 モヒカンにより破壊され、燃えていく街。そんな街の朽ち果てた高層ビルの一室。その片隅で、1人の少女が座り込んでいた。彼女は、この世界の全てに絶望していた。別にモヒカンの男達が来たからというわけではない、ずっと前からだ。モヒカンに対しては、恐怖ではなく、むしろ苛立ちを覚えていた。彼らのせいでせっかくの自殺日和が台無しだからだ。


 今日はいい天気だ、もう生きるのも面倒になったことだし、そろそろ死のう。

このビルの屋上から飛び降りれば、死ぬ直前だけは少しは楽しいかもしれない。


 長年共に過ごした親友が、病気で死んでちょうど一ヶ月。あの子が死んでから生きる意味も失ってしまったことだし、そろそろ彼女の元に行こう。そんな風に考えていたのに、こいつらが来たせいで自殺も出来ないのだ。別に、少女は自殺しても良いとは思っていたのだが。ただ、自分の死体がモヒカン達に「うお、なんだこいつ結構美人じゃねーか。死体だけど楽しませてもらうぜえええええ」なんて風に弄ばれるのは、自分の尊厳に関わる気がしたのだ。


 もっとも、この高さから落ちたら彼女の死体はおそらくただの肉塊になるのだが。そして、彼女は、この期に及んで、死者の尊厳なんてことを考えてしまう自分自身に呆れていた。



「おい、聞いてるか?マリアああああああ!俺はこの世界で生きることを楽しんでるぞおおおおおお!お前は天国で楽しんでるかああああああああ」

 突如、異様なほどやかましい声で、酒に酔ったモヒカンの男が叫ぶ。彼は、世界がこんな風になってしまった日に死んだ恋人のことを思い出し、その想いを爆発させているのだ。思わず、声の方を向く少女。彼女の親友の名前が、マリアだったからだ。男の言うマリアとは何の関係も無いと分かっていても、反射的に反応してしまった。


「マリアあああああ!お前は、あの日、世界がどうなろうと楽しく生きて行こうって言ったよなあああああ!俺はこの通り、楽しく生きてるぜえええええええええ!」

 少女は、呆れていた。こんな無意味で、バカバカしい行動を続ける男に。

 しかし、彼女は、気が付くと、笑っていた。マリアが死んで以来、笑うことは出来なくなったはずなのに。


「うおおおおおおお、凄えぜ、アニキいいいいい」

「マリアさんも、きっと天国で喜んでるっスよおおおおお」

 男の取り巻きのモヒカン達が騒ぎ始める。

「ヒャハッー!」

「ヒャハッー!」

「ヒャハッー!」

 街に次々と、モヒカンの雄叫びがこだまする。

 この謎の叫び声は、彼らにとって、人生を楽しんでいることの証明なのだ。


 そんな男達を高層ビルの窓から、冷ややかに見つめる少女。この男の恋人だったマリアがどんな人間かは知らないが、少なくとも、愛した男が街を破壊してバカ騒ぎしているのを見て喜ぶわけが無い。というか、喜んだら逆に怖い。モヒカン達だって、街を破壊した後には、おそらく虚無感に襲われるのではないか、人間としての良心が残っていればの話だが。こいつらは、本気でこんな世界で楽しく生きようとしている。そう思うと、モヒカンの男達がほんの少しだけ哀れに思えた。


「明日も楽しく生きようね」

「私が死んでもあなたにはずっと笑顔でいて欲しい」

 ふと、思い出されるマリアの言葉。


 なぜ、こんな時に……確かに、あいつらの恋人の名前と一緒だけど。そこ以外は、あんなメチャクチャな奴らとマリアには、1ミリの共通点も無いのに。少女は、妙な気持ちになる。マリアとあんなモヒカンが重なって見えるのは悔しいが、今の気分は決して嫌なものではなく、むしろ嬉しかった。


 マリアは、どんな時でも、笑顔を絶やすことの無い明るい少女だった。そして、ユーモアのセンスに溢れていた。彼女がそばにいるだけど、少女もなぜか楽しい気持ちになり、こんな世界でも生きていて良かったと思えたのだ。

 少女は、マリアのことが大好きだった。


 そして、今、彼女は、あの頃のようになぜか楽しい気持ちになっていた。



「よーし、じゃあ、次の街に出発するぞおおおお!」

「うおおおおおおおおおおお!」

「ヒャハッー!」

 夕陽が荒れ果てた世紀末の街にを赤く染めていく。

 この街で物資を補給した男達は、すでに暗くなった空へ向けて、バイクで走り去っていく。おそらく、彼らは死ぬまでずっと、こうやって旅をし続けるのだろう。少女は、廃墟と化したビルの屋上から、彼らの後ろ姿を見送っていた。


 バイクの轟音が、街の外に広がる果てしない原野へと消えてゆく。その音は、まるで、マリアのことを弔っているかのようだった。



 自分以外誰もいない街に一人残された少女。

 星と月の光だけが照らす世紀末の街は、昼間のことが嘘のように、驚くほど静かで暗い。


「マリアのいないこんな世界で生きてるのも意外と悪くはないかな」

 少女は、微笑みながら、寂しそうに呟いた。


 マリアが天国から、この終わりゆく世界とそこに生きる人間を見て、笑っている。彼女には、そんな風に思えてしまうのだった。

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