040 こたえ



「姉さんと夏希が知り合いで、夏希の弟くんが優秀なエンジニアで、そしたら夏希が縁で姉さんと真冬が出会ったんじゃないかなって、考えてる」

「よく分かりましたね」


 あんな演技をいつもしてるのか、などと真冬のことをからかいながら、修二は彼に連れられて歩いていた。

 繁華街の喧騒を掻き分けながら、修二と真冬は他愛無い会話を繰り返していた。


「僕は、修二さんが羨ましいです」

「姉さんと一緒にいられるからか?」

「それもありますね。悲しいことに、アドレー……瞳さんはそういう目じゃ見てくれませんけど」


 にやっと笑った真冬に、修二はまじかよ、と唸った。


「姉さんのどこがいいんだ……?」

「普段掴みどころがないくせに、ところどころでみょーに愛嬌があるというか、ドジというか」

「あ、分かった、もういいや。長くなるな?」


 繁華街の路地裏に入ると、真冬は少しだけ後ろを気にしながら、更に路地を曲がった。


「……僕はあんまり母さんのこと、覚えてないんです。僕の機体のローンと、維持費と検査費と、姉さんの体もそうで……だからお金もなくて。そのせいで父さんも仕事であんまり帰ってこなくて」


 繁華街を外れて数分もしていないのに、辺りはどんどんと静かになっていく。

 その中で耳を澄ませると、真冬の体からかすかなモーター音が聞こえた。


「暮らしていくのも大変なんですよ。僕がこの年で警察にいるのも、理由の半分はそこです。なんたって機体の維持費がタダですからね」

「……何歳なんだ?」

「修二さんの一つ下ですよ」


 確かに、働くには早い年齢だった。まして警察官として活動するには。


 やがて繁華街を抜けて、その喧騒が潮騒の音に取って代わった頃、真冬は小さなビルに足を踏み入れた。


 エレベーターの制御盤にウェアコンを掲げると、投影ボタンが消滅して、ボタンにはなかった地下一階へと動き出した。

 小さなビルにしては性能の良いエレベーターで、浮遊感も揺れもない。


 どこへ向かっているのか、初めから予想はついていた。


「修二さんは、言うほど才能がないわけじゃないと思います」


 修二は何も言わずに先を促した。真冬は真剣な顔で修二を見つめた。


「僕は……運が良かっただけなんです。機体の性能と、転写体っていう特異性が、僕にサイバーアーキテクチャの異能をくれた。……それでも、瞳さんの隣にいるのに必死で」


 でも、と真冬は戸惑うばかりの修二を見上げた。


「……修二さんは、姉さんに見出された、たった一人のファイターですからね」


 エレベーターが音もなく静止する。

 真冬は、姉に似た太陽のような笑みを浮かべた。


「根拠なんて殆どそれだけです。でも、十分でしょう?」


 合成音声のアナウンスに遅れてドアが開いた。小さな光の群れが修二の目を釘付けにした。

 どこもかしこも機械に覆い尽くされた部屋に、どこか薄暗く埃っぽいビジョンがオーバーレイされる。


 ここはサード・アンダータウンの一角に居を構える、小さなオートマトン斡旋所。

 真冬は数歩先んじて、振り返った。


「ようこそ、僕の城へ。ヴィンター&アドレーへ」


 無数のサーバーが立ち並び、傷ついたオートマトンが修復される、そこは工場のようでもあった。


 故意に破壊されたと思しき四肢のない体。

 野生化フェラルウィルスに食われて変質したオートマトン。

 一見すると何の変哲もない、けれど意識データが存在しない抜け殻。


 修理槽とでも言うべきだろうか、ガラス容器に密閉され外部の大気から――空間連結体ネットワークから隔離されたオートマトンが、ざっと見て五十体以上。

 その奥にも同様の光を認めて、修二は総数についての把握をやめた。


「総務課第十一係の業務は、サイバーテロリスト、サイバーカルト、違法及び廃棄オートマトンの処理」


 それら全ての修復を担うのがこの小さな少年ならば、彼の言う異能とは、即ちそういうことなのだろう。

 真冬は優先コードを首筋の接続ジャックに繋いで、すぐに引き抜いた。

 まるで全ての修理槽を一度に閲覧したかのように。


 ハイレベルなマルチタスク能力――アンドロイドには稀にいると聞くけれど、まさか。


「そしてここ、七篠第三海上都市電子工場で、警視庁が保護したオートマトンを修復。しかるのち、斡旋業者『ヴィンター&アドレー』へオートマトンを流す……」

「警察と七篠の癒着現場を目撃してんのか、俺」


 七篠といえば日本の電子産業で五本の指に入る大企業だ。

 真冬はにやっと笑って、七篠工業の社員証を表示してみせた。


「法的な問題はクリアしてます。基本的に零細ですし、人手と設備の問題がクリアできてないんですけどね」


