第二章‐2『ガールズデート』

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 翌日――七月六日、土曜日。


「あ、海実うみちゃーん!」


 駅前で元気よく手を振り、駆け寄る色川咲楽しきかわさくら。彼女の先にいるのは西條海実にしじょううみとその母だった。


「こんにちは、せん、ぱい」


 今日の海実は一味違う。休日に出かけるということは、もちろん制服など着ておらず私服である。その私服がなんとも清楚感あふれる白いワンピースなのだから、咲楽は目を奪われてしまった。

 こっちはとりあえず最近の流行を取り入れた感バリバリの白チュニックと短めのパンツを合わせた無難なファッション。似合っているかどうかは別だ。

 なのに、海実はバッチリ似合っている。もう咲楽的には一〇〇点満点あげたいくらいに。


「う、うん、こんにちは海実ちゃん」

「色川さん、娘のこと、よろしくお願いしますね」

「はい、任せてください。可愛い水着を選んであげますから!」

「うふふ。色川さんのような優しいお友達ができて本当によかったわね海実」

「うん……」


 恥ずかしそうに言うその姿は、咲楽の目には天使のように見えた。いや、咲楽は確信した。彼女は天使なのだと。


「よし、では行ってまいります!」

「いってきます、お母さん」


 海実の母親と別れ、咲楽と手を繋ぎながら歩く。周りを見て、危険はないかどうかしっかりとチェックする。道路側はもちろん咲楽が歩くし、歩行者や自転車が通るときはしっかりと注意を促す。それが天使を預けられた者の責務なのだから。


「海実ちゃん大丈夫?」


 街中を歩くのは慣れているのか慣れていないのか、よく分からない咲楽はとりあえず聞いてみる。小柄な彼女の身長に合わせるために少しだけ屈み、口元に耳を近づけた。


「はい、平気、です……」

「そっか。ごめんね、わたしこういうのよく分からないから。もし何かあれば遠慮せずに言ってね。あ、喋るの辛かったら手とか服を引っ張ってくれればいいよ」

「それも平気、です。でも、大きな声は、出せない、です」

「りょーかい! あ、もう少しで着くからね」

「はい」


 ニコッ、と笑うその顔を見て、咲楽は鼻血を吹き出しそうになったが寸前で思いとどまる。正直危ないところだった。街中で、どこの誰が見ているかも分からないところで鼻血を吹き出す女子高生なんてドン引きされるだろう。もしクラスの人たちに知られてしまえば、きっとほとぼりが冷めるまで数日間不登校不可避だ。


「ふー、ふー」

「あの、色川せんぱいも、大丈夫です、か?」

「ん? あー、気にしないで――」


 その時、心配してくれている海実のことを見た。それがいけなかった。首を傾げながら心配するその姿は、数々のアイドルやアニメキャラを見てきた咲楽でさえもこれ以上はないと思えるほどに可愛らしかった。


「ぶー」


 そのとき、咲楽は悟った。これは数日間不登校不可避だと。

 鼻の奥が熱く、何か温かいものが流れ出てくるのを感じたからだ。

 素早く鞄からハンカチーフを取り出し、鼻に当てた。周りをキョロキョロと見回し、知り合いはいないかと警戒する。その様子に違和感を感じたのか、海実が更に心配する。


「色川せんぱい? 本当に、大丈夫、ですか? えと、鼻血が……」

「ん? あーあ、大丈夫だよ。問題ない問題ない! さて行こう!」


 声がうわずっていたが気にせず、ここは強行突破を図る咲楽。右手に海実、左手にハンカチを持ち、歩道を歩んでいく。周りの目など気にせず、ただひたすら目的地だけを考えて。


「あれ、咲楽じゃん」


 ビクゥっと身を震わせ恐る恐る後ろを振り向くと、そこには他校の生徒ではあるが、友達の日村紅炎ひむらかれんがいた。

 赤毛のロングヘアー、高身長で巨乳、だけどボディラインはスラッとしていてモデルなんじゃないかと勘違いしてしまうほどの美人。目つきは鋭く、ちょっとキツイ性格に見られることもあるらしいが、別に彼女はそんな性格ではない。まぁ、ちょっとサバサバしてはいるのだが。

