Track-6 キングクルムゾンの迷宮

 「おし、それじゃ行こうぜ。2人とも金持ってきたか?」


 みんなでカラオケに行った次の日の放課後、マッスがボクとあつし君に聞いた。ボクは制服の胸ポケットから封筒を取り出すと


 「イッツオーライ!オレのギターで世界を変えてやるぜ!」


 とテンション高めに叫んだ。あつし君がボクを見て「いまから買いにいくんだろ」とつっこむ。そう、今日はみんなで楽器を買いにいくのだ。


 昨日のカラオケ屋でボクらはこんな会話をしていた。


 「よし、じゃあボーカルはティラノで決まりな。楽器のパートはどうする?」

 「私はベースは鱒浦君がいいと思う。背が高いからきっと女の子に人気出るよ」

 「えっ、そうかなぁ。じゃあオレ、ベースやるわ」


 なんということでしょう。このチャラ男、人に聞いておいてボクらの意見を聞くこともなく勝手に自分のパート決めやがった。取り残されたボクとあつし君は顔を見合わせた。


 「あつし君、なんか楽器やったことある?」


 ボクが聞くと意外な答えが返ってきた。


 「あ、おれ前のバンドでドラムやってたんだ。とりあえず今回もドラムでいいよ」


 え?そうなの?「それじゃ、必然的にギターはティラノ君に決まりだね。ギターボーカル、かっこいいじゃん!」三月さんがボクに言ったのでボクがなんだか知らんけどバンドのフロントマンでギターボーカルに決まった。わかりやすく「けい○ん!」でいうと唯ちゃんのポジションだ。


 それを実感するとテンションがアガってきた。これでボクもモテまくりのヤリまくりだ。グッバイトゥバージン、フフーン♪


 浮かれた気分で歩道を歩いていると壁際にいた中学生の足をふんずけてしまった。「あ、ごめん」ボクが平謝りすると金髪の少年は言った。


 「どこ見て歩いてんだ、クソ野郎。殺すぞ」


 えぇ~、ボクの方が高校生で先輩なんですけどォ~。「す、すいません!なんでもしますから!」ボクが頭を下げるとマッスが近づいてきて


 「おい、ガキ。うちのダチになに因縁つけてんだ。あんまり調子乗ってるとシメるぞ」


 とドスの聞いた声で見下ろしたので少年は舌打ちをし、「覚えてろよ、このずんぐりむっくり」と捨てゼリフをのこして走り去って行った。


 マッスが呆れたようにボクに言った。


 「おまえさぁ~、すぐになんでもするなんて言ってビビってどうすんだよ。ライブハウスなんかいったらあーいうチンピラ気取りのガキ共が

たくさんいるんだぞ。今のうちからそのヘタレ癖、なんとかしとけよ」


 マッスにそう言われると「う、うるせぇな!ごめんね。ありがとう!」と訳のわからない返事を返した。少し歩くと目的地の「たかむら楽器」が見えてきた。ここは市内でも一番の品揃えの店だとあつし君に教えてもらっていた。入り口を開けると見覚えのあるイラストが目に飛び込んだ。


 うおお!「け○おん!」で唯ちゃんや澪ちゃんが弾いていたギターやベースが置いてある!ボクは一目散にその場所まで走るとギターに抱きついた。


「唯ちゃんのギターみっけ!これで心はいつでも一緒だよ、唯にゃん♪」


 するとものすごい勢いでマッスと店員が走ってきて「バカ!止めろ!」「お客様!困ります!」と口々に叫びボクとギターを引き離した。


 「なんだ!二人の愛を引き裂くつもりか!」ボクがマッスに言うとあつし君がPOPを指差した。ボクがそれをみると値段が250000円と書かれている。   「に、にじゅうごまんえん!?」ボクが飛び上がるとあつし君が説明した。


 「このギターはギブソンのレスポールっていってギターの中でも最上クラスのシロモノなんだ。とても俺達には手が出せるモノじゃないよ」

 「で、でも唯ちゃんはバイトしてこのギターを...」

 「そんなもんはファンタジーの世界だろ。店員さん、初心者向けのヤツ、お願いします」


 マッスは店員にそう言うと店の奥の方へ歩いて行った。あずにゃんのギターを眺めているボクに「ほら、行くぞ」とあつし君が襟首を引っ張る。


ボクは愛しの「けいお○!コーナー」にしばしの別れを告げ「初心者向けコーナー」へ歩いて行った。



 「こちらはアイバニーズというメーカーのジャズベースです。ボディにはライトアッシュを使っていて軽く、ライブや練習で使いやすいんじゃないかと思いますね」


 二つ結びの女の店員は青色のベースを持ちマッスに商品の紹介をした。ためしにベースを持たせてもらったマッスは「うわ、ベースって重いんだな」と言いながら指でベースを弾く動作をした。