 真冬は開けた場所にパイプ椅子を運びながら続けた。


「電子工場とヴィンター&アドレー、両方共担当は僕です。瞳さんはオートマトンの保護が主で……まぁ、こっちは殆ど手伝ってくれませんね」


 苦労してんな、と修二は半笑いで先を促した。

 真冬は咳払いをして話を戻した。


「……ここに連れてきたのは他でもない、巻き込まれた修二さんへの事情の説明のためです。外で話せることじゃなかったので」

「それも真冬がやらされるんだな……」

「これくらいしか出来ませんしね。ですから、答えられる範囲でなら何でも答えますよ。……ロゼさん、業務用七番、電源入れてください」


 真冬の声で、修理槽の森から一人のオートマトンが現れた。薔薇のような赤い髪をした彼女は、一礼をして機器の電源を入れた。

 それを眺める修二の様子に、真冬は苦笑して疑問に答えた。


「うちで修復したオートマトンのうち、外で活動するのが難しい人たちです。彼らの善意で従業員をやってもらってます。……例えばロゼさんは、ナノマシンの発音機能と正常にリンクできません」


 テキストデータで失礼します、とスケッチブックのようにメモ帳を掲げる彼女に、修二はどう反応していいか分からず、ひとまず頭を下げた。

 真冬が置いたパイプ椅子に腰掛けて、修二は一つ大きく息を吐いた。


 聞きたいことは山ほどあって、それを聞きに行くのは気が引けていた。

 ちょうどいいといえば、その通りだった。


「……姉さんと真冬が、この仕事を始めた時期は?」

「去年の世界大会中です。瞳さんがヘッドハントされて、僕がそこに便乗した形で」

「今まで、姉さんが怪我をしたことは?」

「二度ほど。入院は今回が初めてですね」


 気付かないわけだ、と修二は思った。瞳と違って、修二は姉を四六時中監視出来るわけではないし、姉の隠し事を詮索したこともあまりない。

 修二は一つ頷いて、本題に入ることにした。


「……なんでイスカが狙われたんだ?」


 真冬はしばし視線を宙に彷徨わせて、それからゆっくりと口を開いた。


「その前に、『エイリアス・ドミナント』という組織についてお話しておかなければなりません。……ロゼさん、業務マネージャのBを済ませておいて下さい。人選はお任せします」


 ロゼと呼ばれたオートマトンが一礼して退室していく。

 少年はアンテナのような耳を二、三上下させて、それから修二に向き直った。


「修二さん、エイリアスの目的は知っていますか?」

「……ドミナントとかいう人材を確保することだろ」

「正確には「ドミナントの力で自分たちを救済すること」です。では、ドミナントとは何か……」


 タブレット型のウェアコンを叩いて、いくつかのデータを提示した。

 例えばそれは名も知らぬ男のものだったり、イスカのものだったりした。


「簡単にいえば、突然変異を起こしたオーガノイドです」


 その言葉の矛盾に修二が口を挟まないのを見て、真冬は続けた。


「高度粒子機械は人類の隅々にまで行き渡り、その適応力と許容性を持って免疫の代替のみならず、身体機能やその適応性まで強化しました。――異常な形態で生まれた人間を、生物として成立させるほどに」


 とある男のデータが表示される。彼の体には心臓が二つ、肺が三つあった。

 この男は血流の循環に異常があり、粒子機械の助けなしでは脳に十分な酸素が行き渡らないらしい。『異常臓器』と表題されている。


「突然変異は、その多くが生態や環境に矛盾して、淘汰されます。一握りの適応した変異だけが、進化として後の種に受け継がれる。ですが高度粒子機械によって維持される体は、環境に不似合いな突然変異でも容易く許容してしまう」


 修二の目の前を、次々にデータが通過していく。

 さしたる意味のない進化もあれば、中にはニュースやドキュメンタリーで見たような、いわゆる超能力者も含まれていた。


「結果、本来淘汰されるべき変異を引き継いだ異常な生命が生まれてくる……それが、『優性形質ドミナント』」


 体内に発電器官を持つ者、一部体組織が毒性を示す者、呼吸でより多くの酸素を取り入れられる者。

 指が一本多い者、動脈と静脈が所々で繋がっている者、神経が全身に行き渡っていない者。


 それら全ての生命は、粒子機械によって一見して通常の人間と同じように生活していた。


「そして、彼らエイリアス・ドミナントは、それら進化した存在を分析し、己の種にさらなる成長を促そうとする研究者の集団……でした」

「今は違うって?」

「修二さんが体験したとおり、彼らはもう道義を踏み越えた狂信者でしかありません。宗教なんです。優性形質ドミナント及びその保持者は、彼らにとって謂わば聖人、メシアなんですよ」