 それになんと、彼女は咲楽と同じくオタクなのだ。彼女はコスプレを専業としており、よくコミマでコスプレをしている。咲楽とはそのコミマで出会った。


「か、紅炎……」

「ちょっと鼻血? 大丈夫なの?」

「うん、大丈夫だよ」

「そう……。で、今日は彼はいないの?」

「いないよ。今日は海実ちゃんと一緒にお買いもの」

「あ、あの、はじめ、まして……」


 海実は声を出そうとするが、上手く声が出せず小さな声になってしまった。

 その様子を見て、紅炎は悟る。目線を咲楽に向けて確認を取ると、咲楽は頷いた。

 紅炎は屈み、海実と顔の位置を合わせて言った。


「はじめまして。咲楽の友達の日村紅炎ひむらかれんだよ。海実ちゃん、でいいんだっけ?」

「はい。あの、上手く、しゃ、しゃべれ、なくて、すみ、すみま、せん」

「あー、はいはい。別に気にしないよ。で、アンタたちこれから何買うの?」

「ふっふっふ……ちょっと早いけど水着を買うんだぜ。で、明日さっそくプールに行くんだ」

「そっか……それは彼も行くの?」

「うん? うん。ゆうくんも行くよ。あ、紅炎も来る?」

「いや、わたし、明日はちょっと予定あるからさ」

「そっかぁ……残念。海実ちゃんの友達もっと増えると思ったのに」

「別に遊ばなくたって友達になればいいっしょ。海実ちゃんは、わたしと友達は嫌?」

「い、いえ……嬉しいです、とっても、とっても」


 恥ずかしそうにするその姿、何度も言うが非常に可愛らしいものだった。案の定、紅炎もその可愛らしさにノックダウン寸前だった。危うく、未知で禁断の領域に入りかけた。そう、いわゆる百合と呼ばれる世界に。


「咲楽、明日のプールに行けないことを呪いそうだわ」

「うん」


 グッ、と親指を立てる咲楽。ちょっとキメ顔である。この二人に何やら同じ共通認識が生まれ、更なる友情が芽生えた気がした。

 そんな、友人との再会であった。


「じゃ、わたしは行くから。明日、楽しんできな」

「楽しみまくるよ。じゃあね、紅炎」


 紅炎と別れた咲楽は再び目的地へと歩き出し、約一〇分。

 目的のデパートへとやって来た二人は、水着を取り扱っているお店へと直行した。

 やはり、今年は七月初頭からとても暑いこともあって中は客で賑わっていた。

 品ぞろえも豊富で、しかも安いこのお店に咲楽は毎年お世話になっている。


「ねぇ、海実ちゃん。どういう水着がいいかリクエストはある?」

「えっと、じゃあ――」

「うんうん」

「あ……えっと、お任せ、します」

「うん、りょーかい。海実ちゃんに似合うすっごく可愛い水着を探し出してあげるよ!」


 それからの咲楽は早かった。数種類の水着をパパパっと手にとってはちょっと考え込み、ものの数秒で頷いて元に戻すかそのまま手元に戻すかをしていた。

 おそらく、頭の中でその水着を海実に着せて似合うか似合わないかを判断しているのだろう。自慢ではないが、咲楽は妄想に自信がある。今までどれだけ妄想の中で動かされたキャラクターがいるのか、それは計り知れない。その内容はお察しだ。


「これとこれとこれ! あとこんなのも用意したよ! ってこんなに出されても困るよね。ごめんね、たはは」

「いえ、大丈夫、です。私に一番似合うのを、お願い、します」

「よっしゃ! じゃあ試着しよう」


 試着室の前までやって来た二人。咲楽はまずどれを着させようか悩み、唸った。


「うーん、えーと、まずはこれからどうぞ!」

「わ、分かり、ました。じゃあ、着てきます」


 それから咲楽と海実だけのとても小さなファッションショーが開始された。

 水着は色んなタイプを用意した。定番のビキニタイプに、パンツ部分がハイウエストなタイプ、ちょっと可愛らしいひらひらのフレアタイプ、大胆にお腹の部分がカッティングされたスクール水着タイプ。

 どれも共通して咲楽が思ったことがある。


(海実ちゃん、着やせするタイプ!?)


