044 Strike a [Gong/Blow]



 セレネの初弾は呆気無く躱された。続く雨あられもまた、鳥を捉えるには至らない。

 イスカは残像すら残るほどのキレで左右へ射線を振り回し、亡霊と見紛うほどに弾幕をすり抜ける。


 その隣で、修二も引き金を引いた。放たれるのはライフル弾ではなく成形炸薬HEAT弾。

 夏希もまた両手に剣を握り、その二薙ぎで四の砲弾を切り拓いて接近を開始する。

 そこへイスカが飛び込んだ。


『参ります』

「カモン!」


 実弾と粒子弾のすれ違う中、巨体と矮躯がまたすれ違い、その一瞬で五度、刃が瞬いた。

 修二にはおぼろげにしか見切れなかったが、仕掛けたイスカに対して迎撃する夏希、という攻防だ。

 そのまま絡みつくようにしてイスカは追撃を続ける。

 セレネは誤射を恐れて射撃をやめて、しかし修二は撃ち続けた。


『くそっ、小賢しいわね!』


 当たり前だ。イスカは小さく、早い。その高速戦闘に追いつけはしないが、砲弾を送り込む程度は出来る。

 アポローンは巨体で、セレネの射撃はそれほど精度がよくない。彼女の射撃では巻き込んでしまう。

 つまり、この状態になれば一方的に有利が取れる。


 だから今のうちに一発でも多くの有効打をねじ込まなければならない。

 夏希の苛烈な攻めを封殺している間に。

 修二は少しでも着弾までの時間を短縮すべく前へ出た。


 片手を打ち切り、弾倉をスイングアウト。バックパックに正確に接続し、リローダーによって全六発を一括装填する。

 その間二発分、二秒もない。すぐさまもう片手をリロード。慣れた手つきでアポローンを狙う。

 この動作一つ取っても死ぬほど反復練習を繰り返した。フェザーダンスの改修機故に容量ペイロードは大きいが、しかし『ビーク&タロン』はリロードのマクロ一つも積めない程に容量一杯まで使い切って作られている。


 リボルバーカノンとでも言うべきこの装備はカーンの発案だ。


 ――とにかく、威力と手数が欲しい。生半可な威力じゃアポローンの装甲に任せて突破されちまう。取り回しもだ。

 ――そらそうやろうけど、そこ両立したら他は大変やで。射程も精度も装弾数も死んでまう。

 ――てことはアテがあるんだな? 中距離で使えればいい。装弾数は両手で持って交互にリロード出来ればごまかせないか。

 ――分かった。用意しとくで。


 とにかく修二のフェザーダンスには火力が足りておらず、砲身を切り詰め射程を大幅に落としてでも、十分な威力と最低限の連射性を両立する必要があった。

 弾速の低さと単発射撃という欠点はそのまま夏希に迎撃されうることを示していたが、一方でアサルトライフルの火力のなさは装甲に任せた突撃を容易にしていた。

 勿論それだけであの雛森真冬が満足するはずもなく、修二もこの程度の装備では夏希とセレネには太刀打ち出来ないと知っていたから、それを更に魔改造してある。なんと名付ければいいか迷うほどに。