 なるほど、確かに奴らはイスカへ対してへりくだった態度――自由意志は認めなかったけれど――を取っていた。

 だが、研究の果てに信仰に至るその過程が分からない。


 修二の疑問を汲みとったのか、真冬はまた別のデータを出した。


「……シリコノイドは過去に滅亡しかけ、今人類との共存という形で再度繁栄を目指していますよね」

「あぁ……母体は、地球来訪時のシリコノイドなのか」


 真冬は神妙に頷いた。


「中庸派、あるいは一時的滞在派の、武力行使を厭った側の研究者たちです。彼らは人類という種族の『進化』に着目しました――そこは親人類派も同じでしたが、彼らは最終的に種の新たな進化を経て宇宙へ帰ることを目指しています」


 修二は、ローブの男がイスカを呼ぶ時の言葉を思い出した。


「……導き手」

「そうです。彼らにとって、ドミナントとは故郷への導。彼らを救う者たちの名です。そしてその救世主の名を騙ることで、彼らもまた次のステージを目指している」

「それで、偽名のエイリアス優性形質ドミナントなのか」


 修二は一つ頷いて、別の疑問をぶつけた。


「じゃあ、イスカが狙われる理由は?」

「彼女もドミナントだからです。というより、彼女が全ての発端――あぁ、そうです。ドミナントは本来オーガノイドにしかいません。そう、というのは矛盾している」


 ですが、と彼はイスカのデータをフォーカスした。


「かつて、生命ではないにもかかわらず、その種と比して異常な能力を持った個体がいました」


 電子戦争時代、散逸する記録に紛れて消え去った者。

 単独で戦闘を終了させるために作られた電子の兵卒。

 初期の粗悪品でありながら最新型を尽く屠り続けた特異点シンギュラリティ


 この世で最も戦いに適した知性。戦いの勝敗を決める者。


「その通称を『戦闘適応知能』。MAM019-S……対人用電熱放射型、第一級自律型電子兵装、拾玖型ロ式、秘匿名『交喙』」


 真冬は修二の顔を見た。


「分かるでしょう? 彼女の機体性能は、専用に作ったエグゾスケルトンを装備してようやく形になる程度です。その素体は人の肉体程度の性能しかない」


 知っている。知っているとも。

 その鮮烈な――異常にすぎる強さを。


「けれど、理由は不明だけれど、彼女はただひたすらに強い」


 修二は頷いた。

 彼女の機体は決して優秀なそれではない。本来なら、今どき見向きもされないような性能だ。


 急加速なら、わざわざジェットでなくてもいい。セレネの翼のような粒子噴射機のほうが小回りが聞く。

 彼女には、それを搭載するだけのキャパシティがない。


「彼女が証明してしまった。進化とは決して肉体が起点に起こるものではないのだと。知性にも進化は存在するのだと……その研究の果てには、知性さえも進化した新たな種族が待っていると、彼らは考えたんです」


 真冬は仮想のホワイトボードを映しだすと、そこに一本横線を引いた。


「ここがシリコノイドとの接触。ここが人類のオーガノイド化の開始時期。ここが電子戦争の時代。そして今」


 付けられた印の間に、真冬は無数のタグを泳ぐ魚群のように動かし、貼り付けていった。マルチタスカー特有の、仮想空間における魔法のような操作技術。

 それらが全て電子戦争より後にあることを認めて、修二は呻いた。


「これらは今まで発見されたドミナントの、その発見時期です」


 最後の二枚のうちの一つ、イスカのタグが、電子戦争の印に突き刺さる。


「そしてエイリアス・ドミナントの発祥は、ここ」


 その僅か数ミリ先に、細く線が伸びた。


「イスカさんが、全ての発端。電子戦争の最中、知性は進化すると証明された。ドミナントの研究はそのための方法の模索、ボディ側からの進化というアプローチ」


 つまり、エイリアス・ドミナントが求めるものは。


「――肉体の変質による知性の進化。それが、彼らの目標です」


 修二は気付いていた。

 修二の近くにたった一人、いるのだ。

 イスカと同じように、圧倒的な強さを誇る少女が。無限大に進化を続ける、蝋の翼を得たイカロスが――オーガノイドに。


「そして彼らが求めるものと一致する、正真正銘の優性形質ドミナント――現状この世で最も優れた知性、新たなるヒト」


 最後のタグが、現在の印に突き刺さった。

 震える声で、修二はその名前を呼んだ。



「雛森、夏希」



 真冬は頷いて、複雑に笑った。



「修二さん。貴方は、アルファとオメガの間にいるんです」

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