033 繰り返した敗北に苛まれながら
初めは、格闘ゲームだった。
きっかけは覚えていない。今どき古いといえば古い、2Dの格闘ゲーム。レバーとボタンで操作するそれに、子供の自分はのめり込んだ。
暇さえあればネットで動画を見て、少ないお小遣いをありったけ、ゲーセンの筐体にねじ込む日々。
レトロな筐体にも、最新式のAR筐体にも、タイトルを問わず色んなゲームをやりまくった。
時間も資金も使える限りを使って、腕を磨いていた。だから多くの相手には勝ちまくれた。
ある日……中学校に入学する直前、桜がぽつぽつ咲いてきて、俺もそろそろ大会に出てやろうかな、という頃。
そう歳の変わらない少年と対戦することになった。
なんてことはない、ただの野良試合だ。
けれど相手は強く、自分は負けを重ねていた。
強かった。単純に、同い年だろうという年齢の少年に、実力で負けていた。
きっと自分より昔からプレイしていて、だから強いんだろうなと思った。
けれど負けず嫌いな自分は、ひたすら財布の中から小銭を吐き出し、筐体にねじ込んだ。
結局一度も勝つことはなかった。
もう一戦と思って、財布が空っぽになっていることにふと気付いた。
お金がなければゲームは出来ない。
悔しかったけれど、駄々をこねてもしょうがないことだ。帰ろうと思った。
その時ふと、対戦相手の方を見た。
彼は母親からお金を受け取っていた。
後々、彼が世界大会にまで出るようになって、インタビューで言っていた。
子供の頃から好きだったゲームに、同じくゲーム好きな両親は、『幾らでもお金を出してくれた』と。
――一度目の挫折は、資金だった。
バスケットボールが好きだった。
元々格ゲーと合わせて、小学校ではバスケクラブに所属していた。
小学校の頃は中途半端だったけれど、格ゲーから足を洗ったことだしと思って、中学入学に合わせて心機一転バスケに全力を注ぐことにした。
幸いバスケ部はそこそこの名門で、全国出場経験もある強豪校だった。
チームの空気は勝利志向で、他の多くの部活みたいな適当にやって適当に楽しむ、みたいな意識はどこにもなかった。
その分人数も多くて、レギュラー枠を目指すライバルも多かった。
がむしゃらに練習して、体も鍛えた。
格ゲーの時と同じだ。ありったけの資金と時間を注ぎ込んだ。教本を買い、プロの動画を見続けた。格ゲーの時と違って、部活なら両親も金を出してくれた。
シューズも高級品にした。資金で負けるようなことは、もうなかった。
テスト勉強や、普段の授業、ともすれば教室にいくことすら煩わしくて、部活が終われば今度は家に帰ることすら嫌だった。
練習、練習、練習。学校でも家でもボールを手放さなかった。先輩たちが引くほど練習した。
その甲斐あって、二年では二番目に上手くなっていた。
そう、二番だ。
チームには一人天才がいた。
恵まれた体躯。優れたテクニック。豪快なパワープレイを得意とする少年。自分と同じでひたすら練習していた。
彼とは仲は良かったし、ライバルとして研鑽しあっていた。いいやつだった。二年の頃にはほぼ毎日一緒に自主練習していた。
ただ、そいつは試験勉強すらほっぽりだしてバスケばかりしていた。そこが自分との違いだった。
三年――受験が始まった。
通信制でも十分以上の学力を得られる時代、高校に通わない選択肢もあったけれど、バスケを続けたいからとバスケの名門校を目指した。
そのためには、勉強しなくてはならなかった。
それはあいつも同じだと思っていたし、この二年、勉強していた分としていなかった分開いた練習量の差は、ここで埋められると思っていた。
もう大会は終わって、去年の雪辱は晴らして全国へ出場して、表彰があったりして――色々嬉しい事があって。
ある秋の日、彼が言った。
スポーツ推薦もらった、と。
そこは自分の目指す学校とは別の場所だった。
同じ学校に行こうと言っていたわけではない。どうしてか、そういうことにはならなかった。
けれどそれは、少なくとも自分は、言わずともあいつも同じ所に行くだろうという、身勝手な考えがあったからだった。
彼は、そうではなくなった。
もう中学で大会があるわけではない。練習するのはバスケが好きだったからだし、今後も続けるつもりだからだし、上達したかったからだ。
けれど、自分は試験勉強があった。
彼には、それがなくなった。
受験が終わる頃には、彼と自分との差は決定的なくらいに開いてしまっていた。
どうして、とその時自分は思ってしまった。
どうして、彼だけ推薦が来たのだろうと。
ふっと、蝋燭を吹き消したような音を聞いた。
――二度目の挫折は、時間だった。
高校時代。
色んな事に手を付けた。失った情熱をどこか別のものに求めた。
ゲーム。創作。運動。色んな事をした。
全力で取り組んで、死ぬ気で色んな事をした。
でもその度に、自分より優れた人に出会った。そして色んな壁にぶち当たった。
それは人脈だったり、体格だったり、経験だったり、やっぱり資金や時間だったりした。
それは一般の高校生では乗り越えられないことだった。身長を三十センチ伸ばすことは出来ないし、過去に戻って入る部活を変えることも出来ない。偶然プロと知り合って手解きを受けることも出来ないし、株を当てるのも高校をやめるのも、無理だった。
ある日。姉さんが言った。
V.E.S.S.を始めようと思う、と。
その姉さんが、初めはドローンの操作すら苦手だった姉さんが、三ヶ月の練習で全国大会を優勝した。
資金はなかった。その時姉さんは美人なだけの学生シリコノイドだった。
時間はなかった。大会まで三ヶ月の練習しかしていなかった。
人脈はなかった。体格もなかった。経験もなかった。
ああ、そうだ。その時はっきり理解してしまった。
本当の壁は、そういったものではなかったんだと。
――最後の挫折は、才能だった。
幼いあの日、自分の対面で保護者に見守られながらレバーを握った少年も。
青いあの日、ボールを片手に複雑な顔で自分を見ていた少年も。
才能に溢れた少年だった。
鷲崎修二に、才能はなかった。
平凡な、どこにでもいる、少年でしかなくて――。
だから、色んな物に負けてきたのだと。
お前には上達するだけの才能はないんだと――だから負け続ける定めなのだと――彼らは言っていた。
積み重ねてきた全ての努力と資金は無駄になった。
道化のようだと思った。
ばかみたいだ。
勝てないゲームはつまらない。
つまらないことを続けたくはない。
だから、もう何もしないでいようと。
望まずに、平凡に、勝負を避けていれば、惨めになることもない。
ばかを見るのはもう、ゴメンだ。
そう思っていたのに。
――俺は、イスカと出会ってしまった。
そして今、俺はまた才能に殴りつけられる。
雛森夏希という、どうしようもない天才に、理不尽に振り回されて、惨めな思いをさせられている――。
彼女の境遇と比較すれば、この苦しみのなんとちっぽけなことか。
かつて努力していた、苦悩の果てにここにいる……鷲崎修二の最後の砦すら、貶められた。
誰にも明かさない、自分だけのこの崇高な苦しみすらも、気付けばくだらないものになっていた。
鷲崎修二は失ってきた。
積み重ねてきたあらゆるものを失ってきた。
もう残っているものは。
かけがえのない、隣にいてくれる、己の相棒くらいのもので――。
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