第19話 森妖精の粉薬
「くそっ、またか……!」
入り口に生えた木を破壊する物音に、アレフはがばりと起き上がる。
アレフが叩きのめして以来、
「アレフ、あんた、血が出てるじゃない!」
「ああ、こんなのは掠り傷だ。ツバでもつけときゃ治る」
そうは言うが、アレフが
そして同時に、
「それより、しっかり隠れてろ。あいつら結構やるぞ」
前衛に盾で押さえつけられ、槍を投げられてはアレフも庇いようがない。
知能が低いなどとはとんでもない。戦い……それも一対一のそれではなく、戦争と呼んでいい規模の大きい戦いにおいては、
「強いだけでは生き残れない……か」
「そうだ。
「駄目だ」
ナイの提案に、アレフはすぐさま首を横に振る。
「自分たちの住処を自分で守れないものなんて、対等には扱われない。そんな借りを作れば、俺達は
だからこそ、ミョズヴィトニルはあんな事をアレフに言ったのだろう。気に入ったという言葉に裏はなく、せめてもの助言だ。
だが王としての判断は、好悪の情など考慮されずに下される。もし今アレフが助けを求めれば、彼は間違いなく一方的な条件を突きつけてくるだろう。
「そうは言うが、旦那様。このままでは……」
「なあに、あいつら全員、戦えなくなるくらい叩きのめせばいいだけさ。何匹いるか知らないが、あいつらの数が尽きるか、俺の体力が尽きるか根比べだ」
そう、アレフは嘯いて。
そして、殆ど休むことも出来ぬままに、三日が経った。
もし前者であれば、そもそもアレフの狙いは成り立たないのだ。
そうでないとしても──食料が、持たない。
アレフが狩ってきた
緊急用の干し肉はいくらか備蓄してあるものの、やはり新鮮な肉に比べれば食べにくく、味も悪いし栄養価も低い。連戦で消耗されていくアレフの体力を補えるようなものではなかった。
「はあ、はあ、はあ……」
アレフが、肩で息をしながら撤退していく
当初の戦いと違って彼はもはや、敵を殺さないだけの手加減をしていなかった。そもそも、疲れ果てた身体ではそれだけの力を出せないのだ。
そんな状況ではトドメを刺すほどの余力は、もはやアレフには残っていなかった。
「アレフ。少しでも休んで」
「……いや……」
広場の入口を睨みつけたまま、座ろうとすらしないアレフに、ナイは悟る。
もはや彼には一度座り込めば、起き上がる力すら残されていないのだ。
「……アレフ」
ナイは薬草を幾つか口に含み、噛みしだいて混ぜ合わせると、アレフの名を呼んで彼の首に腕を回す。
「なん、だ……ん……っ」
そしてその唇に口をつけ、口内の薬草を舌で押し込んだ。
「お前……何、を……」
「ギィ、お願い!」
ふらりと身体を大きく揺らすアレフを突き飛ばすように押して、ナイは叫ぶ。すかさず、ギィが布を張った木の板をアレフの下に敷いた。そこにアレフはどうと倒れ、意識を失う。
「睡眠剤よ。これで、半日は起きないはず」
寝息を立てるアレフを見下ろし、ナイは腕で唇を拭いながら言った。
「……やるんじゃな」
「ええ」
それは、三人で話し合っていたことだった。いよいよアレフが限界となれば、他の三人で戦うしかない。
ナイはひたすら森に篭もり、弓矢で敵を追い払い、かなわない相手は『避けられぬ死』と名付けた
ヘレヴは
ギィは敵からは逃げ隠れし、罠を巧妙に使って難を逃れ、昆虫や小動物を喰らい泥水をすすって生きてきた。
今までアレフと違い、まともな戦いなどこなしたことのない三人だ。
種族全体が狩人であり戦士である
──それでも。彼女たちは、既に戦うことを決めていた。
生まれて初めて手に入れた帰るべき家を。
生まれて初めて手に入れた家族を、守るために。
「よし。旦那様は家に入れたぞ」
ギィがアレフの下に敷いたのは、ヘレヴが作った簡易的な台車だ。車輪のついたそれを引けば、ヘレヴの力でもアレフの体を運ぶことができる。
「……やるわよ」
「ぎっ!」
「うむ」
弓矢。短刀。大槌。
三者三様、思い思いの武器を手に取り、少女たちは決意した。
十二時間、自分たちの手でアレフを守り抜く事を。
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