第23話 竜人のベート

「貴様ら、どういうつもりだ!」


 ゼロはすぐさま起き上がり、槍を投じた蜥蜴人リザードマンたちを睨みつけた。


「ソレハコチラノセリフダ、ゼロ」

「ワレラハテキヲカッタニスギナイ」

「ナンノフマンガアル?」


 蜥蜴人リザードマンは口々にそう答える。


「とぼけるな。貴様ら、私を狙っただろう」


 アレフは明らかに、ゼロを庇った。つまり彼に刺さった槍はゼロに向かって投げられたものなのだ。


「カクジツニ、アテルシュダンヲ、トッタダケダ」

「ソイツハ、オマエヲコロサナカッタ」

「ダカラ、カバウトハンダンシタ」


 蜥蜴人リザードマンたちは血も涙もない冷血動物ではない。絆を知り、情を理解し、結束を重んじる。


 だからこそ、他者のそれを利用する事もあった。


「フマンガアルノカ、ゼロ?」

「無論だ」


 ゼロは伸びた爪を構え、蜥蜴人リザードマンたちからアレフを庇うように立つ。


「ナラバオマエハモハヤ、ゼロデスラナイ」

「ワレワレノナカマデハナイ、トイウコトダ」


 そう言われ、胸がざわつく。ゼロとて彼らに強い絆を感じていたというわけではないが、それでも仲間は仲間だ。


「──知ったことか」


 だが、ゼロは吐き捨てるように答えた。仲間とて許せないことはある。


「…………ホウフクハナッタ。ヒキアゲルゾ」


 ゼロを相手にする不利を悟ったのか。蜥蜴人リザードマンは血を流して倒れるアレフを見下ろしそう言うと、背を向けて引き上げていった。


「アレフ!」


 すぐさまナイが、それにやや遅れギィ、ヘレヴがアレフに駆け寄る。


「アレフ、アレフ、アレフ! どうしよう、血が……!」

「心配、すんな……このくらい、かすり傷だ」


 アレフが背中に腕を回し槍を引き抜くと、ぼたぼたと血がこぼれ落ちた。


「そんなわけがないだろう」


 ゼロは冷静に、そう指摘する。


「槍が臓器に達している。……このままでは、死ぬ」


 今まで何体もの獣や人を殺してきたゼロの目には、アレフの負った傷が助かるものではないのは明らかだった。それどころか、意識を保っている事が不思議なほどだ。


「そん、な……」


 ナイがへなへなとくずおれて、呆然とアレフを見つめる。


「ワタシに、報復するか」

「……しない、わ……意味が……ないもの」


 ぎゅっとアレフを抱きしめて、ナイは嗚咽を押し殺しながら、そう答えた。蜥蜴人リザードマンの価値観では、仇を討たないというのは個人を軽んじ、仲間を侮辱する行為だ。


 だがしかし、ゼロにとってナイの選択はアレフを軽んじるものとは思えなかった。むしろ……彼の存在が大きすぎるがゆえの選択に思えた。


「おい、アレフ」


 ゼロの声に、アレフはかろうじて視線を向ける。血を失いすぎたのだろう。その瞳は光を失い、濁り始めている。


「口を開けろ」


 そう命じると、ゼロは長く伸びた爪で己の手首を切り裂いた。


「何……だ……?」


 そして小さく開かれたアレフの口元に、それを押し付ける。


「何を……してるの?」


 ゼロの突然の奇行に、ナイは目を瞬かせた。


「ぎっ、ぎぃ、ぎぃぃっ!」


 すると、ギィがアレフの背中を指差し騒ぐ。深く抉られた傷口から零れ落ちていた血が止まり、それどころか肉が徐々に盛り上がっていく。

 紙のように真っ白だったアレフの肌に血の気が戻って、彼は不思議そうに目を瞬かせた。


「……何を、したんだ?」

「お前の傷を治した」


 アレフの問いに、ゼロは端的に答える。


「……驚いたの」


 目を丸くして、ヘレヴは呟いた。


「お前さん、竜人ドラコニアじゃったのか」

竜人ドラコニアって、おとぎ話じゃなかったの?」

「ぎぃ?」


 彼女の言葉にナイが聞き返し、ギィは聞き覚えがないのか首を傾げる。


「わしも今の今までそうじゃと思っておったんじゃがの……」

「何だ、それは」


 ゼロ自身知らないようで、眉根を寄せるへレヴに尋ねた。


竜人ドラコニア。それは名の通り、人の姿イコンを持つ竜のことじゃ」

「人の、姿……?」


 ゼロは呟き、怪訝そうに己の身体を見回した。


 人の姿イコンというのは蜥蜴人リザードマンのような獣人たちにとって、特別な意味を持つ言葉だ。獣人は、人の姿イコンを持たない。二足で立ち、道具を操り、言葉を介しても、しかしその姿は獣に近いものでしかない。