「こりゃ中々キツいなぁ!」


 夏希は片手で砲弾を叩き斬り、時折回避も交えながら、纏わり付くイスカの対処に苦慮している。

 と言ってもあのイスカが致命傷どころか有効打の一撃さえ入れていないことを鑑みるに、これだけ一方的に撃ち込んでようやくイーブン。

 イスカの動きをドローンがしていると考えればこれでもお釣りが来るほどだ。


 巨剣を躱したその先でイスカは槍を振り回すけれど、肩の関節部を狙った鋭い一振りは腕の装甲が阻む。

 そしてイスカにとっては強烈な、剣の柄での殴打。イスカはジェット噴射で下へ逃れ、恐るべき俊敏性で着地から伸び上がって股関節の付け根を狙う。

 それを見越して放たれたリフティングの如き膝蹴りを完璧に受けきり、整った姿勢からジェット噴射で本命のカメラアイを目指す。

 夏希はそれをあろうことかヘッドバッドで吹き飛ばした。


「セレネ!」

『りょーかい!』


 セレネが来る。

 修二はそれを察していながら、意にも介さず射撃を続けた。右装備をリロード。

 セレネが撒き散らす粒子弾を左に避けて、回り込もうとするセレネを確認し、そこで修二は地を蹴るとともにブースターを蒸かして急加速をした。

 ホイール式だったフェザーダンスと違ってビーク&タロンは脚力とブースターで動いている。こういう時のために即応性が必要だった。


 尚も接近してくるセレネに、修二は一つの確信を得る。

 リロードを終え、それを構えるのではなく叩きつけるように振り抜いた。


『んな』

「っらぁッ!」


 爆音。


 真正面からぶん殴られたセレネは、インパクトの瞬間に起きた爆発も合わさって、バットで打ち抜かれたボールのように真っ直ぐ吹っ飛んでいく。


『っによその装備は!』


 夏希にぶつかる寸前でセレネは身を包んでいた翼を広げて静止した。

 ダメージが通ったのを修二は確認する。翼の動きがどこかぎこちない。

 そこへ飛びかかったイスカは夏希によって払われるが、イスカは気にせず夏希への張り付きを継続する。


 殴打と同時に指向性の爆発によって衝撃を増す打撃装備。言うなればデトネーションメイスか。

 長方体の銃身の上下は、ぐるりと爆薬のベルトで包まれている。


 近接戦闘と射撃戦を両立するために考案された、多目的複合回転式砲棍。


「能がない分、爪は山ほど隠してきたさ」


 銃撃を再開し、接近を続ける。

 修二はふとこの武器に相応しい名前を思いついた。

 反撃を叫び、突き上げた拳。


「こいつがその一つ――『ストライクバック』だ!」


 夏希は冷静に剣を振り回し、セレネへ襲いかかるイスカを打ち払う。かと思えばその剣は急所を狙うイスカの槍を阻みに行き、そして反撃のために振りぬかれる。

 着地しては跳ね上がるイスカに、修二は確信を持って告げる。


「予想通りだ」

『――では、手筈通りに。相手もそろそろ動くでしょう』


 イスカは宙を舞い上がり、体重の乗った一撃をセレネへ見舞う。

 セレネは翼を閉じてアポローンの首に足をかけ、衝撃を踏ん張って耐える。


「セレネ」


 夏希はその相棒に声をかけた。


「抑えてて」

『任せなさい!』 


 セレネがイスカへ粒子弾を浴びせかける。

 修二の再三のリロードに合わせ、イスカに一撃引っかかれるのも気にせず、夏希は飛び出した。

 両手の巨剣が唸りを上げて、両の袈裟から振り下ろされる。


 修二はその巨剣の間を広げるように、内側からストライクバックを叩きつけた。

 炸薬がもたらす威力が名も無き巨剣をビーク&タロンの外側へ逃す。


「く、そっ」

「まだ――!」


 受け流されたと感じた時には既にアポローンは蹴り上げを放っていて、修二はそれを想定している。

 バックブースターと脚力で大きく後ろへ飛び退り、どうにかやり過ごした。


 ムーンサルトに移行する(ドローンのする動きではないが、修二はもう驚かなかった)夏希へ撃ち込むものの、それは剣がまとめて薙ぎ払われる。

 反転しての振り下ろしから横に逃げて、一歩分の距離を空ける。


 分かっていたことだが、修二は呻いた。

 こちらの連射に対してあっちの迎撃が間に合っている。それは単発射撃ゆえに避けられない問題だった。

 加えて、一振りで二発の弾丸を薙ぎ払うという夏希の神業。


 成長している。夏希もまた。


 それでも修二は夏希が全力ではないと感じていた。本気であっても絶頂にはいない。

 だから今、仕掛けるしかない。


 チャージは三つ。仕留めるには物足りない。


 ――それで、勝機はあるの?

