036 転落する先すら見えないまま
「少年。私からの要求は一つだ。我らの導たる『戦闘適応知能』を、それを納めるそのウェアラブル・コンピュータを渡してもらおう」
その重苦しい鉄の色は決して偽物のそれではない。確かめるまでもなく、引き金を引かれれば修二は死ぬ。
身を竦ませる修二の前で、イスカは片手で槍の穂先を突きつけつつ、黒衣の男に問いかけた。
『私が貴方に黙ってついていくと思いましたか』
「勿論、俗世に毒されすぎた貴方様を浄化するための機器は、こちらに用意してありますとも」
『お得意の洗脳ですか』
「我らの崇高な祈りを口さがなくそう呼ぶ愚か者もおりますね」
合図とともに、修二は思い切り横へ飛んだ。虚を突かれた男が咄嗟に引き金を引くが、港のアスファルトを撃ちぬくのみ。
照準を合わせる男の射線をイスカが遮り、修二を隠す。同時にイスカはその槍を隣の壁面に突き立てた。
『狂信者め。会話もままならないとは』
修二が飛び込んだ先でシャッターが音もなくスライドした。勢いのままに転がり込んだ修二は足をぶつけつつも小さな隙間から中へ入ることに成功する。
イスカもその隙間から身を滑り込ませ、銃声とわめき声を無視してすぐさま扉を閉じる。
彼女が後ろ手に出したハンドサインがなければ、修二は今頃死んでいただろう。
「た、助かった……?」
『いえ……一時しのぎです。逃げましょう、修二様』
イスカは自身の体の発光率を上げ、修二の周囲を照らした。
暗闇の中を恐らくは音波で探知したらしく、イスカは一直線に走りだした。修二も慌てて後を追う。
コンテナ運搬用のトラクターに仮想の槍を突き立て操作し、向かいの壁に横付けする。三メートルはある高所に窓が並んでおり、イスカはその一つをハッキングして鍵を空けた。
『荷物を登って、飛び降りてください』
言われるがまま、修二は必死にトラクターをよじ登る。
ホイールカバーに足をかけ、腕の力でコクピットへ這い上がろうとする。
最中、修二はふと黒衣の狂信者を思い返した。
その顔をどこかで見たことがあった。何度か、ここ最近にだ。
どこだ。シリコノイドを見かけたことなんてそう数えるほどしかない。
ここ最近で行った場所なんて、殆どアリーナしかない、いや待て――アリーナ?
修二が何かに気付いた時、突然、轟音とともに倉庫全体が揺れた。
「な、なんだ……!?」
修二は衝撃でホイールカバーに滑り落ちて、慌てて振り返った。
何かがシャッターを破壊していた。
『まさか』
甲高い金属音と共にひしゃげていくシャッターの向こうから、ライトが強く倉庫を照らしだした。
やがて紙を押し破るようにして、それは現れた。
修二も見慣れた姿だった。
車輪駆動脚部を持つ、背の低い機体。全体的に丸いデザインと、腰の大型エンジン。
両手には本来持っているはずの軍用装備ではなく重機が使う解体作業用の削岩機を持っている。
そのシルエットがひよこのようだから、余計にその凶器は禍々しく映った。
「フェ、ザー……ダンス……?」
旧式軍用ドローン、『Afex2 フェザーダンス』。
修二が愛する機体が、ゆっくりと、倉庫の物々を押しのけながら迫ってくる。
その姿を見たことがあった。あれは、トライアームに安置されていたあのフェザーダンスだ。どうやって修理したのか知らないが……。
かつて戦闘のために使われたそれが、今や骨董品でしかないはずのそれが、たかだか少年一人を狙うために運用されている。
修二は事態の推移に追いつけなくなっていた。
わけがわからない。
なんで軍用ドローンがこんなところにいるのか、なんで自分がそんなものに狙われているのか、『戦闘適応知能』ってなんだ、――なんで宗教テロリストが、イスカを狙っているんだ。
『修二様!』
はっとして登攀を再開する。倉庫は決して狭くはないが、ドローンのサイズには合っていない。
障害物があれの進行を妨げている内に逃げなければ。
……どこへ?
「イスカ、あいつを」
『相手は中にオートマトンを控えさせています! カウンターハックを回避出来ません!』
急かされるように、アテなど無いまま、修二は窓を開けて飛び降りた。
小さなコンテナの上に大きな音を立てながら着地して、イスカの手引で転びながらも走りだした。
「どこ、逃げるんだよ、イスカ」
『まずはここから離れます!』
「でも、市街地にはいけねぇだろ……! あんなのが人のいる所に出てきたら、そんなの」
『――人の心配をしている場合ですか!』
その声音は、聞いたこともないほど切迫していた。
しかしそれも無意味と化した。
ガガガガ! とコンクリートが抉られて、発泡スチロールを叩き壊したように瓦礫をまき散らしながら、フェザーダンスが姿を表した。
その車輪が急速に回転しだす。
フェザーダンスの巡行速度は時速六十キロほど。
走って逃げられるわけがない。
修二が絶望したその先で。
壮絶な破砕音を響かせて、フェザーダンスが転倒した。
「間に合ったか!」
遠くから聞き慣れた声が聞こえて、振り返った。
発射の反動で上を向いたのだろう、物々しい大型ライフルを両手にした、白塗りの警察用ドローン『ウォッチドッグス』。
その開いたコクピットには、鷲崎瞳が座っていた。
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