第四章‐3『捜査開始!』

  3


「え~!? 君島海崎きみしまうみさきがこの学校の生徒ぉ!?」


 そう驚きの声を上げたのは色川咲楽しきかわさくらだった。

 本日は七月一六日、火曜日。休み明けの気怠さを感じつつ、学校に行くなりとあることが話題になっていた。

 現在活動休止中の大人気電脳アイドル――君島海崎はこの学校の生徒である。

 まったくもって信じられない話だ。咲楽はその話をしてきたクラスメイトの男子に情報源を聞いてみる。


「それ、どこソースよ?」

「シラネ。だって聞いた話だし」


 その情報源は不明。それでは本当かどうか怪しい話である。

 たしかに君島海崎について現実世界でのことは何一つ分かっていないし、そもそも彼女は現実世界の友達には自分がアイドルだということを話していないという。

 そんな彼女の出身校が今になって発覚するなんてことはまずありえない。

 なんとも信憑性に欠ける話だった。

 だけど――。


「試してみる価値はあるわね」


 なんとも何かを企んでいるかのような悪い表情をし、フッフッフ、と笑う咲楽。

 その様子を見た結城は何だか嫌な予感がした。別にその話に参加していたわけではなく、ただ机の上でボーとしていたに過ぎない。だけど、耳に入ってくる咲楽の笑い声と、その表情を見ただけで危険な電波がビンビンと伝わってくるのを感じた。

 これは別に彼がネクスト能力者だからというではない。長年の付き合いが、彼にそう知らせているのだ。

 そろ~り、そろ~り、と誰にも気付かれぬように教室から抜け出そうとしたその時である。首元に嫌な力が加わる。あまり力強いわけではないそれは、振りほどこうと思えば簡単に振りほどける拘束でしかない。だが、なぜか体が言うことを聞いてくれなかった。

 恐る恐る後ろを向くと、そこには見慣れた顔があった。

 とても温かいが、だけど今はあまり見たくない笑顔。そんな眩しい満面の笑みを向けられれば断れるはずがない。


「もう少しでホームルームだけど、どこに行くのかなぁ、ゆうくん?」  

「わーたよ。付き合ってやるから」


 咲楽が何かを頼んだわけではないが、別に聞かずとも彼女の要求は分かりきっている。

 だから観念して、ただ従うだけ。


「さっすがゆうくん。話しが分かるぅ」


 これもいつも通りの光景であり、クラスメイトらは『いつもの』という言葉で済ますくらいことでしかない。本人たちはそんな気はないのだが、完全にクラス公認カップル――いや、夫婦として扱われている。それを本人たちの前で言うと全力で否定されてしまうので、もう誰も口に出して言わなくなってしまっているが。

 その時、ガラガラと音を立てながらドアを開けて教室に入ってくる担任の教師。


「榊原と色川がまた何かやってるし……。はよ席に着けやおんどりゃー」


 少々言葉を荒げながら言うその担任の名は鉄鎖麻綾てっさまあや。もう少しで三十路を迎えようとしてる絶賛婚活実施中の、未だに男っ気が感じられない独身女性。ちなみに処女である――いや、これは要らない情報だったか。

 ともかく、毎日のように仲がよろしい結城と咲楽のやり取りを見せられている麻綾は毎日のように不機嫌である。

 そんな彼女を見て誰もが思う。


(誰か早く貰ってあげてぇ!!)


 その想いは、誰かに届くことはない。

 だって、生徒たちが思っているだけなのだから。

 あぁ、なんて悲しいことか。


「す、すみません……鉄鎖先生」


 そうやって、まず結城が謝るのもいつも通りの光景。そして続けて咲楽も謝って自分の席へと戻ってゆく。

 そうして、彼らはいつも通りの学校生活が始まっていくのだ。


「きりーつ、きょーつけー、おはよーございまーす」

『おはよーございまーす』

「はい、おはよう」


 日直の号令でクラスメイトが疎らに挨拶を言っていく。あまりにも揃っていないそれは、いかに朝の号令を面倒臭がっているかがうかがえる。まぁ、高校生の朝の号令などこんなものなのだろう。


