011 呉の工作アンドロイド、カーン


 高度粒子機械による空間連結体NAネットワークNオペレーションOシステムS

 電子の地平を駆けるオートマトンは、ハック・クラックの高い適正を持つ。

 それによる軍事行動が引き金となり、第三次世界大戦――電子戦争が幕を開けた。


 中国は旧チベット内の発電施設が長期間停止。アメリカは早期から集中攻撃を受け、空軍・海軍が相次ぎ自爆。

 日本及び欧州諸国においては電子攻撃に対する抵抗には成功したが、核融合炉がハッキングされ北海道を始めとする各地が消滅。

 それらがほんの数ヶ月のうちに立て続いて連鎖し、物理兵器による制圧という手法は廃れた。


 物理上での戦争が意味を失い、電子上の戦いが本格化する。

 戦闘ドクトリンは敵国の拠点を情報的に制圧することに主眼が置かれ、兵器同士の戦いはオートマトンを主体とした戦いへと切り替わる。

 やがてそれが『凄惨な殺人行為』から『ヒトを害しない駆け引き』にまで落ち着いた頃にはもう、大衆にとって戦争とは経済活動の一環――誇張した言い方をすれば、エンターテインメントとなっていた。

 さながら試合を見守るようなもの。自国の勝利に湧き、敗北に涙し、司令部の采配に不満を垂れる――。


 痛み分けに近い停戦と共に戦争行為は消え去った。

 けれどV.E.S.S.の世界大会とは今でも戦争と同義であり、それはオリンピックのように、世界中が熱狂する一つの祭典なのだ。


 ――だからこうしてフィールドに立つ自分は、分類上は兵士なのだ。

 修二は暇に明かして、授業内容を反芻していた。


「修二くん、ぼーっとしないで」


 世界大会日本国選抜予選第二回戦は、レートを競う通常戦闘。ソロ部門、ペア部門、チーム部門と分かれた中で二週間ゲームを行い、部門ごとにレートが高い順から第三回戦へと抜けていく。

 第一回戦を圧倒的な実力で駆け抜けた夏希は、当然のように注目の的だ。


「っても、俺らの出る幕がねぇんだよなぁ」


 修二は欠伸混じりにぼやいた。

 大概の相手は、そもそもセレネに勝てやしない。イスカとセレネだけでケリがつくこともザラである。

 飛行し砲撃し近接格闘も行えるハイエンド万能機のセレネと、高速・近接戦闘特化型のイスカ。誘いを持ちかけた夏希自身も驚くほどに相性抜群だった。

 正直修二も夏希も黙って見ているだけで勝ててしまう。


 相変わらず胃はきりきり痛むけれど、修二としてはむしろ都合が良かった。なぜなら……いや、と修二は考えるのをやめた。


『セレネ様、お任せします』

『ちょっと、押し付けないでよ!』


 特に打ち合わせるまでもなく、イスカは巧く、セレネは強い。

 二人の長所が噛み合うから、打ち合わせる必要がない。


『あぁもう、鬱陶しいっ!』


 ほぼイスカがセレネを利用している形だけれど、二人の連携は昨日の今日とは思えない。

 今もまた二人を前に大型ドローン二機と獅子と竜が、掌中で弄ばれるようにして傷ついていく。


 五メートルの巨体が両手の粒子ガトリング砲を掃射。イスカはセレネを盾にし、セレネは翼でそれを防ぐ。セレネをターゲットした一瞬の隙をついてイスカが飛び出し、砲門を撃破。

