第二話 白いたね

 なんだよ、あのじいさん。うすっ気味悪いな。たねがどうのこうの言ってたけど、別に体がどうかしたわけでもねーし。気にしなくてもいいよな。それよりゃ、今度のジュニアリーグの試合。へま出来ねえ。最低全国大会に出るとこまで行かねえと、高校で目立てねえからな。


「お袋ー」

「なに、ヒロシ?」

「ちょっくら練習に行って来る」

「気合い入ってるねえ」

「そりゃあ。ジュニアの時だきゃ目立ってたなんて言われたくねーもん」

「ほっほー。どういう風の吹き回しよ。これまで、練習かったりーってぶつくさ言ってたのにさ」

「やかあし!」

「おやつ持って来なよ。お腹空くでしょ」

「うっす!」


 ばたばたばたっ!


◇ ◇ ◇


 さすが全国大会ともなると、一人二人つえーのがいてもどうにもならなくなる。幸巡レイダーズは準決で負けた。監督はよくがんばったってほめてくれたけど、俺は不完全燃焼だった。やっぱ、やる以上はてっぺん取りたい。クラブの引退時期になっても、俺は外のクラブで練習と試合を続けた。


 受験? んなもん、直前でもなんとかなる。俺は開き直った。レイダースの監督がスポーツ進学校への推薦状を書いてくれて、かなりやばい線だったらしいけど、俺はそこに入れた。やれやれ。


◇ ◇ ◇


 高校三年間は、甲子園への挑戦で明け暮れた。俺は球速だけは自信があったけど、それだけで抑えられるほど甘い世界じゃなかった。いやというほど基礎練をやって下半身を鍛え、スライダーとフォークを覚えた。


 一年坊の時は最初控えピッチャーだったけど、秋季大会から先発をやるようになり、二年でエースに昇格。俺が投げてる試合は一点もやらない。そういう覚悟で地区予選を投げ続けた。


 だけど……。うちのチームは部員はいっぱいいるのに、覇気がなかった。三流ピッチャーが相手の時は徹底的に打ちのめすのに、全国大会クラスのピッチャーを相手にすると妙に諦めが早かった。俺一人がどんなにがんばっても、野球はチームでやる競技だ。二年、三年と、地区大会の三回戦でうちのチームは散った。


 俺は……てっぺんは取れなかった。


◇ ◇ ◇


 地区大会で俺のピッチングを見ていたプロ球団のスカウトがいたらしい。俺はドラフトの下位で指名を受けた。だけど、俺はてっぺんが取れなかったことにこだわった。指名を蹴って、大学に進んだ。


 リーグ戦と大学対抗。どちらかでてっぺんは取れるだろう。張り切った俺は、試合のたびに豪速球を武器にして三振の山を作っていった。だけど、俺の在籍したチームは総合力で競った時にどうしても決定打が出なかった。要の試合を取れずに、四年間優勝とは無縁のままで終わってしまった。


◇ ◇ ◇


 大学での勝ち星は他の連中よりずっと多かったから、プロからの指名は何チームか競合した。


 俺は祈った。頼む! くじを引き当てるのが、優勝を狙えるチームであってくれ!しかし俺の祈りも虚しく、くじを引き当てたのは、投手力はリーグ随一なのに、毎年貧打に泣かされる球団だった。またか……俺はうんざりした。でも高校や大学と違って、プロ野球は補強でチームが変わる。そのうち環境も変わるだろう。俺はそう割り切って、入団を飲んだ。


 監督が厳しいチーム。練習もハードで、試合での結果を求められる。得点力の低いチームで、先発がそれに耐え続けるのはしんどい。監督はそう判断したんだろう。一番球速があった俺は、先発から抑えに回された。俺が出るシチュエーションでは絶対に点をやらん! そういうガッツを剥き出しにして、俺は投げ続けた。


 貧打を投手力でカバーして戦う。監督のその方針は五年間変わらず、俺の投げる試合では必ず俺にセーブポイントがついた。だけど……。チームは毎年Aクラスながら、優勝には見放され続けた。競り合った終盤の試合で、堪え続けてきた先発陣が疲労で試合を壊すことが多くなり、俺の出番が回ってこない。俺のモチベーションがだんだん下がっていった。ここでどんなにがんばって投げても、優勝には届かないって。


 五年目に球団に直訴して、ポスティングで大リーグに移籍することを決意した。最初から強豪チームでなくても、向こうで実績を作れば優勝できそうなチームに移籍できるだろう。そう踏んで。


◇ ◇ ◇


 大リーグの球団に移籍したその年。念願かなって、俺の所属チームが地区リーグ2位ながらワイルドカードでワールドシリーズ進出を決めた。本当なら優勝のチャンスがあると身震いするところだけど、俺は出場メンバーには選んでもらえなかった。


 最初抑えのつもりで渡米したが、向こうには俺クラスのはごろごろいた。中継ぎを何試合か放らせてもらったけど、俺の速球は通用せず、途中でマイナーに降格になった。下では成績を残して、上と下を何度か往復。最後は下、だった。

 3Aのリーグ戦ですら優勝できない。もんもんとしているうちに……肘を壊した。怪我を直せばまだ放れたのかもしれない。だけど、もう投手としてはてっぺんを目指す気力が残っていなかった。俺は諦めて日本に帰り、現役を引退した。


◇ ◇ ◇


 プレイヤーとしては終わりでも、指導者ならてっぺんを目指せるだろう。俺はそう考えて、コーチ業を勉強してプロ野球の二軍コーチから再出発した。幸い、ベストの球速を考えなければ俺はまだ放れる。若いピッチャーに実践で投球のコツを教え、それを吸収した連中が一軍で活躍するようになった。万年Bクラスだった球団が、何度かAクラスに上がるようになり、俺は実績を認められて一軍のピッチングコーチを務めるようになった。


 だが……どうしてもチームが優勝に絡めなかった。若い人材が育っても、選手層が薄いと年間を通して活躍できる選手が揃わない。そういう構造的な問題が、選手の意識まで蝕んでいた。どんなにがんばっても、どうせ優勝には絡めないって……。俺は、それをどうすることもできなかった。


 それから。蜜の味をどうしても味わいたくて、あちこちの球団をジプシーのように回って若手を育て続けた。そこから球界を代表するような名ピッチャーが何人も育ったが、皮肉なことに彼らは他球団に移籍してから結果を出した。まるで敵に塩を送るかのように……。俺のそういうジンクスを嫌って、そのうち俺はどの球団からもお払い箱になってしまった。


◇ ◇ ◇


「じいちゃん」

「ん?」

「どうやったら、かっとばせるの?」

「そうだなあ……」


 リトルリーグに入ったばかりの孫が、よたよたと頼りなげにバットを振る。せめてタクヤがリトルで活躍して優勝旗を手にするまで、応援していたかったな。俺の望む未来は、いつでも俺の目の前にあって、でも決して手が届かなかった。


 まるで……逃げ水のように。


「じいちゃん?」



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