「今日は特に何もないから、このまま終わりましょう。日直ー」

「きりーつ、きょーつけー、れー」


 それでちゃんと礼をする人もいれば、礼もせず我先に歩き出す人もいる。高校三年生にもなって、この程度のことすらも全員が揃って真面目にできない様に頭を抱える担任の麻綾であったが、それをもはや口には出さなくなっていた。

 麻綾はそんな様子の生徒たちへ、四月に注意を施した。あとは生徒の責任であり、こんな幼稚園児でもできるようなことを口うるさく言っても意味がないと思ったからだ。自分の想った通りにやらせればいい。それで困るのは己自身なのだから。

 そしてその礼もせずに我先に廊下へ向かって行ったのは――彼女、色川咲楽であった。

 それと、彼女に引っ張られるようにしてクラスを出て行った榊原結城。

 彼、彼女を見て、麻綾は思う。

 榊原結城は言葉使いは少々荒い所はあるが、根はマジメで、成績もそれなりに良好。普段の素行も問題はなく、優秀な部類に入る。

 それに比べ色川咲楽はとても不安になるような生徒だった。友達は多く、悪いことはしない子ではある。ただ、成績はふらふらと良かったり悪かったり。ちょっと猪突猛進なところがあって、今回みたいに挨拶もちゃんとせずクラスを出て行く。別に毎日そんな風にしているわけではなく、根はマジメなのだろう。

 長所と短所は表裏一体とは言ったものだ。

 色川咲楽はその目標に向かって真っすぐな所はとても良い所だ。ただ、それでちょっと周りが見えなくなるところがある。

 特に――榊原結城に関しては顕著だ。

 いつも一緒にいて、周りからは夫婦だなんだとからかわれている。


(わたしには……あの二人がただ単に仲がよろしい幼馴染だとは思えない。なんだか、お互いがお互いを依存しあっているみたいに見える)


 しかし、しょせん他人でしかない麻綾はその二人の問題には突っ込まない様にしていた。

 これはあの二人が、自分たちで解決しなければならないことであるから。

 


 まず、HR後の休み時間。

 咲楽と結城はまず隣のクラスに情報収集しに行った。まず、咲楽の友達と話す。


「ねー、この学校に君島海崎が通ってるって噂知ってる?」

「え、そーなの!? 初めて聞いたんだけど。マジ? え、本当に!?」

「いや、その情報が本当か知らないんだけどね。確かめようとしてクラス回ってるだけなんだけど」


 咲楽の友達らしき人物と仲良く話している彼女であるが、結城はその場にいるだけで話には参加できそうになかった。咲楽と一緒にいるものの完全にアウェーな気がするからだ。

 別に友達でも何でもないが、結城も周りの男子たちに聞いてみるも、誰も彼もが知らなかったりする。たとえ知っている人がいても、あくまで噂程度の信憑性の低い情報だということが分かるばかり。

 もう少しで一時限目の授業も始まるし、二人は自分の教室に退散することにした。


「あ、新情報掴んだら教えてね咲楽」

「あいあいさー! まっかせておいてよ」



 ――それから五〇分ほどが過ぎ、一時限目の授業が終わって休み時間。

 今度は二年生の教室に向かう咲楽と結城の二人。二年生には知り合いがいないのだが、そんなこと気にも留めずズカズカと二年生の教室に入り込む咲楽。

 上級生がいきなり教室に入れば下級生はちょっと緊張するだろうに、咲楽は別にそんなこと考えもしていなかった。

 それが彼女らしさであり、良い所でもあるのだろう。

 そもそも、彼女は上級生の雰囲気がまるでない。

 童顔であるせいか、背が少し低めであることが要因であるのか、ちょっとばかし幼児体型であることが元凶なのか、元気一杯で無邪気な性格だからか、それらすべてが原因なのかは分からないが、子供っぽいとは良く言われている。

 そして、そんな彼女を初めて見た人たちの多くはこう思うはずだ。

 ――何だコイツ。

 結城も、ごもっともだとは思っている。日常的に一緒に居るから感覚が麻痺してしまっているだけかも知れないが、これが彼女であり、そういうものなのだと受け入れてしまっている。


