Track-2 ヒーローになる時、それは何時?

 夕暮れ時の公園のベンチ、ボクは大きくため息をついた。


 軽音楽部の先輩に丸ハダカにされ体育館の準備室に放置されたボクはたまたま部屋にヤリ目的で訪れた篠岡冥砂しのおかめいさという女に見つかり、ボクを助けてくれた用具員の後藤さんが誰かに漏らしたのかボクのあだ名は今日から「縛られオナニー野郎」という最悪のモノになっていた。


 「しばおな」


 アニメの略称のように自分のあだ名を復唱すると生暖かい風が鼻先をなでて行った。視界を前に移すと自転車を押す学生服を着崩した長身の男子と黒髪ショートカッツの女の子がこちらを見つめている。目が会うと男子がボクに手を振る。


 「おーい、ティラノ、ティラノじゃねぇか!」


 ティラノというのはボクの中学時代のあだ名だ。英語のおじいちゃん先生がボクに問題を当てるとき「ティラノ」と言ったのがきっかけでその呼び名が卒業まで定着していた。そのエピソードを思い出したボクがにやりとした笑みを返すと2人は入り口を通り公園に入ってきた。この2人は中学からの同級生の鱒浦翔哉ますうらしょうや坂田三月さかたみつきさんだ。


 三月さんが「ティラノ君、元気?」と首をかしげて聞いたのでボクは立ち上がり


 「はい!地球人全員に分け与えてもまだ余るほど元気です!」と声を裏返すと鱒浦ことマッスが笑いながら言った。


 「おまえ昨日は散々だったな。学校の掲示板にも書かれてたよ。おまえ、これからどーすんの?」

 「え、昨日何かあったの?」


 三月さんがマッスに詳細を聞こうとしたがボクが首を横に激しく振るとマッスは咳払いをして話を切り替えた。


 「そんなことよりさー俺ら入学してそろそろ1ヶ月じゃん?学校にはもう慣れた?三月さん」

 「うん。最初は緊張したけどみんないいひとばっかりで毎日が楽しいよ」


 三月さんがにっこりとステキな笑顔をマッスに返したのでボクは悔しくなり話に乱入した。


 「そうだね!ボクと三月さんは小学生の時から知り合いだから仕方ないね!」


 なにが仕方ないのか。今思えばなんの脈絡も無いセリフだが三月さんはボクにも笑顔を返してくれた。


 「うん。ティラノ君は小さい時から知ってるよ。そりゃもうティラノ君がレックスの時から知ってるよ」

 「まー、あっちの方はまだまだレックスのままなんだろうけどな」


 マッスが話に加わると三月さんが頭に?マークを浮かべたので「余計な事いうんじゃねぇ。このチャラ男風情が!」とマッスをなじった。無論、心の中で。気まずくなったのかマッスは本心を切り出した。


 「なぁティラノおまえ、このままで悔しくないのかよ」


 ボクはどきっとして昨日の事件を思い出した。女の子のパンツを正面から見たのは初めてだった。女の子って普段からあんなに食い込んでるんだな。いや、たぶんマッスが言おうとしているのはそのことではないだろう。マッスは続けた。


 「おまえ高校に入ったら自分のバンド組んで世界を変えたいとか言ってたよな。それなのにヤンキーのおもちゃにされてていいのかよ」


 ボクが下を向くと三月さんが心配そうな顔をしているのがなんとなくわかった。ボクは言葉を振り絞った。


 「ボクは別に世界を変えようと思ってたわけじゃない。ただ軽音アニメに出てくるような女の子とウフフキャッキャッとした高校生活を過ごしたかっただけなんだ。ヤンキー女にちんこ見られて興奮する高校生活。それもキャラ的においしいしし、まぁアリかな、って最近は思ってるんだ」


 ボクが前を向くと三月さんが心の底から気持ちが悪いという顔をボクに向けているのがなんとなくわかった。マッスが呆れたように言った。


 「おまえ、モテたいんだろ」

 「ええ、モテまくりたいです」

 「だったらバンドやれよ。バンドやったら女喰いまく、いや、学校のみんなの見る目も変わるぞ。影でお前のことを悪く言うヤツもいなくなる。

ヒーローになる時、Ah、それは?」

 「今!」

 「そうだ。俺も協力してやっから。あの軽音楽部のヤツらに一泡吹かせてやろうぜ!」

 「そうだよ!私も2人が協力してバンドやればいいって前から思ってた!鱒浦君は器用そうだし、ベースやりなよ」

 「え?俺楽器全然出来ないんだけど」

 「よし!そうなったら決まりだ!今すぐ退部届出してくる!」


 ボクがベンチから駆け出すと「やれやれ」とマッスが小さく言うのが聞こえた。 そうだ。あんなクソみたいな部活、辞めてやる。


 そして自分のバンドを組むんだ。5時を知らせる鐘と共にボクは向陽高校の入り口をくぐった。

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