 自分のちょっと貧相な体つきを見て思わずため息を吐いてしまった。

 海実の体つきは驚くことに小柄ながら出るところは出て、引っ込むところは引っ込んでいる、女の子ならだれもが羨むようなものだった。ゴクリ、と咲楽は喉を鳴らす。


「う、海実ちゃん、そのスタイルはい、一体どうやって……?」

「えっと、別に、特別なことはしてま、せん」

「なん……だと……」


 思わず一昔前に流行った少年漫画のセリフを言ってしまった。なぜ、一昔前の漫画のセリフを咲楽が知っているのかというと、ネットスラングとしてそのセリフだけはネタとして生きているからである。


「ところで、どれが一番、似合って、いました?」

「あーそうだね。それが本題だったよね。私は水色のひらひらかな。小柄な海実ちゃんにはシンプルに可愛い水着が一番だと思うよ」

「そう、ですか。じゃあ、それにします」

「うん。明日はそれ着て、ゆうくんを魅了しちゃいなYO!!」

「え……榊原せんぱいを、ですか?」

「うん! 魅惑のボディと可愛さを備えたハイブリッドによってゆうくんを悩殺だよ!!」

「うぅ……」


 そう、これが見たかった。

 恥じらう乙女を見たかったのだ。

 天使のように可愛いその表情と仕草。鼻血モノで反則級の存在である海実の俯くこのショット。完璧でパーフェクト。同じ意味だが、二重に言いたくなるほどに彼女は可愛かった。ある人は言った『可愛いは正義』だと。


(さっきからわたし、可愛いしか言ってなくね? まぁいいや、可愛いのは事実だし)


 それからは咲楽の水着を探す番になった。海実はどれが咲楽に似合うかどうか見ることはできなく、残念そうにしていたが、こればかりは仕方がなかった。

 結局、咲楽は貧相な体つきを誤魔化すために海実と同じひらひらのフレアタイプにした。フリルの部分がふわっとしていて、まるで胸が大きい人に見えるからだ。

 だけど、元々胸が大きい海実と並ぶと、小さいことが明るみに出てしまうことを、咲楽は気づいていなかった。


「じゃあ、買うもの買ったし、お昼ご飯にしようか。ご希望は?」

「特に、ない……です。色川せんぱいにお任せします」

「りょーかい! 美味しい所知ってるから、そこに行こう。パスタは大丈夫?」

「はい、食べれます」

「なら早速行こう!」


 元気よく海の手を握って歩き出す。咲楽が言っていたパスタのお店はこのデパート内にある場所で、とても美味しいことで有名である。そのパスタを食べる為だけにこのデパートに来る人もいるだとか。

 ちょっと早めの昼食だったおかげで有名店なのにあっさり店内に入ることができた二人は、案内されたテーブルの椅子に腰かけた。

 メニューを眺める咲楽だが、別に選んでいるわけではない。ここに来たら必ず食べる決まっているメニューがあるのだ。


「海実ちゃんはどんなパスタが好き?」

「和風が好きです。きのことか」

「なるー。じゃあ、これかな。きのこづくしの和風パスタ。エリンギとしめじと、えのき、それにしいたけも入ってるよ」

「とても美味しそうですね。じゃあ、それに、します」

「おっけー。じゃあ、注文しちゃおう」


 店員を呼んでメニューを注文した。海実は先ほど決めたきのこづくしの和風パスタ。咲楽はここに来たら必ず頼むアレを注文した。


「――で、わたしは不思議な国のドキ☆ドキパスタで」


 ふざけているのか、と思われても仕方がない名前だし、そもそも地雷臭漂うその名前は、その名の通り地雷なのである。限られた選ばれし者(口に合う少数派の人)のみが食すことを許された魔のパスタ。

