第38話 035 鞠訊

 高そうな調度品が揃った広く明るい地下室には、十数人が蠢いていた。

 その内の五人は若い女で、半裸から全裸までの格好で湿った肌を晒している。

 男達も似たような雰囲気で、どいつもこいつも揃ってだらしない。

 武器を握っている者は誰一人としておらず、手にしているのは酒盃か水パイプの吸い口か女の乳房だ。


「んんぁ、オンナの追加かぁ?」

「ちっげーよボケ。コソコソと探ってる奴をココに誘き寄せる、って言ってたろ」


 親衛軍の制服をだらしなく着崩した男二人が、いきなり計画をバラしにかかってきた。

 軽くはない偏頭痛に見舞われ、左右のこめかみを片手で揉み解しながら質問に入る。

 無駄な行動だとは分かっているが、いかなる場合にも段取りは必要だ。


「消えた求綻者について、ここで詳しく聞かせてもらえる、との話だったが」

「おうおう、聞かせてやんよ。その前にお姉ちゃんのカワイイ声をねっぷりたっぷりと聞かせてほてぃーな?」

「ぶはははは! ほてぃーって! ほてぃーって何だよバァカ!」


 水パイプの毒々しい色の煙を吐き散らしながら、短髪の男がさも愉快そうに大口を開けて笑う。

 まともに相手をしようとすると、こちらまで猛スピードで頭が悪くなりそうだ。

 全員ぶちのめしてから話を進めた方が、色々と手っ取り早いだろう。

 私は大きく溜息を吐いてから、傍らのレゾナに告げる。


「……女達には怪我させるなよ」

「心得ております」


 ディスターはハルバードを壁に立て掛け、右肩を軽く回した。

 私はテーブルの上に置いてあった、未開封の酒瓶を持ち上げる。


「おいおいカワイコちゃん、そいつぁ効き過ぎるからヤメとくべきなんだぜ」

「へぇ。じゃあ試してみる」


 ヘラヘラ笑いながら私に手を伸ばしてきた、口髭の似合わない若い男。

 その横っ面に、酒瓶を全力で叩きつける。

 瞬時に気を失ったので、男の言葉は正確だったらしい。

 その破砕音で、室内の爛れて澱んだ空気に緊張感が混ざった。


「なっ――」

「ふざ――」


 驚きの声が二つ、大気中に放たれる前に途切れた。

 ディスターの右膝を顔面で受け止めた金髪と、左手刀で首筋を打ち抜かれた茶髪がその場に崩れ落ちる。

 女の悲鳴と男の怒号が弾け、乱戦へと雪崩れ込む――いや、雪崩れ込みかけた。

 そうなる前にほぼ全員を戦闘不能に陥らせたので、残っているのは部屋の隅で固まっている女達と、ソファに腰を下ろしたボサッとしていた、赤ら顔の中年男が一人きりだ。

 ディスターが怯える女性陣を宥めているので、私がこの薄汚い男の尋問をせねばならない流れのようだ。


「消えた求綻者について詳しく聞かせてもらえる、との話だったが」


 部屋に入ってから最初にした質問、それを半笑いで繰り返してみた。

 すると、硬直していた中年の顔がぐにゃりと歪む。

 嘲りや侮りに慣れていない、自尊心の肥大した連中にありがちな態度だ。

 男は床に転がったサーベルに手を伸ばしたが、その手首を狙って前蹴りを入れる。


「ぺげぇあああぅぬああああぁばああああっ!」


 筋と骨が破損した音に続いて濁った悲鳴が上がり、男は弛んだ全身を使っての前衛的なダンスを披露し始めた。

 見るに堪えないので、今度は胸を蹴ってソファへと押し戻す。


「次はない。質問に答えろ」


 可能な限り冷たい声でそう告げると、男は卑しい笑みを浮かべて見上げてきた。

 反射的に肘を落としたくなるのを我慢し、努めて無表情を作って見下ろしておく。

 

「……お、お前らの探している連中は、我ら救国親衛軍へのきょ、協力を申し出てだな、現在はシュナース閣下の指揮下にゃ、に、ある」

「求綻者が、特定の国や組織からの直接雇用を禁じられている、と知ってのことか」

「ワシがき、決めているので、ではない。全ては総帥のっ、思し召し、だ」


 痛みに脂汗を流している男が、途切れ途切れに発した言葉を吟味する。

 護国義勇軍の創始者にして、救国親衛軍の総指揮官――イッテンバッハ伯爵。

 謎の多い人物ではあるが、単なる私兵集団を国軍の中枢に据えてしまう手腕からして、それなりに有能だと思われる。

 なのに、今回の一件はどうにも雑さが目立っているような。


「国境地帯で起きている騒動も、親衛軍の仕業なのか」

「そ、それは……」


 男はその先を答えようとしない。

 だが、視線を逸らして脂汗を流す態度が、何より雄弁に親衛軍の関与を物語っていた。


「お前は、全てが本当に総帥の指示だと思うか?」

「し、知らぬ。我らは命令があれっ、あれば、それに従うまで」


 こいつは単なる犬だな――躾がなっていないから、何の役にも立たないが。

 そう私が断を下したのと同時に、ディスターの右靴裏が男の顔面を蹴り飛ばした。

 男の体が宙を舞い、ソファごと壁に叩き付けられる。


「おい、殺すな」

「手心は加えてあります。使ったのは足ですが」


 冗談なのか何なのか、よく分からないことを言うディスターに渋面を見せ、血と吐瀉物の臭いが幅を利かせ始めた部屋を後にする。

 練兵場へと戻ると、想像通りの光景が待ち構えていた。

 レモーラとシングを蹴散らしてから、私達のいる建物へと援軍に向かう予定だったのであろう伏兵が、派手な壊滅状態を晒している。


 あちこちで呻き声が上がっているし、手足や首も転がっていないので、全力での戦闘は避けてくれたのか――とはいえ全員、入院治療が必要なレベルの負傷だとは思うが。

 門の近くまで戻ると、レモーラが倒れたマント男の顔面を踏み躙っているのが見えた。

 シングはその傍らでランプを掲げている。

 二人とも怪我はないようだ。


「ああ、エリザベート。わたくしに刃を向けてきたた痴れ者共をこの通り退治しましたが、そちらは?」

「似たような状況。やっぱり罠だったから、一暴れしてきた」

「ライザ、そこのアホを締め上げたら、妙なコトを色々と口走ったぞ」

「確か……国境地帯の訝は親衛軍の仕業で、北のコルブズ砦にいるシュナース少将が首謀者。そして、西のノフスク砦には協力を拒んだ求綻者を幽閉している、でしたわね」


 ディスターの失笑が微かに聞こえたが、私も同感だった。

 どいつもこいつも、軽々と重要機密をばらし過ぎる。

 親衛軍の能力や忠誠心には多大な疑問が残るが、今はそれどころではない。


「それで、二人に頼みたいことがあるんだが」

「心得てますわ。わたくし達は北と西、どちらへ」

「じゃあ……西をお願い」


 少し考え、内陸寄りのの拠点ならば大した兵力を置いていないだろう、と判断してノフスクを担当してもらうことにする。

 派手に暴れられると後始末が大変そうだが、その辺りはシャレルに投げてしまおう。

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