第8話

 どういうわけか、俺はベッドの上ではなく、床の上で目を覚ました。


「あら、目を覚ましたのね」


 声がする方を向けば、すでに起床している天之原がベッドに腰掛けていた。天之原の首には内出血でもしているのか赤い痕がある。それは指の形をしていた。まるで首を絞められたみたいな。


「お前、首、どうしたんだよ」


「昨日の夜のこと、憶えていないの?」


 そう言って、首を傾げる天之原。


「何を言っているんだ?」


「あ、そう」


 どこか納得したみたいに彼女はそう言って、


「あなたはさ、【白花はくかほまれ】って知っている?」


「は?」


 彼女が何を言っているのかわからなくて、俺は首を傾げる。


「校内新聞とか読まないの?」


「全然、読まない」


「なるほど」


 彼女はベッドから降り、立ち上がる。


「じゃあ、わたしは帰るね」


「いや、俺も帰るよ」


 そう言って、俺は立ち上がろうとするのだけど、身体に力が入らなくて上手く立てない。


《デウス》だ。《デウス》を吸っていないから、身体が怠くて動かない。


「あなたはもう少し休んでいきなさい。わたしは一人でも帰れるから。じゃあ、さようなら」


 微笑んで、彼女は部屋から出ていった。


 俺は彼女が部屋を出たのを確認してから、自分のバッグのある所まで這い、バッグの中の《デウス》を探す。


 バッグの中には二袋の《デウス》が入っているはずだが、一袋しか見つからない。バッグの奥の方に隠れているのだろうか。まあいいや。今はバッグの中の《デウス》の数なんてどうでもいい。今はとにかく《デウス》が吸いたい。


 袋からひとつまみの葉片を取り出して、それを煙管パイプにセットする。そして、点火。俺はそれを吸う。


 一服。


 身体の怠さは消え去って、気分は爽快。多幸感と全能感に身体は包まれて、俺はいつもの調子を取り戻す。


 俺は立ち上がる。背伸びをして、深呼吸をする。


「さて、俺も帰るか」と独りごちて、俺はラブホテルを出る。


 外に出ると歓楽街は静まり返っていた。


 賑やかなのは夜だけで、朝になると人っ子一人いなくなるようだ。


 辺りは静かで、聞こえてくるのは鳥の囀りぐらいだ。


 気持ちのいい朝のしんとした空気を吸って、俺は寮へと戻る。

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