 色川咲楽という人物は、その限られた選ばれし者なのである。

 厨房はざわついており、まさか、とか、本当なのか? とか、その注文自体が信じられていなかった。注文を伺いに来た店員さんは二度、いや三度確認したので間違いはない。

 そんなことを気にせず、海実と話す咲楽。


「あ、ちょっとトイレ――ゴホン、お花を摘みに行ってきまーす」

「あ、はい。いってらっしゃい、です」


 別に女の子同士だし、知り合いなのだから隠す必要はないのだが、咲楽はわざわざ隠語に言い直した。これはただ単に彼女の中で密かなトレンドなだけである。

 海実は一人で黙って待っていると、横から聞き覚えのある声が聞こえた。


「あれ、西條じゃん。こんなところで何やってんの?」

「うわ、本当だ。オシャレなんかしちゃって、何、彼氏とデートかよ」

「やめなって、コイツに彼氏なんかいるわけないんだからさ。きっとお母さんと来たんだよ」

「マジで? ダッサ。やっぱお前は友達いないのな」


 その声はクラスメイトの女の子二人だった。海実は声だけで判断できるほどに彼女たちの声を聞いてきた。いつも海実の悪口を言っている二人組。名前は最上凜さいじょうりん西川麻衣にしかわまい。正直、海実にとって一番会いたくなかった人たちだった。


「ねぇ、何か言ったらどうなの?」


 最上凜は海実が電脳病によって上手く喋れないことを分かっていて言った。

 それに便乗する西川麻衣。


「ホントホント」

「あ、あの、わたし……」

「あ? 聞こえねーよ! もっとはっきり喋ろやこの電脳病!」


 それは言ってはいけないことだった。社会的にも、倫理的にも、人の病気をネタにして嫌がらせをするなど、クズのすること。しかし、精神的にもまだまだ子供な彼女たちは平気で人の病気を弄る。


「あれ、何買ってんの?」


 最上凜は面白いネタを発見した気でいた。彼女が大事そうに抱えるその袋。その中には先ほど買った水着が入っていた。それを力づくで取り上げた。


「ぷ……見ろよ麻衣、コイツ水着買ってるよ。電脳病の癖に何に使うんだよコレ」

「もしかして、イケナイことに使うんじゃない? エン――」

「どりゃあああああああああああああああああああああああああああああ!!」


 その時、最上凜と西川麻衣の体が一気に傾き、みっともなく店内の床に倒れる二人。咲楽がアグレッシブに二人に飛び蹴りを放ったのだ。とりあえず二人が倒れた拍子に吹き飛んだ海実の水着を取り戻して返してあげた。


「アンタたち、海実ちゃんに何やってんのさ! いじめ? 嫌がらせ? 目障りだからここからさっさと出て行けっつーの! このクズがッ!!」


 思わず結城の言葉使いを真似てしまった咲楽だったが、それが良い威嚇となった。最上凜と西川麻衣は逃げるようにしてこの店を後にしたのである。

 周りからパチパチと拍手が沸き上がる。どうやら、周りの客も先ほどにいじめに対して嫌な想いをしていたようだ。確かに、見ていて心地良いものではない。そう思うなら、誰かしら止めに入ってもいいんじゃないだろうか、と思う咲楽であった。


「大丈夫、海実ちゃん?」

「はい、大丈夫ですよ色川せんぱい。とっても、カッコよかった、です……」


 またしても見てしまった。

 今日だけで何回天使のような表情を見るのだろうか。

 もう今日は海実のこの天使のように可愛い表情だけでお腹一杯になった気分だった。まぁ、注文した不思議な国のドキ☆ドキパスタは食べるのだが。

 運ばれてきたパスタを食べながら、先ほどの嫌な出来事を忘れるために談笑する。


「明日のプール、楽しみだね」

「はい。榊原せんぱいを、のうさつ、しちゃいます!」

「ははは!! しちゃおうしちゃおう!」


 そして、楽しい一日が終わる。

 でも、次の日にはもっと楽しいことが待っているのだ。

 結城、咲楽、海実の三人でいざプールへ!

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