ACT.2-3 学園長室は全てを掌握する

〈あ、映ったわ〉

「切り替えは?」

〈問題なし〉

「で、本気でやるの、それ?」

〈勿論よ、こういうのはやっぱり学園長室にあるべきよ! 地下に研究所とか秘密通路とか、静真だけ楽しまないの!〉

「楽しんでいるのは否定しないけど、ノリノリで許可したのは愛姉さんじゃないか……」

〈申請したのは静真でしょ?〉

 放課後。

 バイトがあるからとクラスのみんなと別れ、保健室で知香と合流して研究所を訪れると、静真が機材を弄りながらスピーカーから流れる音声と会話していた。

「あれ、この声って学園長?」

〈あ、この声……知香さんでもないから、もしかして音無さん?〉

 どうやら、研究所の音をしっかり拾っているようで、千沙菜の声に返事があった。

「は、はい、そうです」

〈そんなに固くならなくていいわよ。ペタバイトは恩人だしね。始業式では巨乳ボイン獣を撃退してくれてありがとう。正直、同じ貧乳としてスカッとしたわ〉

「ど、どういたしまして」

 気さくに声をかけてくれるが相手は学園長。距離感を測りかねつつ無難に答える。

 だが、そこで重大なことに気付く。

「あ、あれ? 巨乳ボイン獣を撃退したのはペタバイトで……え、え、もしかして、ペタバイトの正体がバレてるっ!」

 契約書には守秘義務という言葉があった。

 それ以前に、正義のヒーローというものは正体を隠すものと相場が決まっている。

 当然、千沙菜は正体がバレないようにしているつもりだった。

 それが『つもり』に過ぎず、バレバレだなどとは露ほども思っていない。

 本当に。

 心の底から。

「え、え、あの、それは、あれで、これが、どこで、あたしが、誰で……」

 ゆえに、焦りまくる。

〈え?〉

 その反応に、学園長は唖然とする。

「いや、音無君、正体についてはそこまでは……」

「お、お待ちください! 静真様!」

 千沙菜に声をかけようとした静真を、知香が言葉を被せて遮り、アイコンタクト。

 その目が『別にバレても問題なくても、彼女はバレないように努力しているつもりなんです。そこは、気付いていないフリをしてあげるのが優しさですよ、静真様』と語っていることを、長い付き合いの静真は読み取れるが、千沙菜にはなんのことか解るはずもない。

〈あ、ああ、大丈夫よ。私は学園長として学生のバイトを把握しているだけだから、守秘義務違反にはならないわ〉

 そんな千沙菜の様子を見かねたのか、学園長が妙に説明的なフォローの言葉をかけてくれる。

「そ、そうだぞ、音無君。気にすることはない」

「そうよ。みんなにバレバレだとか、そんなことはないから安心していいのよ」

 それに続いて、静真も知香も必要以上に優しく千沙菜に声をかける。

「そっかぁ……よかったぁぁぁ……」

 それらの言葉を受けて、ようやく深い深い安堵の息を漏らす千沙菜。

 そんな千沙菜を一同が微妙な表情で見守っていることは、知らぬが仏。

「あ、そういえば『映った』とか何の話だったんですか?」

 気を取り直して、千沙菜は改めて学園長に問いかけた。

〈監視カメラの映像を、学園長室のモニタに映るように調整して貰ってたのよ。今までは、映像関係の設備は全部静真の研究所の方に任せてたんだけど、TKB団って明確な敵が現れた以上、学園の責任者としては状況を常に把握できるようになっていないとね〉

「なるほど……ってあれ? それじゃぁ、この学園って警備員とかいないんですか?」

 ふとした疑問を口にする。監視カメラ映像は、普通は警備員が見るものだと思ったのだ。

「ああ、監視カメラについては僕が編入したときに導入したものだ。その範囲でいえば僕が警備員のようなものだった。そう、差し詰め『自宅警備員』といったところだね」

「ああ、静真様、ウィットにとんだお答え、流石です!」

「いやいや、誰が上手いこと言えと! って、それだと入学式とか始業式の映像は押さえたんじゃないですか?」

「ああ、ばっちり巨乳ボイン獣を回収したと思われる車が映っていた」

「なら、警察に訴えるなりしたら……」

〈ダメよ! そんなことしたらマスコミが騒ぐのが目に見えているわ! こっちが被害者とはいえ、あんなのの侵入を許したのはセキュリティが云々と難癖付けて叩かれるのがオチよ!〉

 千沙菜もエンターテインメント化した報道には思う所があるので、学園長の言いたいことは理解できた。そういえば、静真がTKB団に坂月教授が関わっていると断定しているのに訴えていないのも、同じ理由なのだろう。

 納得して、もう一つ気になったことを尋ねてみる。

「でも、それだと文倉先輩編入前は警備はどうしてたんですか?」

「元々、この立地だからね。そもそも外部から人が侵入するのは困難だ。だから、警備員のように外部の人間をわざわざ入れるよりは、人払いをしてセンサーと警報装置で賄った方が却って安全だったんだ」

「ああ、言われてみれば、そうですね」

 静真の説明に、千沙菜も合点がいった。

〈この通信を始め、元々音声については各施設の放送設備やら通学バスの無線も含めて全部学園長室から発信も受信もできるようになっていたから、巨乳ボイン獣の襲撃を機に映像も押さえたという寸法よ〉

