伝達 二〇一三年 春

 電話をするまでは半信半疑だった。

 

 過去の事例についての説明は聞いていたが、これまで真面な人間と接する機会が少なかったため、

(この人も結局は、いいところだけを摘(つま)み食いするつもりじゃないのかな)

 という疑念を、拭(ぬぐ)い去ることはできなかったのだ。

 また、電話をしようと公衆電話のプッシュボタンに指を置いた途端に「今までの実母との出来事」が数限りなく思い出されてしまった。

(何を弱気な――)

 自分を叱咤(しった)しつつ、ボタンを押す。心はまだ乱れていて、どうにも収集がつかなかった。

 ところが、ワンコール後に電話に出た相手の、

(もしもし)

 という落ち着いた第一声を聞いた途端、不思議なことに疑念や「あれもこれも話したい」という気持ちが落ち着いた。そして、話をすべき点がすっと収束するような気がした。

 これまでの経緯と、現時点での問題点および対応すべき事項。

 それらがまとまった形で口から出る。思った以上に簡潔に要点を説明できたことに、自分でも驚いた。

 電話の向こうの男性は、途中で一切口を挟まず、すべて聞き終えた後に落ち着いた声で言った。

(貴方のお気持ちはよく分かります。本当に大変でしたね、立派ですよ。ご苦労様でした)

 その声を聴いて、今までの苦労が報われたような気がした。

 今まで「他人は何もしてくれない、自分だけが頼りだ」と、必死になって肩肘(かたひじ)を張っていたことに気づく。途端に、涙がぼろぼろと瞳から流れ落ちてきた。

 私は静かに涙を溢(こぼ)す。

(後はすべてお任せくださいね)

 電話の向こう側からからは、どこまでも落ち着いた声が聞こえてきた。


(では、浄化を始めましょう)

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