 妖精たちのような、人間に近しい姿ではないのだ。

 今のゼロの姿もまた、人よりはよほど竜に近い。


「言い伝えの話じゃ。実際にどのような姿をしておるかまでは知らぬ。じゃが、竜人ドラコニアは妖精の魔法とはまた別の、特別な力を持つという」

「はっきり言って、竜人ドラコニアがおとぎ話だって言われてるのはその力のせいでしょうね」


 へレヴの言葉を引き継いで、ナイがため息をつきながら、言った。


「何でも望みを叶える力、だなんて」

「……なるほど、な」


 確かにおとぎ話としか思えない、滅茶苦茶な能力だ。しかしその話を、ゼロはするりと飲み込んだ。確かに、望みは叶ったからだ。アレフに勝つための力が欲しいと願い……そして彼の命を救うための力がほしいと祈った。


「確かにワタシにはその力があるようだ。と言っても、言葉の響きほど便利なものではない。自分の能力を好きなように強化するという性質のものだろう。……それにもう、打ち止めだ」


 先程まで体内を駆け巡っていた万能感。それはアレフの傷を治した時に、すっかりゼロのうちから失われてしまっていた。おそらく、回数か強さかに制限があるのだろう。


「……ともかく、これで借りは返した」


 ゼロは長い爪の生えた手でぎこちなく槍を拾い上げると、肩に担いだ。


「どこに行くんだ?」

「さあな。──ワタシはもう、ゼロじゃない」


 それはつまり、もはや蜥蜴人リザードマンたちの群れの中に居場所はないということだ。行く宛もなく、姿も変わり、名すら失った竜人ドラコニアは、しかしどうとでもなるだろう、と半ば自棄になったような気持ちで考えた。


 どうせ今までだって一人だったのだ。何も変わりはしない。


「一人だと大変だぞ」


 まるでそんな思考を見抜いたかのように、アレフは言う。


「別に。今までも一人だったようなものだ」

「そうか?」


 アレフはギィ、ナイ、ヘレヴの三人を見回し、笑みを浮かべていった。


「どんだけ強くったって、たった一人じゃ安心して寝ることもできねえんだぜ」


 実感のこもったその言葉の重みに、竜人ドラコニアはハッと気づいた。


 今までずっと、たった一人孤独に生きてきたつもりだった。

 だが、違ったのだ。今までずっと、守られていた。


 蜥蜴人リザードマンたちは血も涙もない冷血動物ではない。絆を知り、情を理解し、結束を重んじる。


 ──たとえ、同族ではないことを知っていたとしても。


「なあ。お前さえよかったら、俺たちと暮らさないか?」


 あるいはその為に、蜥蜴人リザードマンたちは決別を伝えたのではないか。アレフにはなぜか、そんな風に思えていた。


「ワタシは、お前を殺そうとしたのだぞ」

「だが生かそうともしてくれただろ」


 ついさっきまで死にかけていたというのに、ケロリとした口調でアレフ。


「……ま、いいんじゃない。蜥蜴人リザードマンの仲間からは外されたみたいだし」

「わしらは皆、はみ出しものの集まりじゃからの」

「ぎっ、ぎぃ!」


 他の者達に視線を向ければ、諦観にも似た呆れとともに、そんな言葉が返ってきた。


「ワタシ、は……」

「──ベートだな」


 悩む竜人ドラコニアに、アレフはそんな言葉を投げかける。


「もうゼロじゃないんだろ? なら、さっきは俺が勝ったから、お前はベート2番目だ」


 その言葉に、竜人ドラコニアは目を見開いた。


 それは。


 心の奥底で、ずっと欲しかった名前。孤独なゼロではない、前と後ろのある数字を意味する名前だ。


「……つまりワタシが勝ったら、アレフと名乗って良いのか?」

「言いやがる。今すぐ再戦するか?」


 しばしじっと目を閉じ、ニヤリと笑ってみせるベートに、アレフは両拳を打ち付けた。


「いいだろう。では──」

「いいわけないでしょっ!」


 槍を構えようとするベートとアレフの脳天に、ゴチンと音を立てて木の実が落ちる。


「治ったとはいえ怪我してたのよ。あんたも……」


 ナイがぎろりと睨みつけ。


「ベートも。無傷じゃないんだから、しばらくは大人しくしてなさい」


 どこか照れくさそうに、そういい直した。


「……ああ」


 頭に感じる、小さな鈍い痛み。


「そうさせて貰おう」


 生まれて初めて感じるその痛みに堪えながら、ベートは頷いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る