第3話 03 隠蔽された惨劇

 換気のためか、運転席と助手席の窓を三センチほど開けた慶太は、ミラー越しに晃をチラッと見てから話を続ける。


「これから行こうとしてるのは、埼玉と山梨の国境にある山なんだが」

「勝手に国境線引かんでくれるか」

「まぁその人口密度かなり低めの山岳地帯に、大きな病院が建ってたんだ。人里離れた大規模病院、と言えばその業態は大体二種類だ。伝染病系の療養所と――」

「精神病院」


 晃からの回答を聞いて、慶太はペッペッとクラクションを二度鳴らす。


「御名答。これから向かう灰谷はいたに病院は、そういうメンタルなクリニックだな。心霊スポットになってるから当然ながら潰れた病院なんだけどよ、その廃業するまでの経緯ってのが中々にファンキーで」

「……どういう風に?」


 楽しげな声色の慶太とは対照的に、明らかに具合悪そうな優希が訊き返した。

 気付かないのか気付かないフリをしているのか、慶太は変わらぬハイテンションで質問に応じる。


「国立でなけりゃ病院も客商売だから、潰れる原因は殆どが業績不振だ。けど、灰谷病院が潰れた原因はな、不祥事だ」

「不祥事……脱税とか、セクハラとか?」

「そんな生易しいモンじゃない」


 慶太がかぶりを振って佳織の問いを否定すると、間髪を容れず玲次から声が上がる。


「じゃあ部室での喫煙発覚とか、『たるんでるから気合を入れようと思った』って理由で一年をボコボコに殴ったとか」

「どこの高校球児だ。死人が出たんだよ――火事を出して二十人近く」

「そりゃまた随分な大惨事だ。でもさ、不祥事ってよりも災害の類なんじゃね、火事って」

「それがな、災害は災害でも『人災』だったらしいんだわ」

「人災? 放火ってこと?」

「ああ……」


 無駄に深刻そうな口調に、晃はちょっと笑いそうになる。

 だが、肝試し本番に向けての雰囲気作りを頑張っているのであろう、慶太の努力に配慮してこらえる。


「犯人は入院患者で、死者の半数以上は病院職員だったって話だ。そして、焼け跡で発見された死体の中には、口の中にはさみが突き刺された看護士や、両目をえぐられた医者なんてのも混ざってたそうだ。つまりは火事の前から、既に事件は起きてた」

「待ってよケイタ。事件は確かにファンキーだけど、そんな話あたしは全然知らないよ? それってオカシくない?」


 佳織から出た疑問に、慶太は重々しく答える。


「表向きはただの火事で終わらせてあるからな。真相が隠蔽いんぺいされた理由は、犯人が少年時代にも凶悪犯罪を起こしてるせいで、少年法問題を絡めて叩かれるのを避けたかった国の意向があったとか、犯人が大企業のオーナー一族だったから、金の力で政治屋を動かして強引に捻じ伏せたとか、病院側が人体実験的な違法治療や、患者への虐待といった後ろ暗い事情を抱えていた、とかそんな感じで諸説ある」


 慶太の語る内容は、典型的な『ネットによくある胡散臭うさんくさい噂話』でしかなかったが、佳織や優希は興味深そうに聞いている。


「それで兄貴、心霊スポット化したのは理由あんの?」

「ああ、事件の後で改装して一応は業務再開されたんだが、患者が物理的に激減した上に、保証金の支払いや保険金の配分で経営陣も揉めて、数年後に病院は閉鎖された。それで、債権者だか権利者だかが管理して売り先を探してたんだが、雇われた警備員がどいつもこいつもすぐに逃げる」

「……それはやっぱりアレか」

「ソレだ。巡回警備の最中に変なモノを見たとか、詰め所で妙なコトがあったとかの報告を最後に、次々と辞めちまうんだと。元々縁起が悪い上にトドメの幽霊騒ぎで、土地の評判は最悪だ。そうこうする内に権利関係もグチャグチャになって、どうにも処分不可能なまま、広大な敷地の廃墟化が進行してる、ってのが現状だ」


 随分詳しいな、と思いながら話を聞いていた晃は、フとある事に思い至る。


「なぁケイちゃん、その病院ってかなり有名なんだろ? だったらもう中は荒らされまくってて、ちょっと微妙な感じになってるんじゃないの」

「普通はそうなんだろうけど、敷地周辺の巡回警備は続いてたんで、知名度のワリには侵入者が少なかったんだとさ。でも最近になって警備が甘くなったんで、行くなら今しかねぇ、ってネットで」

