第7話 鉱精の国

「しかし、こいつはどうしたもんかな」


 ぼやきと共にアレフが焚き火の炎にかざすように見つめるのは、半ばからぽっきりと折れてしまった剣。一応刃先も回収してはきたものの、押し当てておけば直るというものでもない。


「あんたには剣なんて要らないんじゃないの」


 横たわる『避けられぬ死』の亡骸を一瞥し、ナイは呆れ半分の声をあげる。

 この大男と話していると、ただ大きいだけの蛇にそんな仰々しい名前をつけていたことがなんだか気恥ずかしくなる。


「そんなことはないさ」


 おどけたように肩を竦めて、アレフは言った。


「刃物がないと血抜きが難しいし、髭も剃れないだろ」


 そう答えるアレフに、ナイは安心と呆れのないまぜになったような感情を覚える。

 武器がないと不安だ――――そんな『当たり前』の返事が返って来ないことに、彼女は確かに小気味の良さを感じていたのだ。


「この辺に刀鍛冶なんかいないのか?」

「あると思う?」

「そりゃそうか」


 だから。


「あるわよ」


 アレフの驚いたような表情に、ナイはしてやったりと笑みを浮かべた。






「止まれ」


 がしゃんと音を立てて、アレフの鼻先で槍が交差される。

 その音か声かに怯えて、早速ギィが「ぎぃっ」と小さく悲鳴を上げてアレフの脚の後ろに隠れた。

 そんなに怖いならナイと一緒に森で待ってればいいだろうに。


「よお、こんにちは。調子はどうだい」


 そんなことを思いながら、アレフは番兵たちに馴れ馴れしく話しかけた。

 槍を互いに掲げて交差させているのは、どちらも立派な髭を蓄えた二人の小人たちだった。

 背はアレフの腹くらいまでで、ギィより少し高い程度。

 だがその腕はギィの腰と同じくらいの太さがあった。

 鉱精ドワーフ。石小人などとも呼ばれる、火と鋼の種族だ。


「ここから先は我らの国」

「立ち入ることは罷りならぬ」


 彼らはその体躯に似合わぬ頑強さと勇猛さ、それに合わせたような頑迷さで知られている。


「そうか、残念だな。せっかく土産も持ってきたんだが」


 アレフがひょいと掲げたのは、大水蛇サーペントの肉。

 そして、ナイの作った蜂蜜酒ミードだった。


 ポンと栓を抜けば漂う甘い香り。そこに交じる酒精の得も言われぬ芳香に、鉱精ドワーフの番兵たちはごくりと唾をのみこんだ。


 鉱精ドワーフといえば頑強頑固頑迷。

 そして同時に、意地汚く欲張りなことでも知られているのだ。


「こりゃすげえ」


 首尾よく鉱精ドワーフたちの国に入り込んだアレフは、そこに広がる光景に思わず目を向いた。

 番兵たちの守る小さな門をくぐり抜ければ、そこは石造りの街だった。

 家々がいくつも立ち並び、道は白いレンガで丁寧に舗装されている。

 家のサイズや天井がアレフから見ればやや小さいように思えるが、それこそ鉱精ドワーフたちが一からこの空間を作り上げたことの証左であった。


 住んでいる鉱精ドワーフたちはせいぜい二、三十人と言ったところだろう。数だけで言うなら国どころか、村と呼ぶにもおこがましい小さな集落だ。

 しかしその作りの見事さは、番兵たちが国と呼ぶのもけして大げさではない。そう思えるほど整備された空間だった。


「さて、鍛冶屋はどれかな」


 大通りをずんずんと歩きながら、アレフは窓から家の中を覗き込む。

 何せ火と鉄の申し子、鉱精ドワーフたちの街だ。

 あちらこちらからトンテンカントン、カンテントントンと鎚の音はするのだが、作っているものは鍋であったり、鋤であったり、鎧であったりと中々刀鍛冶がいない。


「ぎぃ、ぎぃ」