 誇らしげに、学園長が言葉を続ける。

「音声通信に映像ってなると、なんか秘密基地の司令室みたいですね」

〈そうよ! 正にそれ! ここをペタバイトの司令室にするのが目的なのよ。解ってくれて嬉しいわ!〉

「え? そのまんま!」

 思い付きの言葉を、全力で肯定されてしまった。

〈静真の地下研究所と組み合わせると学園が秘密基地っぽくて、何というか、そう、『燃える』でしょ? 草冠じゃなくてファイアーの方で〉

「確かに……」

 ここで、千沙菜は学園長のキャラがなんとなく掴めてきた。

「そういえば、ここの購買部、やたらとアニメ・ゲーム・マンガ・ライトノベルといった品揃えが充実してるみたいですけど、学園長も一枚噛んでたりします?」

〈勿論よ! アンケート書いたのは静真だけど、そういうアンケートを企画したのは他ならぬ私よっ!〉

「因みに、僕の趣味が大半だが、一部は愛姉さんの趣味も混ざっている。学生向けのアンケートということで僕が代理で書いたものだ」

「出来レースに裏工作までしてたのっ!」

 そこでふと、高橋さんが買っていたゲームを思い出す。

「で、その学園長の趣味って、もしかして耽美な感じの綺麗な男子が沢山出てくる……」

「ああ、BLボーイズラブは愛姉さんの趣味だ」

〈BLはいいものよ? 何ならお勧めを見繕って貸してあげるわよ〉

 学園長が女生徒にBLを進める学園ってどうなんだ? と思いつつ、ここまでの会話で、静真と学園長が血縁だということをしっかり実感する千沙菜であった。

〈話が逸れたけど、これからは学園長室を司令室とするから、次に何かあったときは宜しくね、ペタバイト〉

 これまでの流れを強引に戻して、学園長が話を締めに入る。

「了解!」

 とりあえず、ノリは掴めたので元気よく答えておく。

〈それじゃ、私はこれで失礼するわ〉

 ブツッと音がして、そこで通信が途絶えた。

「さて、色々と脱線した話もあったが、今日の実験に入ろう」

 こうして『PETAの被験者』という本来の活動が始まる。



〈『生命エネルギーティファレト』の発生量が見たことのないレベルだ! 音無君、やはり君の貧乳は素晴らしい! 僕の想像の斜め上を行く貧乳だ!〉

 ヘルメットの通信機越しに、静真の興奮した声が聞こえてくる。

 PETAスーツに身を包んだ千沙菜は、研究所の奥の一室で『生命エネルギーティファレト』の発生量を計るカプセルのような機械に入っていた。静真と知香は、別室でその機械から出力される計測結果を精査している。

 これが、千沙菜のバイトにおける通常の実験風景だった。

〈では次に、隣のマシーンを使ってみて欲しい。使い方は見れば解ると思う〉

 言われてカプセルから出ると、その隣に設置されていた機械と向き合う。

 それはゲームセンターにあるようなパンチングマシーンだった。確かに、これなら見れば解る。中学時代は憂さ晴らしに殴って、よく計測不能にしていたものだ。

 慣れた様子で構えると、腰の入った綺麗なフォームで拳を繰り出す。

 思いの外しっかりとした手応えが、グローブ越しに伝わってきた。

〈……1トン〉

「うわ、すご!」

 間を置いて読み上げられた数値に、思わず歓声を上げる千沙菜。

 確かにいい手応えだったが、それほどとは。

 PETAが生み出す力を客観的数値として聞いて、その威力を素直に実感する。

「あ、でも、こんなに力が出るなら、力加減を気にしないと色々壊しちゃうんじゃ?」

〈その通りだ。だが、PETAの効力は単純に力を増すのではなく、全体的な人体の性能向上にある。それだけ力が増していれば、技量も増しているはずだ。力加減もできるだろう。次は加減して打ってみてくれないか?〉

「よっし、じゃぁ、さっきの半分ぐらいで……」

 感覚的だが、込める力を半分ぐらいにしてみる。

〈……498キロ〉

「うぉ、ほぼ半分!」

〈制御能力もすごいな……じゃぁ、全力で打ってみてくれ〉

 そこで、千沙菜はゲーセンのパンチングマシーンでやっていたことを思い出す。

 千沙菜は体が小さい分、単純な力は弱い。

 だが、色々と小さい分、ウェイトが軽くスピードがあった。

 そして、スピードは力に変換できる。

 パンチングマシーン前で前後にステップを踏む。

 タイミングを計るように、何度か繰り返すと直感的に「ここだ!」というタイミングが解る。これも総合的に能力を高めるPETAの効果なのだろう。

 その直感に従い、後ろへのステップの流れで膝を折って体を低くする。

 反動を使って伸び上がる勢いを、全て右手の拳に乗せ、

「どっせぇぇぇえぇぃ!」

 ターゲットを射貫く。

〈……〉

 静真が絶句していた。

「あの、数値は? 数値はどうだったんですか?」

 千沙菜は焦れたように問う。今のは会心の当たりだという自覚がある。

〈30トン。仮面ライダー並だぞ!〉

「おっしゃぁ! って、よくそこまで計れるな、この機械!」

〈何を言ってるの、これは静真様謹製よ! 見た目が似てても、そこらのゲーセンのものと一緒にするなんて失礼よ!〉

 これまで静真の隣に控えていた知香が、ムキになって口を挟んできた。その言葉に、実験道具まで自作とは、静真が本気で天才なのだと今更実感する。

〈何はともあれ、凄い結果だ。この調子で、他にも色々計測してみるとしよう〉

 こうして、その日の実験では信じられない計測値を弾き出しまくることとなった。

〈おお、素晴らしい。僕の想像など及ばない、君は、凄まじい貧乳だ!〉

 スピーカー越しに伝わってくる静真の興奮し切ったバリトンから、その言葉が千沙菜を心から称えてのものだということは理解できる。

 だけど、表現として『凄まじい貧乳』ってどうなんだ?

 釈然としない千沙菜であった。

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