 そのまま飛びかかってきた獅子をイスカはセレネ目掛けて蹴り飛ばし、それをセレネが粒子弾で滅多打ちにする。

 お返しとばかりにセレネは翼を振り回して、食いついてきた竜をイスカに向けて投げ打った。イスカは空中で踊るように一回転し、その首を叩き落とす。


「まぁ、そうなんだけどさ。見てるだけってつまらないじゃん?」

「……まぁ、ちょっとくらい手を出してみるか」


 修二は気だるげにアサルトライフルを構え、その下部からグレネードを撃ち出した。

 グレネード自体は避けられたが、こちらに気を取られた大型ドローンの腕をイスカが切り落とす。空中で高出力粒子ライフルが爆散。


「ナーイス。私もいっちゃうよー!」


 そしてそいつへめがけて、アポローンが砲弾のごとく突っ込んでいく。巨剣を振りかざしての突撃。

 装甲の厚いアポローンは、粒子弾の一発や二発は意に介さない。そのまま体当たりからの頭蓋割り。撃破。


 修二が残るドローンに目を向けると、丁度セレネが頭部を蜂の巣にするところだった。

 実に呆気無い勝利だった。




「おっつかれー!」

「ああ、おつかれ」

 カプセルピットから飛び出してきた夏希と、勢いのままハイタッチを交わす。

 昨日の今日で、とりあえず彼女と会話することには慣れた。引け目を抜きにすれば彼女は竹を割ったような性格で、心地良いことこの上ない。


 打ち合わせた掌がじんわりと熱を持つ。修二は両手をすり合わせながらモニターを見上げた。夏希も釣られて振り返る。


 映像投影ウィンドウいっぱいに、戦場がモニタリングされていた。

 市街地フィールドだと、先程修二たちがいた『首都中央交差点』や『横浜赤レンガ倉庫群』。歴史的建造物だと『名古屋城』あたりか。その他は『密林』『腐敗都市』『近未来・巨大構造体』などの仮想フィールド。


 轟音響くここは電子と粒子の入れ子が織りなすコロセウム。このアリーナ『トライアーム』もまた、V.E.S.S.と名付けられたエレクトロニック・スポーツの競技場だ。

 戦場は十二個。頭上の壁面を等分するARウィンドウ、そのそれぞれに緻密な風景がモニターされている。場所は森や市街地と様々だけれど、共通しているのは飛び交う粒子弾と実弾と、駆け抜けるオートマトンたち。


 モニターから視線を外せば、いつもよりずっと多い観客と、思い思いの表情でモニターを見つめるファイターたちが目につく。

 彼らの違いは誰の目にも明瞭だ。ファイターならば、隣にオートマトンを伴っている。


 修二がウェアコンを叩くと、視線の先に立体投影ディスプレイが開いた。『トライアーム』のホームページから全国大会予選のレート表を見る。一五〇〇スタートのレートは現在一六九八。初日でこれなら十分突破の見込みはある。

 レート戦とはいえ同レートでのみ戦闘が起こるわけではなく、地域内の予選通過者との選択式マッチングだ。修二と夏希は地域一帯のリスト最上位プレイヤーに片っ端から戦闘を仕掛け、現在八連勝。


 歯ごたえがなさすぎるくらいに、二人は勝ち進んでいた。

 もっともそういう時は何かある、と警戒するのが修二の性分だ。

 ちょっとジュース買ってくる、と席を外した二人を見送って、修二はベンチに腰掛けて呟いた。


「イスカ」

『今更ではないかと』


 打てば響くような返答。


 夏希もセレネも、全力ではない。修二は直感していた。

 というよりも、全力を出せる相手がいない、そんな風に見えている。

 それが上手いことカモフラージュとなって、その奥の手だか全力だかを隠せているわけだが。


『すべき事を十全に行えば、結果は自ずとついてくるでしょう』


 翻って、自分のなんと貧弱なことか。


「それが出来たら苦労しないな」

『……差し出口を失礼しました』

「まぁ、お前は気をつけておいてくれ」


 一瞬一瞬に必死だ。足を引っ張らないようにするだけでも難しい。

 こうして衆人環視の中でヘマをこいて笑われるのはごめんだった。


 と、イスカが顔を上げた。


『修二様』

「どうした?」

『……いえ。申し訳ありません、どうやら――』


 訝しむ修二の視界が、販売オートドローンから離れて駆け戻ってくる少女の姿を捉えた。

 そして。


「おい修二ィ!」


 イスカの言葉を掻き消すように、訛りのキツいだみ声が響いた。


「げ」


 その声に思わず苦い声が漏れる。そして謝罪の意味を理解する。

 監視の目が緩んだところにタイミングよく奴がやってきたのだろう。


「ん? どったの?」


 首を傾げる夏希に「ごめん」と一言断って、振り返る。


「よう、カーン」

「呑気な挨拶くれよってからに、修二!」


 カーンはセラミックス製の指先を突きつけて、擬似生体金属オーガンライクメタルの顔皮を怒りに歪めて吠えた。

 彼は修二のクラスメイトであり、アンドロイドだ。

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