 小人の国を堂々とうろつき、腰をかがめて家の中を覗きまわる大男を、道行く鉱精ドワーフたちは遠巻きに眺めて小声で何事か交わし合う。

 そんな様子をギィは服の裾を引っ張って必死に伝えようとするのだが、


「なんだよ、ギィ。……ああ、鉱精ドワーフってのは、どいつもこいつも髭もじゃの爺さんしかいないんだってよ」


 などとアレフは意に介した様子もない。


「おっ、ここだここだ」


 とうとう彼は刀鍛冶の家を見つけ出すと、鉱精ドワーフ用の小さな扉をガチャリと開けた。


「……なんじゃ」


 刀鍛冶の鉱精ドワーフは突然入り込んできたアレフを一瞥もせずに、鎚を振るいながら低い低い声で聞く。


「この剣を直して欲しいんだけどさ」


 臆すこともなくアレフが折れた剣を鞘から取り出すと、鉱精ドワーフはようやく顔を上げてちらりと視線を向けた。


「つまらん仕事じゃな」


 しかしそれも一瞬のことで、彼は吐き捨てるように言うとすぐに視線を手元の剣に戻す。


「直せるのか?」

「四半刻もいらんわ」


 言って、鉱精ドワーフは焼けた鉄を水に突っ込む。じゅあっと音を立てて湯気が溢れ、剣はキラキラと輝きを纏いながら引き出された。


「おお……」


 一目見ただけで、アレフの持つ剣とは根本的に違うものだとわかる。折れた剣を継いで綺麗に直し、新品同様になったとしてもこれほどの輝きは生まれまい。


「対価は」

「ああ、これでどうだ?」


 思わず剣に見惚れていたアレフは、鉱精ドワーフに問われて懐からじゃらりと板のようなものを数枚、手渡す。今までピクリともしなかった鉱精ドワーフの表情が、驚きに歪んだ。


「こりゃあ……」

「鉄より硬い、大水蛇サーペントの鱗だ」


 死してなお、大水蛇サーペントの鱗はその硬度を失っていなかった。

 皮から剥いで鎧にすれば、軽く堅固な鎧になるだろう。

 鉱精ドワーフたちなら別の使い方も思いつくかもしれない。


「なるほど」


 どの道これなら十分、剣を打ち直してもらう程度の価値はあるだろう。

 鉱精ドワーフが鱗を懐にしまい込むのを見て、アレフは笑みを浮かべた。


「これは貰っておいてやる。だがわしは、人間なぞの為に振るう鎚はない」


 鉱精ドワーフが、そう返すまでは。






「いやあ、参ったな」


 アレフはガシガシと髪をかきながら、はははと笑った。


「ぎぃ……」


 あまり参ったというようには見えないが、そうでもないのだろうとギィは何となく察する。

 結局のところ鉱精ドワーフたちの反応は皆似たりよったりだった。

 最初の鉱精ドワーフのように話を聞くならまだ良い方で、端から相手にしてくれなかったり、脅して鱗を奪おうとするものまでいた。


「どうだ。我らが国は楽しかったか?」


 もともとこうなることがわかっていたのだろう。

 そんなアレフの様子を見て、番兵たちは酒をあおりながらせせら笑う。


「ああ。今度来るときはもうちょっと楽しめるといいんだけどな」


 そう答えて、アレフはひらひらと手を振った。

 しかし鉱精ドワーフの国から少し離れるとその表情はいつになく真剣なものに引き締められて、ギィはその足に縋り付くようにして裾を引っ張った。


「ぎっ、ぎぃっ!」

「おっと悪い、ちょっと考え事をしててな……」


 危うく彼女を蹴飛ばしそうになり、アレフは慌ててたたらを踏む。


「もし」


 そんな彼に、声をかけるものがいた。

 小さな背をローブで覆い隠し、深くフードを被っているため顔すら見えない。


「その剣を、わしに預けてはくれんか」


 その小人は、しわがれた声でそう言った。

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