 ――あるさ。夏希の対応力は初見の攻撃にだけは通じない。格ゲーの時もそうだった。


 それでも、少しでも傷を増やさねば勝ち目はない。

 五体満足の夏希ならば、こちらを縊り殺すことさえ可能だろう。


 ――せやかて、そうなんぼも装備積んどったらあかんのやろ? どないすんねん。

 ――同じ技は二度通じないんだ、それなら――。


 大気を引き裂き襲い来る剣を、一つ、二つと受け流す。避けきれて五度、と修二は己の限界を見極める。

 ここは夏希の距離だ、それだけ生きていられるだけでも御の字だと考える。


 求めていた一瞬のチャンスは、四度目を凌いだ先に現れた。


「もらったぁ!」

「オーダー!」


 大きく仰け反ってみせた修二目掛けて、夏希は大上段へ剣を振りかぶる。大きな隙、されど防御には間に合わない。夏希らしい、あからさまな止めの一撃。合わせて修二は後ろへ飛びながらも、音声認証機能を立ち上げた。


「『エコーズブレイド』!」


 機体の肩口から、小さな球体が一つ打ち出された。

 それは強い回転を与えられながらも直進し、そして粒子刃ビームブレードを生み出した。

 物理刃では有り得ない、抵抗を無視した横への高速回転――さながらブーメランのように刃を出して回転する小球が、アポローンへ迫る。


 物理装甲は高熱・高密度・高運動量・電子的侵食性を持つ粒子刃の前では無力。


「その程度!」


 夏希は攻撃を中断せぬまま、横へ一歩避けた。無茶苦茶な反射神経、だがそれは織り込み済みだ。


「オーダー、『エコーズブレイド』!」


 一つ目が外れるより先に、修二は第二射を放つ。刃が抵抗を受けない以上飛んで行く速度は時速二百キロオーバーを維持、その上で回転は強烈。

 刃は今度はプロペラのように広がりながら、上下左右の全てを切り裂き、アポローンへ肉薄する。


 夏希は今度こそ攻撃を中断し、後ろへ一歩下がりながらの刺突で小球を破壊。

 そのタイミングで、修二は両手の砲棍ストライクバックを撃ち込んだ。


 直撃した弾頭の尻から爆轟が蠢き、ライナーは圧力に屈して液状化。

 かくしてモンロー・ノイマン効果はマッハ二十のメタルジェットを生み出し、その重く早い一撃が装甲へと圧力をかけ液状化させ、貫通。だが。


「複合装甲だったのかよ……!」

「備えあれば憂いなし!」


 鋼の裏に隠されていたセラミック装甲が侵徹を阻んでいた。

 セラミックは圧力には強く、メタルジェットでは貫通するに至らない。


 主兵装に取り回しを求めたツケだ。小型かつ低反動で威力を出せた砲弾がHEAT弾だったというだけで、それは対戦車弾としては古すぎる。

 一方、装弾筒付翼安定徹甲弾APFSDSは携行兵器にするには初速が足りなすぎる。

 粒子弾や熱量弾では足を止めるだけの衝撃が足りない。

 現代の弾頭は電子化されていたりと仕組みが複雑過ぎて要領を食い過ぎる。


 瞳であれば、あるいはこの場で関節を狙うような応用が効いただろう。

 だが修二の技術ではそこまで素早く正確な射撃は出来ない。


 分かっている。それを埋めるためのあらゆる工夫が、この機体には凝らされている。


「ポイント!」


 修二の視線をナノマシンが検知し、虚空の一点を照準する。


 ――どうした修二、今のは使い所だったんじゃないのか。

 ――いや……必要な操作が多すぎて、機体動かしながらじゃ手が回らないんだよ。

 ――修二さん、パターン化して音声認証で起動すればどう? 起点の設置と、発射準備、そしてパターンの宣言。どうかな?


