第32話 030 『こうするに決まってる』
それから更に二日後の夕方、俺とファズはまだ森を彷徨っていた。
五箇所ある目撃地点をそれぞれ三回は調べたが、未だに謎の発光現象は謎のままだ。
付近を探索した結果、五箇所の全てでイワクありげなモノは見つかった。
朽ちた巨木のウロ。
やけに深い円形の水溜まり。
人工的な四角い大岩。
二十歩で行き止まりの洞穴。
廃墟と化した鉱夫の宿舎。
どれもが怪しい雰囲気を漂わせていたのだが、そこから先に届かない。
特に宿舎の廃墟は、最新目撃地点に近いこともあって、建物の崩壊を十年分進行させる勢いで念入りに調べたのだが、結局は何も出てこなかった。
『どうする、リム』
「どうしたモンかな……」
そろそろ、諦めて一旦引き上げるべきタイミングなのかも知れない。
だが最初の
ついでに、苦虫を巣ごと噛み潰したような教官の渋い顔と、腹を抱えて転げるマリオンの笑い顔が想像できて、どうしても撤退に踏み切れない。
「この
『ヒトの仕業だろう』
「やっぱり、そう思うか……」
訝というものは、一度発生したら解決されるまである種の連続性がある。
なのに今回調べている発光現象には、三年近いブランクが存在している。
それだけでも妙なのに、そこはかとない隠蔽工作の痕跡まで存在しているのでは、もう
「そういや、
『毛皮は白いが、暗い場所でボンヤリ光る。大きさと見た目がウサギに似てる』
「そんなんじゃ、大型獣のエサになっちまうんじゃ」
『光に寄って来た相手を逆に襲う。鋭い爪と牙があって素早い。そして肉食』
「イヤなウサギだな……」
口の周りを赤く染めた愛らしい小動物を想像し、形容し難い疲れが湧き上がる。
やがて視界の先に、また例の大岩が見えてきた。
昼の光の下だと、より濃厚に人工物の気配を漂わせている。
立ち止まった俺は、腕を組んで灰色の立方体と緑の半円形を眺める。
「絶対、ここに何かあると思うんだがなぁ」
とは言え、それっぽい箇所は残らず調べ、色々と試してみた。
岩そのものを動かそうとするとか、そういう無茶はしていないが。
『岩を動かせばいいのか』
「いやいや、簡単にそう言うがな――」
ファズは杖を地面に突き立てると、苔だらけの岩を掴んでヒョイと持ち上げる。
それから、表情も変えず無造作にそれを放り投げた。
「……マジでか」
『四角いのは、一人じゃ無理』
丸い方も、大人の男を数人集めて僅かに持ち上がるかどうか、といった大きさだ。
しばらく呆然としていたが、ファズが何者なのかを思い出し、ようやく気を取り直す。
潰れた半円の丸石は、接地面を上にして転がっている。
近付いて調べてみるが、特に変わった所はないようだ。
『ちょっと見てみて』
ファズに手招きされ、さっきまで岩が鎮座していた場所に視線を落とす。
少し凹んで湿った地面、その中心で金属製の物体が土に塗れていた。
「何だコレ……ハンドル?」
車輪のようなデザインの、掌サイズの何かがそこにはあった。
やはりコレは、回してみるべきなんだろうか。
左隣で屈み込んでいるファズは、当たり前だと言いたげな空気を醸している。
ハンドルを握って右に回してみると、厭な金属音で軋む。
最初は抵抗があったものの、ハンドルはすぐにスムーズに回り出した。
足の裏に振動が伝わってくると同時に、只事ではない地響きが生じる。
『なるほど』
耳を聾する轟音の中、ファズの呟きが伝わってくる。
彼女の視線の先で、四角い岩が土埃を散らしながら、ゆっくり迫り上がっていた。
地中から出現した岩肌には、明らかに人工的な長方形の穴が穿たれている。
その大きさは、大柄な男でも余裕を持って通れる程度だ。
覗き込んでみると、短いスロープの先に、三四人が立てる程の狭い空間があった。
壁に打ち込まれた鉄杭に掛けてあるのは、古びた大型ランプだろうか。
流れ出てくる冷たく澱んだ空気は、ここが放置されていた時間を物語っている。
暗くてよく見えないが、奥には下に続く階段があるようだ。
「発光現象は、このランプの光が漏れたのか」
『かもな』
他の四箇所にも、ここと似たような仕掛けが存在しているのだろう。
場所がバラけているのは撹乱目的か、或いは他の意味があるのか。
とりあえず中に入ってみるか――或いは、現在も使われている可能性が高い、あの廃墟周辺に戻って隠された入口を探すべきか。
『何を迷う。とりあえず調べてみればいい』
ファズは俺の逡巡などお構いナシに、岩の中にあったランプを持ち出して、使えるかどうかをチェックしている。
昨日までの手掛かりナシの状況に比べれば、この発見は劇的な前進だ。
多少の回り道があろうと、気にする程のコトはないか。
「よし、行ってみよう」
そう決断を下すと、ランプに油を足しながらファズが頷く。
かなりの年代モノだが、どうやらまだ使えるようだ。
ファズは点灯したランプを杖から提げ、急な階段を結構な速度で下りて行く。
俺は自前のランプを手に、置いていかれないように後を追う。
九十九折になった石造りの階段は、手入れがまるで行われていないようだ。
所々で段が飛んでいたり、盛大なヒビが入っていたりで、足場はかなり悪い。
壁面は木の板が張り巡らされているが、そこら中から木の根が飛び出していた。
「うおっ――とぉ!」
着地と同時に石段が軽く崩れ、危うく転がり落ちかける。
咄嗟に壁を突き破っている木の根を掴み、体勢を立て直したが間一髪だ。
「すまんが、ちょっとペースを落としてくれるか」
『必要ない』
姿が見えないファズに呼びかけると、冷淡な返事が頭に響いた。
そんなコトを言いながらも、ファズの足音は止まっている。
素直じゃないな、と思いつつ数十段を降りると、階段の終点とファズの背中が見えた。
杖から提げられたランプは、頑丈そうな錠前の付いた鉄格子の扉を照らしている。
その先にも似たような扉があり、更に先には木製の扉があるようだ。
「厳重な警戒ぶりだな」
『意味ないけど』
ランプを床に置いたファズは、杖の石突を錠前の隙間に捻じ込む。
そして、
次の扉も同じ方法で突破し、木の扉の前で立ち止まる。
こちらにもロックがかかっていた。
「……大体は予想がつくが、ココはどうするんだ?」
『こうするに決まってる』
俺の質問に軽い笑みを返したファズは、綺麗な蹴りで扉を粉砕した。
扉の残骸が転がる先からは、青白い薄明かりが洩れてくる。
誰かいるのか――厭な予感を捻じ伏せつつ、俺は先を行くファズに続いた。
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