第12話 木造の家

「おー、結構形になってきてんじゃねえか」

「だから声をかけたらどかすって言ってるでしょ!?」


 メキメキと壁のようにそびえる木々を引き抜いて現れたアレフに、ナイは叫んだ。


「これ生やすのも力を使うんだから、あんまり無駄にしないでよね」

「悪い悪い」

「悪いと思ってる奴は二回繰り返さないのよ!」


 言っても無駄だと薄々悟りつつも、ナイは文句を言わずにはいられなかった。


「ぎぃっ!」

「おかえりなさい……だ、旦那様」

「おう、ただいま」


 アレフはパタパタと軽い足音を立てて飛びついてくるギィを受け止めながらも、恭しく頭を下げるヘレヴに挨拶を返す。


「……何、その旦那様って」

「な、何って……その、アレフがこの家の主であるなら……旦那様じゃろう?」


 どこか温度の低い視線でじろりと見つめてくるナイに、ヘレヴはわたわたと答える。


「ま、好きなように呼んでくれればいいさ。しかしまあ……」


 当のアレフは大して気にもとめない様子で、彼女たちが出てきた建物を見上げる。


「家は専門外だ、なんて言ってた割に、なかなかしっかりした作りじゃねえか」


 そこには、木を組み立てて作られた立派な家があった。作りは簡素だが、しっかりと木が組まれていて隙間もなく頑丈そうだ。


「い、いや、本当に簡単なものじゃし……それにナイやギィも手伝ってくれたから……」

「ぎぃっ!」


 恐縮し縮こまるヘレヴとは裏腹に、ギィは自慢気に胸を張る。


「さて。これで水と家は問題ねえ。となると差し当たって必要なもんは……食い物か。お前たちは普段何を食べてたんだ?」

「ぎっ!」


 真っ先に答えたのは、やはりギィであった。彼女が誇らしげに服の中から取り出したのは、小さなネズミの死骸。それと、バッタのような虫だった。ヒッとナイが息を呑む。


「ネズミはわしもよく食べていたのう。虫は美味しいのか?」

「ぎっぎぃ」


 ヘレヴは興味深そうに問うが、顔をしかめて首を横に振るギィの様子を見るに、さほど美味しいものではないらしい。


「ナイは?」

「私は……この森で成る木の実や、それを狙って迷い込む小鳥なんかね」


 ナイの言葉に答えるように、梢から木の実が彼女の手のひらの中に転がり落ちる。


「でもあんた達全員を養えるほどの量は取れないわよ。特にアレフはたくさん食べそうだし……」


 パキリと硬い殻を割り、中の白い種子を口に入れて、ナイ。確かにそんな小さな種では、百個食べてもアレフの腹は膨れそうになかった。


「……そういや、はしごか何かかければここから出られるんじゃねえか?」


 燦々と降り注ぐ日光を仰ぎ見て、アレフはふとそう口にした。森の上にはぽっかりと穴が空き、青い空が見えている。穴はかなり高いが、果てが見えないと言うほどではない。これだけの木材があるなら、届くはしごも作れそうに思えた。


「無理よ。見て」


 しかしナイは首を振り、弓に矢をつがえて天めがけて撃ち放つ。それは森を少し越えたあたりで、まるで見えない壁にでも当たったかのように跳ね返り、落ちてきた。


「不帰の迷宮の名前は伊達じゃないの。そこに出口があるように見えても、けして出ることは出来ない。入ることは、小鳥の羽でも出来るんだけどね」

鉱精ドワーフたちも壁を掘り進んで地上への階段を作ろうとしたことがあるそうじゃ。だが、ある程度掘り進むと見えない壁に阻まれそれ以上進めぬのだという」

「へえ……そいつぁ参ったな」


 ナイとヘレヴの説明に、アレフは髪をかく。


「ぎぃ……」


 それは彼が『面白い』と思っているときの仕草だと知っているギィは、なんとも言えない表情で小さく呻いた。


「ま、どっちにしろこのダンジョンを出る気はない。それよりは当面の飯だな」

「それに、あんた達の服もね」


 ナイに指摘され、アレフはキョトンとした。


「あんた達、同じ服をずっと着たっきりじゃない。正直ちょっと……臭うわ」


 ナイは控えめに、しかしはっきりといった。


「ナイもそうだろ?」

「私はちゃんと毎日着替えてるのよ!」


 へレヴからは鉄と油と炭の匂い。ギィからは下水のような匂い。そしてアレフからはむせ返るような汗の匂いが漂っている。鼻の良い彼女にとっては少々耐え難いものであった。

 正直、アレフの匂いは不思議と嫌ではないのだけど……と考えかけて、彼女は首を振る。


「とにかく、病気を予防する意味でもしっかりとした着替えは必要よ」

「ナイの服はどこで手に入れたんじゃ? 森精エルフの魔法か何かか?」


 殆どボロ布のような三人の服と違って、ナイが着ている服はしっかりとした布を縫い合わせて作られた立派なものだった。


「魔法と言えば魔法だけどね……この木が成長すると、花を枯らしたあと綿毛をつけるのよ」


 ナイが指し示したのは、森の中にある小さな木だった。幹も彼女の指より細く、木というより草という方が相応しい。


「その綿毛をほぐして紡いで糸にして、ひたすら織るの」

「へえ。じゃあ、それを──」

「絶対イヤ!」


 アレフが言い終えるより早く、ナイは叫ぶように拒否を示した。


「これ一着作るのにどれだけ手間暇かかると思ってるのよ! それを三人分も、しかもあんたみたいにでっかい男の服を作るなんて、このダンジョンが崩壊するまでかかるわよ」

「……じゃあどうしろってんだ?」


 珍しく困ったような表情で、アレフ。


「であれば、麻か皮かのう……わしも詳しくはないが、鉱精ドワーフの服はそのどちらかで作っておるそうじゃ。わしが今着ておるのも麻じゃの」

「ぎっ!」


 呟くヘレヴの言葉に、ギィが反応して手を挙げる。


「ギィ、どっちか知ってんのか?」

「ぎっぎぃ!」


 アレフが問うと、彼女は下から何かが生えるようなジェスチャーをしてみせた。


「ふむ。麻が生えている場所を知っているのかの?」

「ぎぃ!」


 コクコクと頷くギィ。


「皮の方は、わしに心当たりがある。素早く凶暴ゆえに鉱精ドワーフはあまり狩ることをせぬが、旦那様なら問題ないじゃろう」

「服に出来るくらい大きい獣を狩るんなら、肉も手に入るな。よし、じゃあ二手に分かれて集めるとするか」

「はい!」

「ぎぃっ!」


 元気よく返事するヘレヴとギィ。


「え?」


 ナイは目を瞬かせ、ヘレヴとアレフを見、ギィに目をやって。


「え?」


 もう一度呆けた声をあげた。

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