「オーダー!」

「二度も同じ手は食わないから!」


 そう叫んで踏み込む夏希へ、修二は更に距離を取る。立体交差点に飛び乗って、打ち下ろすような位置を取った。チャージが一つ追加されるのを視界の端に捉える。

 夏希は躊躇なく追いすがる。


「『テンペストダイアル』!」


 そこへ両肩から小球を解き放つ。

 直進するそれを夏希は斜めに一歩踏み出して躱し――夏希を追うように、それは弧を描き出した。


「うそっ」


 それでも身を屈めて避けてみせる夏希に、修二は笑う余裕もなかった。


「ざっけんな……!」


 テンペストダイアル……パターンは『円を描きながら直進。対になるビットと共にポインタの周囲を回転』。

 二つの球体はその場で円を描いて回転を始め、その周囲を無差別に粒子の刃で切り刻む。

 必死に誘導し、パターンを考えて、完璧なコースで打ち出したそれを、反射神経だけを頼りに避けられてはたまらない。


 けれど、それさえも予想できていたことだ。

 夏希がたかだか修二の想像程度に収まるわけがない。


 その頭上を回転する刃が抑え、加えて機体は斜めに荷重を掛けている。アポローンが窮屈な姿勢にいる今が絶好の機会。


「オーダー、『エコーズブレイド』!」


 修二は肩から放った回転する刃と、両手の携行砲でアポローンの頭部を狙う。

 だが夏希は使い切りの緊急スラスターを全て使いきって、半ばうつ伏せになりながら殺傷圏内から飛び出した。


 ――その背後から襲いかかる最後の刃が弾き返されたのを見て、修二は失敗を認めざるを得なかった。


「もう、なんなのそれ! やりづらいなぁ!」


 エコーズブレイド、パターンは『直進。対のビットに対し吸着、または対のビットと点対称に移動』。


 果たして夏希は気付いただろうか。気づいたに違いない。

 この『ダブレットクロウズ』は二対一式の誘導型ビットウェポンなのだと。


「言ったろ、爪は山ほど隠してきたって」


 通じない。夏希を追い詰めるためだけに練りに練った装備でも、仕留められない。

 それでもこの終わりの見えない詰将棋を続けるしかない。


 夏希が知らないこちらの手の内を完全に配置し、倒しきらねばならない。

 かの怪物は一度見た技を二度は食らわず、それはつまり、修二は隠し玉を切らした時点で勝ち目を失うことを意味する。


 格ゲーと同じだ。n択を押し付けろ。

 自分だけが一方的に優位でなければ――ほんの一瞬でも隙を見せれば――十秒、わずか十秒で修二は地に伏すだろう。


 舐めさせられた辛酸を想起する。

 何も出来なかったあの時を。弱かった自分を、強い彼女を、食い破るためにここにいるのだ。


 その時、横合いから熱風が吹き付けてきた。燃焼剤と思しき液体がこちらへ広がるのを見て、全力で後退。

 立体交差点の頂上から飛行して、交差点の向こうへ着地した。

 灼熱で三重立体交差点が溶け落ち、窪地となる。

 ナパーム弾――やはりセレネか。


「派手だね、こりゃ」

「セレネが我慢できなかったみたい」


 軽口を叩き合いながら、互いに炎の奥を見据えた。

 意図せず開いた距離。仕切り直し。双方が獲物を構え直す。訪れた凪の中で互いに呼吸を図り合う。


 修二は、自分の想定の遥か上を行く夏希の強さに舌を巻き。

 夏希は、自分が相手を侮っていた事に気付かされ歯噛みし。


 互いは互いの評価を天井知らずに上げながら、互いに怪物を相手取る心境で。

 ――それでも勝利を疑うことはなく、言葉さえないままに無数のシミュレーションを始めていた。

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