幕間その一

二〇一二年 秋

(液晶プロジェクタの投影画面が暗くなり、同時に蛍光灯が灯されて部屋が明るくなる) 


 以上、我々『Nの子供たち』の記念すべき第一事案をご紹介しました。

 なお、今回の内容紹介では省きましたが、初めての事案ということもあり、現場では慣れないことで大変に辛い思いをされた方がいたのではないかと思います。

 参加された方、本当にお疲れ様でした。そして、本当に有り難うございました。

 今回のことで、皆さんが思い悩む必要はまったくありません。

 依頼をされた方からは、

「これでやっと私は『人として駄目な父親』という腐った泥沼から解放されて、自由に生きていくことができます。大変感謝しています。本当に有り難うございました」

 という、皆さんへの感謝の言葉を頂きました。

 皆さんは、これほど人に喜ばれることをしたのですから、本来は堂々と胸を張ってよいと思います。そのことを理解できない『愚民』が多いという、日本が陥っている悲しい現実はありますが、今回参加できなかった仲間たちは、ちゃんと見てくれていますし、今回の実績を高く評価しています。


 さて、今回の対象者は最低の人間でした。

 滓(かす)で、屑(くず)で、どうしようもない害悪でした。

 皆さんもそう思いませんか。

 自分が守るべき妻と子供を虐待する夫なんて、精神的に、未成熟で未発達で自分勝手で意志薄弱な人間、だと思いませんか。

 それに、今回の対象者は勤務している会社の上司には従順で、同僚や部下に対しても声を荒げることなんかなかったそうです。職場ではむしろ気の弱いお人よしと考えられていました。誰も家族に暴力を振るっているとは思っておりませんでしたから、家族だけが被害者だったのです。

 「強い者にはとことん弱く、弱い者にはところん強い」という恥ずべき存在です。

 また、周囲にお住いの方々は「頻繁に大きな声がきこえている」ことぐらいは分かっていたはずです。 ただ、それが「日常御茶飯事」と受け止められる環境でしたから、誰も気にしていませんでした。

 これは隣人として「配慮に欠ける」ことだと思いませんか。

 今回、皆さんは「残虐非道な人間」が「無関心で無責任な隣人」の陰に隠れて行なっている「人間として恥ずべき行為」から、可哀想な被害者を救出したのです。悲惨な環境の中で懸命に生きている善意の人々を救ったのです。

 皆さん自身は類稀な才能に恵まれました。そして、預言された時にあわせて、この世に生を受けました。

 皆さんは「与えられた者」であり、かつ「選ばれた者」であり、だからこそ人々を救うべき「ノブレス・オブリージュ」があるのです。

 今まではそれをやれるだけの「覚悟や、勇気や、知恵のある者」がいませんでした。だから、こんなにも世界は汚く醜くなってしまったのです。これからは皆さんが「覚悟や、勇気や、知恵」を結集して、世界を本来の清くて美しいものに浄化してゆくのです。

 

 さて、今回の依頼に対する解決策は、「本人の悪行を暴露して社会的な制裁を加える」ことよりも、より「直接的に排除する」ことのほうが適切だと思われましたので、そうしました。

 しかし、これはとても『優しい対応』だったと思います。

 七年間も家族を虐待し続けた男なのに、自分自身はたったの二時間しか我慢しなくてよかったのです。

 彼が家族に加えた暴行の数に比べて、彼が殴られたり、蹴られたりした数は圧倒的にに少ないのです。

 記録した映像は拝見しましたが、それにも関わらず彼は、

「何故、自分がこういう目にあうのか、理由が分からない」

「痛い。もうやめてくれ」

「何でも言うことを聞くから、助けてくれ」

 といった情けない言葉を発し続けていました。

 これは彼が言ってもよい言葉ではありません。彼の被害者である家族にこそふさわしい言葉です。

 彼は単に「自分がやったこと」と同じことをされただけです。しかも期間も回数も遥かに軽減されて。

 それでも自らの行為を反省できないのですから、法の下の裁きや刑務所でこのような輩の改悛を促したとしても、実際には「ただの時間の無駄」でしかありません。

 こんな腐った、反省すらできない人間は生きる資格なんかないのですから、見つけ次第、即刻『浄化』したほうが世界のためになるのです。それは、害虫に生きる権利を認めないのと同様に、常識的なことなのです。

 事案の行われた現場は予想通りの盲点でしたから、参加された皆さんの痕跡は念入りに消しました。

 そもそも皆さんは彼とは無関係ですし、使用した靴については全て処分してあります。

 鉄の棒やコンクリートブロックなどの『道具』も同様です。

 事実を伝えるものは、映像しか残されておりません。それは皆さんの英雄的な行為を記録したものとして、未来永劫保管されるでしょう。そして必ずや賞賛されることになるでしょう。

 我々『Nの子供たち』がこれから行おうとしていることは、「社会的な害悪を見つけ次第、徹底的に浄化」することです。そして、それがこの世界に正しい秩序をもたらすのです。

 

 私たちが世界を浄化するために使わされた者であることを、これからも決して忘れないで下さい。

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