「へぇ……でも、ネットにも情報が流れてるなら、それこそ有名なんじゃ」

「いや、俺がそのネタを見たのは、『ドヨドヨ井戸端いどばた』の怪談で盛り上がってたスレでよ。他で調べてみても、灰谷病院に関しては『あそこはヤバい。でも中には入れない』って情報ばっかりだったから、きっとレアなネタだぜ」


 慶太の話に出てきた『ドヨドヨ井戸端』というのは、ある程度時間が経つとスレッドが消えるタイプの画像掲示板で、規模こそ小さいが書き込みの残らない気安さで、少なくない数の住人を集めている。

 でもあそこはなぁ――と晃が懸念を口にしようとすると、玲次が代弁するように言う。


「ドヨドヨがネタ元じゃ、ガセって可能性も結構あるんじゃね?」

「その時は近くに別の有名スポットがあるし、そっちに変更だな」


 常に行き当たりバッタリなようでいて、慶太は変な所で用意周到だった。

 平日夜の山道は交通量も少なく、五人を乗せた車はスムーズに目的地周辺へと近付いていく。


「そろそろだな……お、コンビニあるけど、寄ってくか?」


 その問いに「ああ」とか「うん」とかの反応がいくつかあったので、慶太は車を駐車場へと入れる。

 東京では見かけない名前の店で、駐車場がどういうつもりなのかって位に広い。

 車外は八月らしからぬ涼しさで、肌を撫でる微風が心地良い――標高のせいだろうか。


「うん? ちょっと冷えるな。さすが山岳地帯」

「あー……都内も夏場が常にこんな感じだと、ありがたいんだけどねー」


 そんな話をしながら、慶太と佳織は店の中に入ってゆく。

 玲次は軽いストレッチで首と背筋を伸ばし、優希もつられるように似た動きをしている。


「狭いからなぁ、後ろ」


 言いながら晃が肩を回すと、ポキポキッと関節が鳴った。

 のろのろと歩く玲次と優希に続き、晃も店内へと向かう。

 他に客はいないようで、顔の下半分に髭の浮きかけた中年の店員が、倦怠感を隠しもせずにレジで棒立ちになっているだけだ。

 

 佳織はトイレにでも行ったのか姿が見えず、慶太はガムやキャンディの並んだ棚を物色していた。

 優希は飲み物、玲次は菓子パンのコーナーを眺めている。

 適当に店内を見て回った晃は、何となく目に付いたポケットサイズのライトを買おうかと手に取る。

 すると、それに気付いた慶太が声をかけてきた。


「おいアキラ、当然ながらそういうのはシッカリと用意してあるぞ」

「いや、何となく。予備があって困るでもないし、まぁ」

「ん、そうか」


 慶太は何か言いたげだったが、面倒になったのかそれだけで話を切り上げ、トイレから出てきた佳織に「パンとかオニギリ要るかな」などと訊いている。

 玲次もその二人の方で何か話しているので、晃は手持ち無沙汰な感じの優希に話しかけてみた。


「来たのを後悔してる、そんなマイナス感情がにじみ出てますけど?」

「おっと、鋭いねぇ晃くん」


 腐り始めた魚の眼で優希は答える。


「あの――本当にイヤだったら、ケイちゃんにファミレスとか寄るように言って、そこで待ってて貰う形にでも」

「でもさ、そういうの言い出すと、空気悪くなるでしょ」

「それは、まぁ……」

「ありがとね、心配してくれて」


 力なく笑い返してくる優希に、晃は得体の知れない罪悪感を覚える。

 実際は、弱味に付け込んで好感度を上げようとしている、自分のセコい振る舞いが原因だと薄々理解しているが、そこは見て見ぬフリでやりすごす。


「……とにかく、本気で限界になったら言って下さいね。俺が超ヤバい悪霊にとり憑かれた演技とかして、強制的にイベント中止に追い込むんで」

「そう……頼りにしてるよ、晃くん」


 優希の言葉にまた罪悪感がうずくが、ここで引いても誰も得をしない、と自分に言い聞かせて攻めの姿勢をキープする決意を固める。


「おーい、そろそろ行くぞ」


 慶太の言葉で全員が会計やら何やらを済ませて店から出て、再び車に乗り込む。

 目的地が近付いてきているせいか、車内に隠しきれない緊張が漂い始めた。

 しかし、慶太が話題を自分と佳織、そして優希が所属しているサークルのアホな先輩、そいつに関するダメ武勇伝で固めてきて、微妙な空気は苦笑いするしかない空気へと変換されてゆく。

 晃がそんな慶太の機転に感心している内に、車は灰谷病院が建つ山のふもとへと到着した。

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