「わたし、三年生の色川咲楽って言うんだけど、君島海崎のウワサ話に興味があるの。何か知ってる人いない?」


 誰彼構わず話しかけれる咲楽のコミュニケーション能力には尊敬の念を抱く結城。

 最初は戸惑うだけの二年生であったが、段々と咲楽と打ち解けていった。

 だが結局のところ、有用な情報は何一つ出てこなかった。しかし、咲楽は二年生に新たなる友人関係を築いてしまったようで、話が脱線して思いっきり趣味の話を二年生としだした。そのときの結城は、話にまったく参加できず、ただそこに居るだけという疎外感で縮こまってしまったのであった。

 なんだかんだで一〇分間の休み時間は二年生とのトークで過ぎ去ってしまい、何の情報を得ることもなく終わった。

 次は数学の授業ということもあって、憂鬱感を抱きながら自分のクラスに結城たち二人は帰って行った。



 そして――五〇分間の数学の授業に現れる睡魔との格闘を無事終わらせた咲楽と結城は、再び情報収集に向った。もう一度二年生の教室へと向かった二人は、またも有力な情報を得ないまま、咲楽は更なる友達を作り、結城は疎外感を感じ、休み時間を終えた。

 せっかくの休み時間が、何もなく消えてゆくのに身を震わせる結城であったが、咲楽と約束してしまったのだから、それを破ることなどできるはずがない。だから、ここは耐えることにした。



 さらに五〇分後――次の授業を終え、情報収集と行きたいところだが……。


「よし、ゆうくん――」

「次は体育の授業だぞー」

「え、今なんと?」

「次は体育の授業だから体育館に移動だ」

「くそっ……やられた!」


 物凄い剣幕で頭を抱えながら机に肘を着く咲楽。おおげさにやるあたり、これもマンガかアニメの再現なのだろうが、結城はその元になったネタを知らないのでどう反応してあげればいいのか分からなかった。


「もーゆうくん反応してよ! これ結構有名なネタよ? めちゃ古いけど……」

「そんな古いネタなんか知らんがな。それより早く行かないと。木山先生は遅刻に物凄いうるさい」

「分かってるって」


 体育の授業を担当している木山先生は授業に遅刻すると説教が異様に長い。その説教をしている間は当人以外自由時間となるので、誰かが授業に遅れてくることを期待しているくらいなのだ。

 だが、その犠牲には絶対なりたくないので木山先生の授業スタイルを理解してしまっている今では誰も遅刻することはなくなった。

 無論、結城と咲楽も同じである。

 だから情報収集に時間を割くことができないのだ。

 話を聞きに行きたい気持ちをグッと押さえ、結城と咲楽は体操着を持って体育館へと向かった。



 そしてさらに五〇分後――体育の授業でいい汗を流し、ようやく午前中の授業を終えた結城と咲楽の二人は晴れ晴れとした気持ちだった。これから楽しい楽しいお昼ご飯だからである。

 先日から共に食べている一年生の西條海実にしじょううみ。彼女は電脳病を患ってしまっていて流暢に話せなくなってしまっている。

 そんな彼女はクラスメイトからイジメの対象となってしまっている様で、咲楽はそんな彼女を助けるべく昼食は一緒に取ることにしたのである。

 二人はお弁当を持って一年生のクラスへと向かう。

 いつも通り海実がいるクラスを覗いて彼女を呼ぶのだが、姿が見当たらない。


「あれ? ねぇねぇ、海実ちゃんはいないの?」


 咲楽は近くにいた男子生徒に聞いてみた。


「え、西條? 今日は休みですよ」

「休み? どうしたんだろう?」

「体調不良らしいっすよ」


 それを聞いた咲楽は考え込んだ。


「体調不良……ねぇ、ゆうくん、放課後お見舞い付き合って」

「相変わらず行動早いな。まぁいいけど」


 そういう一直線な性格は咲楽の良い所だ。やると決めたら即実行。ウジウジしないその性格に、誰もが彼女に惹かれていく。だから咲楽には知り合いがたくさんいるのだろう。

 ただ、一緒に遊んでいるところをあまり見たことがなく、結城と一緒に居る方が明らかに多い。

 それが彼女にとって良いのか疑問ではあるが、彼女が結城と一緒に居ることを望んでいるのだから、結城はそれに応えるだけ。

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