第2話 12年前の話

十二年前、横浜の郊外にある緑に覆われた高校でそれは起こった。朝七時頃、部活の朝練習の為に登校した女子生徒は校舎横の狭い通路を歩いていた。すると頭上から水滴が降ってきた。何かと思い、空を見上げた彼女の目に飛び込んできたモノ。それは顔に布の袋を被ったまま、首を吊った動かない人間。三階建の屋上から身を投げ三階と二階の中間に吊るされたまま、その人間は死んでいた。駆け付けた警官に下ろされた遺体は、この高校に通う三年生の男子生徒、高瀬孝次郎だと判明した。発見されるまで三十分近く吊るされたままだった彼の顔は、胴体の重みでパンパンに腫れ上がっていた。自殺と考えた場合、確かに四階の高さから飛び降りても地面が土だったから大怪我はしても死にきれないかもしれない。しかし自らの首に布の袋を被せて飛び降りる死に方は尋常ではなかった。されど自殺するほどの人間なら何を考えるかは解りえない領域なのだから、このこともおかしくはないのかもしれない。

男子生徒の死に彼の高校の生徒の誰もが顔を青くした。そして彼らの関心は男子生徒の事件性のことよりも、彼が死ぬときに顔に被っていた体操着袋に向けられた。その男子生徒が被っていた体操着袋は、本人の物ではなかった。それは同じクラスの生徒、速川征太の物だった。ざわめく生徒たち、何故ならこの二人は元々親友で、恋敵だったから。同じクラスの佐久亜紗美とこの二人の生徒は幼馴染。しかし高校に入ると同時に、速川征太は彼女に告白をした。亜紗美は彼の告白を断った。それは何時までもこの関係を壊したくないからというのが、彼女が征太の気持ちを断った理由のはずだった。しかし半年後、亜紗美の隣には高瀬孝次郎がいた。それから一年間征太は二人を見守った。しかし付き合いだして一年が過ぎた頃、征太の陰険な嫌がらせに孝次郎は思い悩んでいた。その半年後、二人は別れる道を選んだのだが、孝次郎は亜紗美を諦めることが出来なかった。それが直接の原因かはわからなかったが、二ヶ月後、孝次郎は校舎の屋上から征太の体操着袋を被って飛び降りたのだ。だから誰もが噂した。孝次郎は必ず化けて出ると、征太の前に腫れ上がった顔を見せに来ると、誰もが興味本位で噂した。それでも当の本人たちは動じてはいなかった。なんせ孝次郎の死後、一ヶ月ほどで征太と亜紗美は付き合い始めたのだから。

しかし二人の恋は長続きすることはなかった。卒業を待たずにその恋も終わった。それこそが孝次郎の呪いだと学校中が噂した。彼らが別れた本当の理由、それは虐めだった。征太は誰に何と言われようが動じることはなかった。寧ろそれが一層亜紗美に対する思いを増幅させた。しかし亜紗美には虐めは辛すぎた。征太以上のことをされたのだ。机の上には呪ってやるの文字が、深く深く刻まれていた。校舎の下を歩けば、血に見立てたいのかトマトジュースを引っ掛けられた。征太がどんなに亜紗美を庇っても、護ろうとしても、彼が少しでも目を離せば虐めは何処からともなく容赦なく仕掛けられた。それが一層征太を彼女の周りから離れなくさせた。

二人が別れた本当の理由、もしかしたら征太自身をむさっ苦しい存在としか思えなくなった亜紗美がいたからかもしれない。彼はそのことを知ることなく月日は流れていった。

十二年後、孝次郎の呪いは彼らを吸い尽す。勿論彼らはそれを知る由もない。


これからお話しする事件は発生から一週間で解決を見ることが出来た。始まりこそセンセーショナルで人々に恐怖を植え付けた。テレビは挙って毎日毎晩そのニュースで持ちきりだった。どの番組も何故彼女はここまで惨い死に方を選んだかが論争の火種にもなった。次から次へと出て来る事件の爪痕が一層世の中の人々の心を掴み、事件の経過に誰もが目を奪われた。しかし短期間で事件が解決すれば、それだけ世間の人間たちは今回の事件をすぐに忘れてしまうもの。年が変われば過去の事件として思い出す人もほとんどいなくなる。ただ事件の当事者である遺族だけは、心に深い深い傷を刻まれる、生涯背負わされる傷を。我々刑事も今回の事件を忘れることはない。ある者の策略に、そして想いに、まんまと嵌まってしまったのだから。

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