 「ためし弾きしてみますか?」店員が言うと「へへ、弾けないんで遠慮しておきます...」と笑いながら肩からベースをさげた。ボクが値段のPOPを見ると¥35000と書かれてある。


 「おい、そんなにお金あるのか?」ボクがマッスに聞くと店員さんが言った。


 「いまキャンペーン中でしてベース本体とソフトケース、アンプなどの初心者セットがついて30000円で販売してるんですよー。

買うなら今しかないですよ。お客さん」


 おお、この店員さんなかなかやりおる。「うーん、昨日じいちゃんから小遣いもらったしな」マッスはそう言うとサイフを取り出し


 「これ、ください。現金払いで」とアイバニーズのSR300を指差して言った。「おお~!マッス、太っ腹!!」会計するマッスにボクが言うと「ほら、おまえもギター買いに来たんだろ。早く目当てのやつ探しとけよ」そう言われたのでボクはギターコーナーでなるべく安いギターを目で探した。


 「ティラノ、予算はどれくらいあるんだよ」あつし君が聞いてきたのでボクは封筒を取り出し、中のお札を見せた。


 「はぁ?!3000円しかないってどういうことだよ!?」

 「こんなにギターが高いなんて知らなかったんだよ!ついこないだ2万円カツアゲされたばっかりだし!」


 ボクとあつし君が小競り合いしてると「ありますよー3000円のギター」さっきの店員が歩いてきた。「え?あるの?」あつし君が甲高い声をあげると奥のほうからなにやらみすぼらしいギターを男の店員が持ってきた。女の店員がギターの説明をした。


 「これは中国メーカーのストラトモデルのギターです。ユーズド商品でペグが1ヶ所壊れてて、ボディの裏に擦り傷が多数ありますが気にしなければ演奏可能です。いかがでしょうか?」


 男の店員がボクにギターを手渡した。雨に濡れた子犬のような臭いがする。「え~、こんなおんぼろギターより唯ちゃんモデルがいいよ~」


 ボクがダダをこねていると会計を済ませてベースの入ったケースを担いだマッスが歩いてきてギターを見るなり言った。


 「あ!これなんか聞いたことある。キング...クリムゾン?」

 「あ、ほんとだ。キングクリムゾンって書いて...あれ、これって...?」


 あつし君がギターを見たあと店員に尋ねるとなぜか半笑いで店員は説明し始めた。


 「そうなんですよォー、これ、キングクリムゾンじゃなくて、キングクルムゾンなんですよォー。中国製らしいと思いませんか?色んな意味で」


 店員が口に手を当てると「なにが可笑しい!」とボクは叫んだ。せっかく楽器を買いに来たのにバッタもんをつかまされるなんてたまったもんじゃない。


 マッスがボクをなだめると言った。


 「まぁまぁ、このギターでいいじゃねぇか。このギターで練習してうまくなったらいいギター買えばいいんだし。それまでキングクルムゾンで

我慢しとけよ」


 そういうとマッスも口に手を当てて笑った。畜生。背に腹は変えられないとはこのことか。ボクは納得できない気持ちを抱え


 「キングクルムゾン、ひとつ、お願いします」と手に持ったギターを差し出した。男の店員が「ご購入、ありがとうございます!」と叫ぶとここぞとばかりに全店員が「ありがとうございました!」と声をそろえて言った。こうしてボクの初めてのギターは中国生まれの中古ギターに決まった。人間で例えると初体験の相手がさびれた風俗街の中国ババアみたいなもんだ。ハダカのままのギターを手渡されるとボクらはたかむら楽器店を出た。


 てぶらのあつし君に「あれ?あつし、何も買わなかったの?」とマッスが聞くと「おれドラムだもん。別になにも必要ないよ」と答えが返って来た。そういうもんなのか。「なんかあつし君、地味キャラがすっかり板についたね」ボクが茶化すと

「お前は会話がかみ合わないキャラだってことがよく分かったよ」と言い返してきた。はぁ~、とりあえずこのキンクルでしばらく我慢するしかないか。ボクは家に帰るとギターを風呂に入れ石鹸でごしごしと洗い、臭いと汚れをとる仕事にとりかかった。

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