第四章‐6『電脳世界の守護者』

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 七城市ななしろし中理町なかりちょうエリアの電脳世界。

 西條海実にしじょううみの個人情報を抜き取ったであろう犯人を捕まえるために、阿波乃渉あわのわたる木戸卓己きどたくみの二名がそこにアクセスしていた。


「しっかし、余計なことをしてくれるよ犯人は」

「なんだ木戸きど、お前君島海崎のファンだったのか?」

「えぇ、まぁ、恥ずかしながら……」

「これで彼女のアイドル生命が危うくなるからな。もしかしたら、これで終わりになるかもしれない」

「まぁ、十中八九終わるでしょうね。個人情報を抜き取られ、それを晒されたんだから。それに、犯罪スレスレのグレーゾーンである変装行為を行っていた」

「ネクスト能力については未だ法設備が整っていないから何とも言えん。西條海実さんの場合、謎の電脳アイドルとして売っていた。実質被害が出ていないからギリギリ犯罪行為にはならないはずだ」


 しかし、とわたるは付け加え、


「悪質なファンもいたもんだ。こんなことをするって、本当にファンなのか?」

「行き過ぎた熱狂的なファンの可能性もあるし、いわゆるアンチが旬なモノを否定することで世間に流されない俺カッコいい、ってやってるだけかもしれない」

「それで犯罪行為とは、何ともバカバカしい話だ」


 渉はあまりのバカらしさに溜息を吐いた。


「今回はこうやって事件となって私たちが動いてますけど、中には事件にはならないアンチ活動をやっている人もいるし、熱狂的なファンが人を傷つけることだってある。なんで、こんな人が生まれるんでしょうね?」

「アイドルとか、そういうのはよく分からないが……話を聞く限り、匿名であるがゆえに他人のことを思いやったり、自分の発言や行為が周囲にどういった影響を及ぼすのか、それすらも考えられなくなっているような気がする」

「なるほど」

「人はそれぞれ色んな気持ちを抱くだろうさ。今回の君島海崎の事件だって、彼女のことが大好きなのか、それとも大嫌いなのか、それともそれほど興味はなく、ただ面白半分でやったのか、それは分からない。ただ、その気持ちは否定されるものではないんだ」


 渉は俺はこう考える、と前置き、


「いかなる私見しけんを持とうが各々おのおのの自由――」


 卓己はその言葉を紡いだ。


「しかし、その発言や行動は周囲の影響を考慮すべき……ですか?」

「そうだ。しかし残念なことにそれを考えれない人はたくさんいる。俺たちガーディアンがどうすることもできないのが、なんとも悔やまれるな」

「こればっかりは修正不可能でしょうね。それこそ独裁的な統治が必要になる」

「今の日本じゃ絶対にありえんことだな」


 そこに、一本の通信が入った。オペレーターの奏多深優からである。


阿波乃あわのリーダー、木戸さん、目標の指定の位置への移動が完了しました』


 それを聞いた二人は目つきを変え、感情を冷酷な仕事仕様へと変え、返事を返す。


『了解』


 今回の事件の犯人の特定は、そう難しいことではなかった。しょせん素人がやる犯罪行為は簡単に尻尾を掴める。今までの電車の暴走事件や、オーシャンリゾートの事件とは違い、証拠となる情報があちらこちらから出てきた。

 西條海実の身体データを調べたところ、情報抜き出しを行った時刻が分かったのである。そしてその時刻の電脳世界のログを調べれば、いったい誰が、どこで、何をしていたかがまる分かりだ。

 そして、その時刻、西條海実が君島海崎として電脳世界にいたとき、丁度そのタイミングで彼女に接触していた人物がいた。映像データも合わせて検証した結果、その人物が黒で確定となったのである。

 その人物名は舵富拓流かじとみたくる。警察が彼の自宅に行ったのだが、そこは既にもぬけの殻。犯人は逃走を謀ったようなのだ。

 しかし、マヌケなことにその舵富は電脳世界にアクセス。

 そこで彼の友人を利用し、できる限り電脳世界からログアウトできるポートエリアから遠ざけてもらったのである。


「さて仕事だ。行くぞ木戸」

「了解」


 舵富の友人である男には、何らかの理由をつけて裏路地に誘導してもらった。ついでに発信機プログラムまで犯人に着けてもらった。これで犯人がどこにいるのかまる分かりだ。


「犯人の友人さん、いい仕事してくれますね。いや、もう友人とは言えないかな?」

「あぁ、友人を裏切った分の報酬はたんまり払ってやらんとな」


 少しゲスい話をしつつ、静かに、ゆっくりと、指定の位置に移動を開始する。一旦木戸と渉は別れて挟み撃ちにする計画だ。

 二人は手に犯人を拘束するための拳銃『ハーキュリー』を展開する。

 目標地点付近から、男二人の話し声が聞こえてくる。いったい何を話しているかは聞こえないが、上手くその場に止めていてくれているようだ。

 そして、木戸と渉は指定の位置に着いた。

 お互いに合図を出し、ついに突撃する。


「ガーディアンだ!! 舵富拓流、アナタを情報窃盗の罪で拘束する!」

「なぁッ……お、お前!」


 舵富の友人は何も言い返さず、そのまま木戸の方へと走って行き、その二人はこの場から遠ざかってゆく。木戸は一般人の保護をする役目を担っているのだ。

 そして舵富本人はいったいどうしたらいいか困惑するしかない。

 目の前に電脳警察のガーディアン。拳銃を持っていて、このままでは撃たれて逮捕されてしまう。この状況を打破する方法はただ一つ。


「クッソォ!! がああああああああああああああああああああああああああ!!」


 舵富は何かしらプログラムを自分に打ち込んだのである。

 そして、脱法プログラムとしてはスタンダードなナイフを取り出し、突撃した。

 もうこうなれば撃つしかない。


「……っく」


 渉は目の前に迫ってくる舵富にハーキュリーの麻痺効果がある弾を撃ち込んだ。だが、体がビクッと跳ねるだけで倒れることはなかった。


「興奮プログラムかよクソがッ!」


 よく、裏で取引されているセキュリティに引っかからない脱法プログラムとして、興奮プロフラムというものがある。これは、ガーディアンの所持するハーキュリーの弾を受けても倒れないようにするプログラムとして利用されているが、この効力が切れるととてつもない疲労感に襲われるという副作用があり、これも依存性が高く、危険なプログラムに変わりはない。

 渉の体にナイフが迫りくる。だが、相手はド素人、戦闘訓練も受けていないナイフの突きなどどうってことはない。しかも興奮プログラムを使用しているせいで、そのナイフ捌きはメチャクチャ。

 渉はナイフを軽々と避け続け、その攻撃の中から付け入る隙ができたのを見逃さない。

 ナイフの突きを寸でかわした渉は、そのままその腕を掴み、舵富のことを地面に叩き付ける。そして、背中にハーキュリーを押し付けて何発も何発も、気を失うまで撃ち続けた。


「ふぅ……無事拘束完了。木戸、協力者は無事か?」

「はい、無事ログアウトさせました。にしてもさすがはリーダー。興奮剤きめて滅茶苦茶な攻撃をする奴に臆することなく立ち向かって行くところなんてカッコよかったですよ」

「何を今さら言ってんだよ。今まで何回もこんなことあったし、お前も俺と同じような犯人と戦ったじゃねぇか」

「ま、そうなんすけどね」


 これで一応事件はひと段落を終えた。ただ、これはあくまでひと段落であり、個人情報を抜き取るプログラムの出所、動機、等々を聞く必要がある。

 そして、もう一つ。

 君島海崎こと西條海実本人のこれからについてだ。

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