四章 そして戦いの鐘が鳴る
000 ふたり
「――おかえり、修二くん」
「ああ。ただいま、夏希」
そうして少年と少女は向かい合った。
日差しはとうに傾いて、世界は真っ赤に染まっていた。
三重立体交差点は変わらずの交通量で車両を仕分けしている。
夏希は身を預けていた歩道の欄干からひょいと跳ねると、くるりとポニーテールで弧を引きながら微笑んだ。
修二はそんな彼女の姿にしばらく見惚れてしまっていた。
「そんなに見られると、恥ずかしいよ」
「ああ、ごめん。綺麗だったから」
二人の後ろには、それぞれ従者が声もなく控えている。
セレネは何かを言いたげに。イスカは全てを主に預けて。
「夏希」
「うん」
言わねばならないことを言う。
やらねばならないことをしよう。
修二はとっくに、覚悟を決めている。
壁は高く、敵は強大で、勝ち目はどこまでも薄いけれど。
だからどうしたと、運命に反抗しなければならない。
「――勝負をしよう」
きっと夏希も、その言葉を待っていた。
目を輝かせた彼女は、まるで告白でも受けたかのように胸を手で押さえて、その言葉を何度も反芻するように目を閉じた。
修二は、勝たねばならなかった。
それだけが、夏希の隣に並び立つ唯一の方法だった。
この先どんな強敵が来ようとも、それが夏希を超えることはない。
分かっている。敵はそれほどまでに強大だ。
だからどうした。
これは理屈じゃあない。
修二は夏希に勝たねばならない。そうでなければ納得出来ない。釣り合わない。
夏希を打ち負かさなければ、修二は二度と立ち上がれない。
「――いいよ、やろう」
そうして、自然と突き出した拳を、二人でぶつけあった。
「さいっこうの勝負をしよう。全力で君を打倒する。君がどんなに覚悟しようが、私たちは負けない」
「そうだな。夏希は強い。セレネもだ。――それでも、勝つのはこっちだ」
修二は胸を張って答えた。
そう答えられた。
「俺とイスカなら、誰にも負けない。夏希にだって負けるもんかよ」
修二の目に宿る情熱は、太陽の如くに燃え盛る。
それは夏希がかつて見たもの。己と同じ勝者の本質。
「一度も負けたことのないやつに、負けてられるか」
だからどうした、そう言えること。
ああやっぱり間違っていなかったと夏希は笑った。
鷲崎修二は、誰よりも勝利を信奉している。それはもう、夏希ですら怖くなるくらいに心酔している。
普通の少年のはずなのに、勝利への感情だけは人一倍だ。
ずっと、それを感じていた。
だから敗北の度に悔しくなって、彼は心を折られかけていた。
修二は心が強いわけではない。普通の少年だ。神を見るかのような目で全てを捧げたものに無碍にあしらわれて、心が折れないわけがない。
それも――もう過去の話だ。
もう修二は、普通の少年ではない。気が狂ったと言えば、その通りだろう。
夏希と同じ、ケダモノだ。
それがなければ生きていけない、麻薬のようにそれに依存した、勝利の求道者、探求者。
その生命の全てを賭けて勝利の栄光を求める大馬鹿者。
夏希がその時得た直感は、生涯で味わったことのない、畏怖と敗北感と克己心の綯い交ぜにした期待だった。
さいっこうだ――さいっこうに最高だ。
夏希は今すぐ彼にぎゅっと抱きついて、顔をうずめて、キスをして、好きだと百万回連呼したいキモチをぐっと堪えた。
それは後だ。
彼を完膚なきまでに叩きのめしたその後に、勝者の権利として、彼をわやくちゃにしてやろう。
ぎゅっとして、ちゅってして、そのままずっと離さない。次の勝負の時までは。
鷲崎修二が、まだ弱い少年が、空を目指しているとしても。
勝利のためにそれを叩き潰す事に、否やはない。
それで愛する男がどうなろうとも、雛森夏希は止まれない。
それはもう、あちらだって分かっているはずだ。
病に侵されたこの私に、あろうことか勝負を挑むというのだから。
私がぶっ倒れるとか、彼が心に傷を負うとか、そういうのは関係なくて。
純粋に、勝ちたいから戦うのだ。
「望む所だよ、修二くん。君に、勝者の視点を見せてあげる」
「言ってろ、夏希。お前に、敗北の苦しみを教えてやる」
それだけ言い残して、二人は背を向けて歩き去った。
戦いは一週間後。
アリーナはトライアーム。
あの日、初めて出会った場所で、少年少女は雌雄を決する。
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